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第4話:消えた手術記録
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不意に感じる息苦しさ。
それはまるで、部屋の空気だけが密度を増していくかのような、圧力に満ちた静寂だった。
「――“処置記録”、絶対どこかに残ってる。あるはずなの。見たんだから、私……」
風花がそう繰り返す。
顔は青ざめ、呼吸は浅く、うつろな目のまま。
まるで、彼女だけが“病院の記憶”とつながっているようだった。
「……風花、見たってどういうこと?」
莉央がそっと寄り添うように問いかけた。
「……夢の中。入る前から、見てたの。記録室で、何か……“白い紙”を読んでた。
でも、どうしても読めなかった。黒塗りだったの。何ページも、何ページも……
でも、“一枚だけ”、焼けてなかったページがあって……それが……手術の記録だった」
風花の夢が、実際の現象にリンクしているとしたら――
それはもう、偶然の域を越えている。
「じゃあ、記録室を探してみよう」
俺はそう提案した。
他に進展の糸口はなかった。
どのみち、出口は“動いて”しまった。
ならば、病院の中にあるもの――この空間のルールを解き明かすしかない。
直哉と久賀はすぐに賛成した。
莉央も、理屈より“情報”を求めるタイプだ。
唯一、風花だけが不安そうな顔をしたが、黙って俺の後ろについてきた。
病院の構造は、相変わらず曖昧だった。
同じ通路を歩いているはずなのに、廊下の幅や角度が変化していく。
久賀が不審そうに壁をコンコンと叩いた。
「この造り……おかしい。コンクリートのはずなのに、何層か“空洞”がある。
昔の構造とは違ってる。増築された“何か”があるはずだ。」
まるで、廃病院自体が、自律的に内臓を作り変える生き物のようだった。
記録室は、2階の管理棟にあるという情報を、直哉の下調べにより知っていた。
崩れかけた階段を上るたびに、壁から落ちた塗料が粉となって舞い、息を吸うだけで喉が焼けるようだった。
扉の前に立った瞬間、全員が直感した。
ここは、空気が違う。
圧迫感。静けさ。異様な温度差。
金属の取っ手に触れると、氷のように冷たかった。
「開けるぞ……」
久賀がそっと扉を押す。
ギィ……という鉄の摩擦音とともに、記録室の内部が露わになった。
そこは、焼け焦げた紙の匂いで満ちていた。
天井からは剥がれ落ちた配線が垂れ下がり、壁一面には崩れかけた書棚が並んでいる。
無数の書類が床を埋め尽くし、どこまでが燃えた跡で、どこまでが血痕なのか、判別できない。
「手術記録……あった……!」
莉央が埃をかぶったキャビネットをこじ開け、束ねられたファイルを取り出す。
手袋もしていない指先が、焦げた紙片に触れるたび、まるで自分が焼かれているような感覚がした。
「これ……患者の名前、年齢、診断名……」
彼女が読み上げた記録は、どれも断片的で、そして妙に不自然だった。
名前は苗字だけ、診断名は不明、施術内容も詳細不明。
そして、どのファイルにも共通する一枚の紙――
“手術は中断された”という記録。
だが、その理由はどれも墨塗りで消されていた。
「……待て、これ見ろ」
直哉が、ひとつだけ色の違うファイルを引き抜く。
表紙に貼られた白いラベルには、“症例番号31-B”とだけ記されていた。
ファイルを開くと、そこには一枚だけ、焦げ跡も黒塗りもない、完全な記録用紙があった。
【症例番号:31-B】
患者名:Y.K(女性)
年齢:19歳
診断名:神経性拘束症候群
施術内容:鎮静・拘束・覚醒抑制
主治医:不明
看護責任者:不明
手術状態:処置中(完了未報告)
備考:手術台より逸脱後、所在不明。対象は現在も“病院内に存在する”と推測。
「……Y.Kって……」
