引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

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第5章:火の聖都と銀の処刑人

第11話『覚醒する聖なる光』

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静寂は、ほんの刹那だった。

祈りが街に届いたかと思われた瞬間――
通りの屋根から、影が滑るように飛び込んできた。

その刃は、まっすぐにセシリアの胸元を狙っていた。

「ッ、下がれ!」

マーヴィンが叫び、身を投げ出そうとするより早く――

「やらせないッ!」

鋼の音が割れる。

セシリアの前に躍り出たのは、イレーヌ・ヴァレンティナだった。
剣を振るう時間さえなく、その身体で刃を受けた。

切っ先は彼女の肩口を深く裂き、鮮血が舞う。

「イレーヌ様――っ!!」

セシリアが叫び、膝をついて駆け寄る。

イレーヌは倒れ込みながら、笑った。

「無事……でよかった……です……セシリア様……」

「どうして……どうしてわたしなんかのために……!」

「だって……あなたの祈りに……本気で救われたんです、私……」

「私の剣が守りたかったのは、国でも名誉でもない……
あなたの声と、その光なんです」

その目が閉じかける。

「駄目……まだ話さないで、動かないで……!」

セシリアは震える指で、イレーヌの胸元に手を添えた。

そのとき――

(セシリア)

脳裏に響いたのは、あの懐かしい“声”だった。

(それが、あなたの祈りなら――)

(どうか、迷わずに)

セシリアの目が開かれる。

澄んだ金色の光が、その瞳に宿る。

次の瞬間、
セシリアの身体から、眩いまでの光が放たれた。

街の広場全体が、金色に染まる。

「これは……!?」

「なんだこの……あたたかさは……」

暴徒たちが動きを止める。

その光は、ただ明るいだけではない。
温もりと、赦しと、涙の記憶を伴って、人々の心に届いていく。

一人の男が、手にしていた火の壺を落とした。

「俺……なにしてたんだろうな……」

老女が、うずくまって泣き出す。

「やっと……やっと声を聞いた気がするよ……」

傷ついた者の傷が癒え、
倒れていた子どもが静かに目を開ける。

そのすべてを包むように、セシリアの声が降る。

「あなたの祈りは、届いています。
誰かのために願った日々も、
ひとりで泣いた夜も――
すべて、ちゃんと、ここにあります」

「誰も、それを奪えません。
どれも、失われていません。
神様は、きっと、わたしたちの“想い”を見てくれています」

「だから――」

光が、空へと舞い上がる。
聖都アグニスの全域を包むように広がったその光は、
一瞬、昼よりも明るく、
だが次第に、蝋燭の炎のような“静かな光”へと収束していった。

そして。

イレーヌが――ゆっくりと目を開けた。

「……あれ……」

痛みが、ない。

血の気が引いていたはずの身体に、
再び命の熱が戻ってきているのを感じる。

「私……」

「よかった……本当によかった……!」

セシリアが、彼女の手を握りしめる。

イレーヌは小さく息をつき、涙を浮かべて微笑んだ。

「……あなたって人は、もう……
どこまで、私を……」

その時、マーヴィンがそっと歩み寄り、
セシリアの肩に上着をかけた。

「大丈夫か?」

「はい……」

セシリアは震える声で応える。

「……マーヴィン様、わたし……
“わたしだけの祈り”が、はじめてできた気がします」

「誰かを癒すためでも、何かを変えるためでもない。
ただ、この人が、もう一度笑ってほしいって思ったから……
その気持ちが……」

マーヴィンは目を細めて頷いた。

「それが本当の祈りだ。
……君の中の“火”が、やっと灯ったんだな」

空を見上げると、雲の切れ間から、
淡く赤い夕陽が顔を覗かせていた。

その陽に照らされ、
聖都アグニスの人々は皆、
自然と跪き、手を合わせていた。

誰に強いられたわけでもなく、
誰かのためでもない――自分自身のために。

そして、誰かを想って。



遠く、城の一室。

燃えるような瞳で、ひとりの男が窓の外の光を見ていた。

「――愚かな娘よ。
火を灯せば、闇が近づくことも知らずに」

その男の名は、ゼル・カーディナス。
神政庁直属の監察官。
火の神の名の下に、秩序を“統べる者”。

「だが、面白い。
この街を、焼き尽くす価値があるかもしれん」

彼の唇が、歪んで笑った。

(ようやく……“最終章”が始まる)
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