青神島の神の器

naomikoryo

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第5話:疑惑

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「スコップなんてないよな……」

慎吾がそう呟くと、北條が無言で手を差し出した。
金属製の柄の短いシャベル。それを見て、慎吾は驚いた。

「どこから……」

「昨日の納屋にあった。道具箱の中に、他にもいくつか農具があったけど、これが一番マシ」

彼の顔には、無表情という名の仮面が貼り付いていた。
何かを感じているのか、何かを隠しているのか――慎吾にはまだ、分からなかった。

遺体は、日が高くなる前に埋葬することになった。

正源寺の裏手、苔むした古い石塔がいくつか並んでいるその奥――
かつて墓地だった場所の隅に、滝口 翼の墓を作ることになった。

彼の名前を彫るものも、石碑もなかった。
代わりに、焦げた柱材の一片を十字に組み、濡れたハチマキを結びつけた。

本庄 翔が、嗚咽を堪えながら地面をならしていた。

「……くそ、マジかよ。あいつ、ふざけてたけど、いいヤツだったんだぜ……」

慎吾は無言で土を被せながら、喉の奥が詰まる感覚を押し殺した。
重ねたシャベルの音が、まるで鐘のように響いた。

(誰が、こんなことを……)

涼子も黙って土を掴み、慎重にかぶせていく。

貴子は目を伏せたまま、小さく手を合わせていた。

「……あたし、昨日……“また誰か消える”って言った」

「……ああ」

「滝口くんだったって……わかってたら……言わなかった」

慎吾は返す言葉を見つけられなかった。
風が吹く。土の匂いと、朽ちた木の匂いが混じる。

(俺たちは、誰かを守ることもできないのか……?)



午後。

正源寺の境内では、物資の管理と交代制の見張りを決めるミーティングが行われていた。
食料、道具、火種――すべてが貴重で、誰か一人のミスが全体の死に直結する。

「分担しよう。保管場所はあの蔵、鍵の代わりに“名簿で管理”する。出した人間と、使った分を記録する」

と、貴子が提案した。

その際、全員の名前を再度確認したとき――

「……やっぱり、いないわ。“海老名雅人”って人。誰も、顔を思い出せない」

「名簿にだけ名前がある。けど、現実には存在していない」

「なら、最初から“いなかった”んじゃないのか?」

圭吾が冷静に言った。

だが涼子は、ノートの別のページを見せた。

「私のメモにもある。昨日の夜に、名前だけを書いたリストの最後。海老名雅人――って。何の違和感もなく」

「“最初からいるもの”だと、私たち全員が思い込まされていた?」

「でもそれって……人間じゃなくて、何か……」

そのとき、突然、叫び声があがった。

「ちょっ……まって! 食料、減ってる!」

見張りをしていた宇野 沙耶が、慌てて走ってきた。

「干し魚、あと3つあったのに、1個しかない!」

「誰かが……勝手に持ってった?」

「名簿には……記録ない」

「誰がやったんだよ……!」

「夜に交代したの、誰だ!? 俺か? お前か!?」

「俺じゃねえよ!」

再び、空気が張り詰めた。
疑念。恐怖。焦燥。
それらが全員の中に“種”として根付き始めていた。

慎吾は、声を荒げそうになる自分を抑えて、静かに言った。

「皆、落ち着け。夜間は……誰もひとりにはなるな。必ず2人1組で行動。名簿記録も、二重チェックする」

「でも、内部に裏切り者がいるんだとしたら?」

「だからこそ、二人一組だ」

誰かが、慎吾のほうを睨んだ。

「なあ……本当に、お前じゃないんだよな?」

その言葉に、涼子が一歩前に出る。

「慎吾が? ありえないわ。彼がそんなことする理由がある?」

「だって、滝口のときも、現場に行ったの、最初に気づいたのはあんただろ?」

「……っ!」

(来た……裂け目だ)

仲間たちの間に生まれた、“亀裂”。
それは、目には見えないが確実に広がり、やがて人を“殺す”。

慎吾は、拳を握ったまま答えた。

「俺がやったって証拠があるなら、好きに言え。ただ……その疑いで誰かが死んだら、今度はそいつのせいだ」



夜。

慎吾は境内の見張りに立っていた。
遠く、山のふもとで、炎が揺らめいていた。

あの“迎え火”だ。

島民たちは、本堂には決して近づいてこない。
しかし、見ている。明らかに、何かを「観察」している。

(あの目……俺たちが“観察対象”だとでも思ってるのか?)

ふと、誰かが後ろに立っている気がした。

振り向くと、少女がいた。

白い着物、肩までの黒髪。
だが、顔がない。

いや、正確には、“見えない”。
そこだけが、濃い霧のように霞んでいる。

少女は、まっすぐ慎吾を指さした。

「お前が……最初の、罪を背負う者」

その声が風に乗って届いたとき、少女の姿は霧のように消えた。

(……俺が……何の“罪”を?)

そして――

再び、寺の鐘が、誰にも触れられずに鳴り響いた。
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