風花が、口を押さえて震えた。
「わたし……柚木風花。Y.K……19歳……」
誰も、すぐに言葉を返せなかった。
風花は記録を見て、背中を丸めてうずくまる。
「やっぱり……わたし、知ってた……この病院……知ってる……」
その瞬間、記録室の電灯が**ピカッ――!**と一度だけ光った。
外部電源のはずがないのに、蛍光灯が突然明滅し、その光に照らされた壁に、何かが“書き足されて”いた。
俺が見たのは、先ほどの記録と同じ文字。
「処置中」
その文字の下に、赤いスプレーで殴り書きされたような筆跡があった。
「――終わっていない」
ピシッと、何かが割れる音がした。
直哉が背後を振り向いた。
「……おい……マジかよ……」
その視線の先――書棚の上段に置かれたモニターが、ゆっくりと電源を入れたように明るくなった。
白黒の映像。
病室の監視カメラ。
映っているのは――誰もいないベッドの上。
だが、その映像の中央に、徐々に影が滲んでくる。
ベッドの端に立つ、白衣の人物。
顔は映らない。
ただ、その手には、注射器が握られていた。
そしてカメラがゆっくり、俺たちの方を向いた。
「……見られてる」
誰かがそう呟いた。
映像の中の注射器が、カメラに向かって近づく。
それと同時に、俺の手の甲に“針のような冷たさ”が突き刺さった。
見れば、血がにじんでいる。
「……また……始まる……」
風花がそう言って、うつろな目を俺に向けた。
「透真くん……これ、最初じゃないんだよ……何度も……何度も、こうやって“処置”されてるの……」
記録は、存在した。
だがそれは、“俺たち”のための記録だった。
誰かの過去を暴くものではない。
俺たち自身が“症例番号”の中に取り込まれていく、異常な記録媒体だった。
記録室の扉が、勝手に閉まった。
外から聞こえてくる。
「……コツ、コツ……コツ……」
そして、壁に設置された使用されていないはずのインターホンが、唐突に鳴った。
――ピンポーン……
風花の耳元に、声が届いた。
「……準備は、整いましたか?」
それはまるで、部屋の空気だけが密度を増していくかのような、圧力に満ちた静寂だった。
「――“処置記録”、絶対どこかに残ってる。あるはずなの。見たんだから、私……」
風花がそう繰り返す。
顔は青ざめ、呼吸は浅く、うつろな目のまま。
まるで、彼女だけが“病院の記憶”とつながっているようだった。
「……風花、見たってどういうこと?」
莉央がそっと寄り添うように問いかけた。
「……夢の中。入る前から、見てたの。記録室で、何か……“白い紙”を読んでた。
でも、どうしても読めなかった。黒塗りだったの。何ページも、何ページも……
でも、“一枚だけ”、焼けてなかったページがあって……それが……手術の記録だった」
風花の夢が、実際の現象にリンクしているとしたら――
それはもう、偶然の域を越えている。
「じゃあ、記録室を探してみよう」
俺はそう提案した。
他に進展の糸口はなかった。
どのみち、出口は“動いて”しまった。
ならば、病院の中にあるもの――この空間のルールを解き明かすしかない。
直哉と久賀はすぐに賛成した。
莉央も、理屈より“情報”を求めるタイプだ。
唯一、風花だけが不安そうな顔をしたが、黙って俺の後ろについてきた。
病院の構造は、相変わらず曖昧だった。
同じ通路を歩いているはずなのに、廊下の幅や角度が変化していく。
久賀が不審そうに壁をコンコンと叩いた。
「この造り……おかしい。コンクリートのはずなのに、何層か“空洞”がある。
昔の構造とは違ってる。増築された“何か”があるはずだ。」
まるで、廃病院自体が、自律的に内臓を作り変える生き物のようだった。
記録室は、2階の管理棟にあるという情報を、直哉の下調べにより知っていた。
崩れかけた階段を上るたびに、壁から落ちた塗料が粉となって舞い、息を吸うだけで喉が焼けるようだった。
