青神島の神の器

naomikoryo

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第3話:正源寺

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正源寺の本堂には、もはや“静寂”という言葉では片づけられないほどの緊張が漂っていた。

それはまるで、空気そのものが何かを恐れているかのようだった。

矢崎慎吾は、真夜中を過ぎても床に伏せることができず、入口近くの柱にもたれていた。
冷たい木の感触と、外から吹き込む風の音。
時折きしむ床の軋みが、誰かの足音のように響く。

(このままじゃ、みんな壊れる)

彼はそう思っていた。

火を囲んでうずくまる者、震える者、泣き続ける者、怒鳴り合う者。
昨夜の鐘、そして今夜の“迎え火”と島民たちの姿が、全員の理性を少しずつ削っていた。

「慎吾……ちょっと、来て」

落合涼子が、袖を引いた。
彼女の手は冷たく、何かを見つけた目だった。

「地下に通じる階段……あったの。あの仏壇の裏」

「地下? 本堂の?」

「でも、扉が閉じてる。板で打ち付けられてて、釘も打ってある」

「つまり……誰かが封じたってことだな」

涼子は頷いた。

「誰かが……“下に行かせないように”してる。つまり、何かがあるってこと」

慎吾は視線を巡らせた。
皆が疲弊し、言い争う気力すらなくなっている。

そして、その中に――
“あるべきはずの人間の姿”が、ないことに気づいた。

(あれ? 滝口は……?)

屈強で、少し軽率な体育会系の男、滝口 翼。
いつも目立っていた彼の存在が、今夜に限って“消えていた”。



──その頃。

夜の闇の中、ひとつの影が、本堂を離れて裏手に向かっていた。

口元には微笑のようなものが浮かび、肩にかけたタオルを握りしめている。

「くそ……トイレ行きたいのに、誰も付き合ってくれねえし。ビビりすぎだって」

滝口 翼。
寺の裏にある、簡易的な便所へと続く細道を歩いていた。

懐中電灯も、電池が切れている。
月明かりが雲に遮られ、視界はほとんどない。

「……ん?」

遠く、竹林の間に何かが動いた。
だが、彼はそれを“猫”か何かだと思って笑った。

「まじ勘弁してほしいぜ、ほんと……」

小便を済ませて戻ろうとしたとき、彼は違和感に気づいた。

後ろに――気配。

振り返る。

誰もいない。

「……は?」

一歩、踏み出す。

その瞬間、風が止んだ。

竹林の間に、一筋の光が走る。
それは、月か、違うか――わからない。

ふと、何かの“匂い”が鼻をかすめた。
生ぬるい、獣のような匂い。血のような、錆びたような。

「……誰か……いるのか……?」

竹の隙間に、白いものが浮かぶ。

それは和服の裾のようだった。
いや、それよりも――人間離れした、細く異様な形をしていた。

「な……んだ、よ……おい……」

滝口が、一歩引いたそのとき――

──“何か”が彼の背後から現れた。

ぐしゃっ……という音が、夜に溶ける。

竹林に戻った静寂。
しばらくして、何かが地面を引きずる音がした。

血の臭いだけが、微かに残された。



「……滝口がいない?」

慎吾の声に、数人が立ち上がる。
すでに夜明け近く、本堂内では動揺が広がっていた。

「夜中にどっか行ったとか? 一人で?」

「トイレだろ?それとも水汲みにでも? でも、一人で……」

「探す。涼子、圭吾、北條、貴子……頼む、四方を分担しよう」

「ええ。でも、慎吾――これで“二人目”じゃない?」

涼子の言葉に慎吾は反応した。

「……二人目?」

「昨日の夜、誰も覚えていない“海老名雅人”という名前。もしかしたら、彼も“消された”のよ」

「……消された、って……」

「この寺に近づく者は、贄になる。彼は、近づいていたんじゃない?」

沈黙が流れる。

そのとき、貴子が叫んだ。

「……井戸! 井戸の蓋が、開いてる!」



石組みの古井戸は、本堂の裏手にある。
昨日まで木蓋が閉じられていたそれが、今朝、無惨に開いていた。

全員が緊張しながら見つめる中、慎吾は懐中電灯を取り出し、井戸の縁を覗き込んだ。

「……!」

底に、水はない。
だがそこに――何かが見えた。

人。

ぐにゃりと曲がった体勢で、井戸の底に転がる肉の塊。
それは、滝口 翼だった。

目は見開かれ、口は閉じられている。
だが、胸の中央が深くえぐれていた。

犯人が何を使ったのかもわからない。
どうやって殺したのかも、痕跡がない。

そして、彼がどうして“そこにいたのか”も――誰も説明できなかった。

「神の……怒りだ……」

誰かが呟いた。

慎吾は立ち尽くしたまま、唇を噛みしめた。

(何かが……始まってしまった。絶対に止めなきゃいけないのに)

一人、また一人と、恐怖は確実に命を削っていく。

そして、このとき慎吾はまだ知らない。

滝口の死が、“因果の一端”であることを――
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