18 / 31
第17話「佐倉、謎の“名前”を口にして自分で驚く」
しおりを挟む
──夜。
アパートの壁に、雨のしずくが静かに打ちつけていた。
曇天。
星はなく、風もなく。
ただ音だけが、眠れぬ者たちの耳に残る夜。
203号室。
佐倉直也は、ベッドの中で目を閉じていた。
部屋の明かりはすでに落とし、スマホも手元にはない。
眠気はある。
──それなのに、まぶたの裏に“景色”が浮かんでくる。
火。
炎。
崩れる城壁。
剣戟の音。
魔法の爆ぜる音。
叫び声と──笑い声。
(……また、夢……?)
(またこれか……)
繰り返し見る、正体のわからない夢。
それもここ最近、内容がはっきりしてきている。
そして今夜、彼はその夢の中で──はっきりと自分の名前を呼ばれた。
『ゼルグレイヴ様──!!』
(……ゼ……?)
『ゼルグレイヴ=イグ=デアラ。
世界の調律を拒みし“魔の王”──その名を、我ら忘れはしない!』
(え……なにそれ。誰……俺?)
夢の中で、彼は玉座に座っていた。
目の前には、膝をついて跪く影。
黒いマント、獣の角、爪のような手。
なのに、顔は──まるで鏡を見ているようだった。
「……ゼルグレイヴ……?」
その言葉を、自分の口が呟いた瞬間──
バチッ!!
部屋の電気が一瞬だけ明滅した。
「っ……うわ!?」
佐倉は跳ね起きた。
体から冷たい汗が流れている。
息が浅い。鼓動がやけにうるさい。
「……なんだよ……今の……」
カーテンの隙間から、外の灯りがちらりと差し込む。
雨は止んでいた。
でも空気の中に、何か“裂け目”のようなものが漂っていた。
ふと──
部屋の外から、“声”がした気がした。
「……ゼル……グ……?」
(え?)
彼はドアをそっと開けてみる。
アパートの廊下。
その端に、誰かが立っていた。
タンクトップ。短パン。筋肉のシルエット。
「……大山さん?」
「よっ。お、おぉ……えっと、なんつーか……」
「……なんで廊下に?」
「うん、いや、ちょっとな? その、たまたまトイレ起きして廊下出たら、なんか“お前の部屋からすごい空気”感じて」
快は、額にうっすら汗を浮かべていた。
「それで、こう……耳をそばだててみたら……」
「……何か聞こえた?」
「いや、っていうか──お前さ、さっき“ゼルグレイヴ”って言わなかった?」
「…………」
佐倉の表情が、止まる。
頭の中で、真っ白な画面に、その文字だけが浮かび上がる。
ゼルグレイヴ=イグ=デアラ
そして、快の脳裏にも一つの“ページ”がひらいた。
──かつて、魔王の名を冠した最強の敵。
世界を覆う魔圧の中心。
最後の戦いで、彼の手で倒したはずの存在。
「お前……いや、まさか……」
「いや、まさかって……」
「“ゼルグレイヴ”ってさ。俺の……記憶にある。“倒した名前”だぞ……?」
静寂。
ふたりの間に、“記憶”が流れ込む。
「……おい、冗談だろ。俺が……魔王ってこと?」
「いや……オレが勇者だったって言うのも、まだちょっと信じきれてねぇけど……でも」
快は、さっと左手を上げた。
手の甲に、うっすらと魔法の刻印のようなものが浮かんでいた。
「この“紋章”、昔はこの力を制御する“鍵”だった。
魔王を倒すための、勇者の封印術式……だって、記憶の中で言ってた」
佐倉の頭に、再び声が蘇る。
『ゼルグレイヴ様、封印は不完全です……まだ、すべての力は戻りませぬ……』
「……っ」
彼は思わず後ずさった。
手のひらが熱い。
胸の奥がうるさく脈を打つ。
「じゃあ、俺は……ほんとに……」
「魔王、だった」
快は、落ち着いた声で言った。
だがその目の奥には、戦慄と確信が入り混じっていた。
「でも、もう昔の話だ。
俺は配達員。お前は、佐倉直也」
「……」
「今さら戦う理由なんかねぇ。
それに、お前──世界、壊したくなんかないだろ?」
佐倉は、息を呑んでうなずいた。
「じゃあ、今はそれでいい。
ただ──“目覚める”なら、覚悟しとけ」
「覚悟?」
「記憶だけが戻るんじゃない。
力も、存在も、“敵”も──全部、戻ってくる」
その言葉の意味を、佐倉はまだ完全には理解していなかった。
だがこの日。
ついに彼は、“自分がゼルグレイヴである”という記憶の端をつかんだ。
世界が、もう一段、回り出す。
(続く)
アパートの壁に、雨のしずくが静かに打ちつけていた。
曇天。
星はなく、風もなく。
ただ音だけが、眠れぬ者たちの耳に残る夜。
203号室。
佐倉直也は、ベッドの中で目を閉じていた。
部屋の明かりはすでに落とし、スマホも手元にはない。
眠気はある。
──それなのに、まぶたの裏に“景色”が浮かんでくる。
火。
炎。
崩れる城壁。
剣戟の音。
魔法の爆ぜる音。
叫び声と──笑い声。
(……また、夢……?)