扉の前に立った瞬間、全員が直感した。
ここは、空気が違う。
圧迫感。静けさ。異様な温度差。
金属の取っ手に触れると、氷のように冷たかった。
「開けるぞ……」
久賀がそっと扉を押す。
ギィ……という鉄の摩擦音とともに、記録室の内部が露わになった。
そこは、焼け焦げた紙の匂いで満ちていた。
天井からは剥がれ落ちた配線が垂れ下がり、壁一面には崩れかけた書棚が並んでいる。
無数の書類が床を埋め尽くし、どこまでが燃えた跡で、どこまでが血痕なのか、判別できない。
「手術記録……あった……!」
莉央が埃をかぶったキャビネットをこじ開け、束ねられたファイルを取り出す。
手袋もしていない指先が、焦げた紙片に触れるたび、まるで自分が焼かれているような感覚がした。
「これ……患者の名前、年齢、診断名……」
彼女が読み上げた記録は、どれも断片的で、そして妙に不自然だった。
名前は苗字だけ、診断名は不明、施術内容も詳細不明。
そして、どのファイルにも共通する一枚の紙――
“手術は中断された”という記録。
だが、その理由はどれも墨塗りで消されていた。
「……待て、これ見ろ」
直哉が、ひとつだけ色の違うファイルを引き抜く。
表紙に貼られた白いラベルには、“症例番号31-B”とだけ記されていた。
ファイルを開くと、そこには一枚だけ、焦げ跡も黒塗りもない、完全な記録用紙があった。
【症例番号:31-B】
患者名:Y.K(女性)
年齢:19歳
診断名:神経性拘束症候群
施術内容:鎮静・拘束・覚醒抑制
主治医:不明
看護責任者:不明
手術状態:処置中(完了未報告)
備考:手術台より逸脱後、所在不明。対象は現在も“病院内に存在する”と推測。
「……Y.Kって……」
風花が、口を押さえて震えた。
「わたし……柚木風花。Y.K……19歳……」
誰も、すぐに言葉を返せなかった。
風花は記録を見て、背中を丸めてうずくまる。
「やっぱり……わたし、知ってた……この病院……知ってる……」
その瞬間、記録室の電灯が**ピカッ――!**と一度だけ光った。
外部電源のはずがないのに、蛍光灯が突然明滅し、その光に照らされた壁に、何かが“書き足されて”いた。
俺が見たのは、先ほどの記録と同じ文字。
「処置中」
その文字の下に、赤いスプレーで殴り書きされたような筆跡があった。
「――終わっていない」
ピシッと、何かが割れる音がした。
直哉が背後を振り向いた。
「……おい……マジかよ……」
その視線の先――書棚の上段に置かれたモニターが、ゆっくりと電源を入れたように明るくなった。
白黒の映像。
病室の監視カメラ。
映っているのは――誰もいないベッドの上。
だが、その映像の中央に、徐々に影が滲んでくる。
ベッドの端に立つ、白衣の人物。
顔は映らない。
ただ、その手には、注射器が握られていた。
そしてカメラがゆっくり、俺たちの方を向いた。
「……見られてる」
誰かがそう呟いた。
映像の中の注射器が、カメラに向かって近づく。
それと同時に、俺の手の甲に“針のような冷たさ”が突き刺さった。
見れば、血がにじんでいる。
「……また……始まる……」
風花がそう言って、うつろな目を俺に向けた。
「透真くん……これ、最初じゃないんだよ……何度も……何度も、こうやって“処置”されてるの……」
記録は、存在した。
だがそれは、“俺たち”のための記録だった。
誰かの過去を暴くものではない。
俺たち自身が“症例番号”の中に取り込まれていく、異常な記録媒体だった。
記録室の扉が、勝手に閉まった。
外から聞こえてくる。
「……コツ、コツ……コツ……」
そして、壁に設置された使用されていないはずのインターホンが、唐突に鳴った。
――ピンポーン……
風花の耳元に、声が届いた。
「……準備は、整いましたか?」
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