(またこれか……)
繰り返し見る、正体のわからない夢。
それもここ最近、内容がはっきりしてきている。
そして今夜、彼はその夢の中で──はっきりと自分の名前を呼ばれた。
『ゼルグレイヴ様──!!』
(……ゼ……?)
『ゼルグレイヴ=イグ=デアラ。
世界の調律を拒みし“魔の王”──その名を、我ら忘れはしない!』
(え……なにそれ。誰……俺?)
夢の中で、彼は玉座に座っていた。
目の前には、膝をついて跪く影。
黒いマント、獣の角、爪のような手。
なのに、顔は──まるで鏡を見ているようだった。
「……ゼルグレイヴ……?」
その言葉を、自分の口が呟いた瞬間──
バチッ!!
部屋の電気が一瞬だけ明滅した。
「っ……うわ!?」
佐倉は跳ね起きた。
体から冷たい汗が流れている。
息が浅い。鼓動がやけにうるさい。
「……なんだよ……今の……」
カーテンの隙間から、外の灯りがちらりと差し込む。
雨は止んでいた。
でも空気の中に、何か“裂け目”のようなものが漂っていた。
ふと──
部屋の外から、“声”がした気がした。
「……ゼル……グ……?」
(え?)
彼はドアをそっと開けてみる。
アパートの廊下。
その端に、誰かが立っていた。
タンクトップ。短パン。筋肉のシルエット。
「……大山さん?」
「よっ。お、おぉ……えっと、なんつーか……」
「……なんで廊下に?」
「うん、いや、ちょっとな? その、たまたまトイレ起きして廊下出たら、なんか“お前の部屋からすごい空気”感じて」
快は、額にうっすら汗を浮かべていた。
「それで、こう……耳をそばだててみたら……」
「……何か聞こえた?」
「いや、っていうか──お前さ、さっき“ゼルグレイヴ”って言わなかった?」
「…………」
佐倉の表情が、止まる。
頭の中で、真っ白な画面に、その文字だけが浮かび上がる。
ゼルグレイヴ=イグ=デアラ
そして、快の脳裏にも一つの“ページ”がひらいた。
──かつて、魔王の名を冠した最強の敵。
世界を覆う魔圧の中心。
最後の戦いで、彼の手で倒したはずの存在。
「お前……いや、まさか……」
「いや、まさかって……」
「“ゼルグレイヴ”ってさ。俺の……記憶にある。“倒した名前”だぞ……?」
静寂。
ふたりの間に、“記憶”が流れ込む。
「……おい、冗談だろ。俺が……魔王ってこと?」
「いや……オレが勇者だったって言うのも、まだちょっと信じきれてねぇけど……でも」
快は、さっと左手を上げた。
手の甲に、うっすらと魔法の刻印のようなものが浮かんでいた。
「この“紋章”、昔はこの力を制御する“鍵”だった。
魔王を倒すための、勇者の封印術式……だって、記憶の中で言ってた」
佐倉の頭に、再び声が蘇る。
『ゼルグレイヴ様、封印は不完全です……まだ、すべての力は戻りませぬ……』
「……っ」
彼は思わず後ずさった。
手のひらが熱い。
胸の奥がうるさく脈を打つ。
「じゃあ、俺は……ほんとに……」
「魔王、だった」
快は、落ち着いた声で言った。
だがその目の奥には、戦慄と確信が入り混じっていた。
「でも、もう昔の話だ。
俺は配達員。お前は、佐倉直也」
「……」
「今さら戦う理由なんかねぇ。
それに、お前──世界、壊したくなんかないだろ?」
佐倉は、息を呑んでうなずいた。
「じゃあ、今はそれでいい。
ただ──“目覚める”なら、覚悟しとけ」
「覚悟?」
「記憶だけが戻るんじゃない。
力も、存在も、“敵”も──全部、戻ってくる」
その言葉の意味を、佐倉はまだ完全には理解していなかった。
だがこの日。
ついに彼は、“自分がゼルグレイヴである”という記憶の端をつかんだ。
世界が、もう一段、回り出す。
(続く)
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件
やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる