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第5話:疑惑
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「スコップなんてないよな……」
慎吾がそう呟くと、北條が無言で手を差し出した。
金属製の柄の短いシャベル。それを見て、慎吾は驚いた。
「どこから……」
「昨日の納屋にあった。道具箱の中に、他にもいくつか農具があったけど、これが一番マシ」
彼の顔には、無表情という名の仮面が貼り付いていた。
何かを感じているのか、何かを隠しているのか――慎吾にはまだ、分からなかった。
遺体は、日が高くなる前に埋葬することになった。
正源寺の裏手、苔むした古い石塔がいくつか並んでいるその奥――
かつて墓地だった場所の隅に、滝口 翼の墓を作ることになった。
彼の名前を彫るものも、石碑もなかった。
代わりに、焦げた柱材の一片を十字に組み、濡れたハチマキを結びつけた。
本庄 翔が、嗚咽を堪えながら地面をならしていた。
「……くそ、マジかよ。あいつ、ふざけてたけど、いいヤツだったんだぜ……」
慎吾は無言で土を被せながら、喉の奥が詰まる感覚を押し殺した。
重ねたシャベルの音が、まるで鐘のように響いた。
(誰が、こんなことを……)
涼子も黙って土を掴み、慎重にかぶせていく。
貴子は目を伏せたまま、小さく手を合わせていた。
「……あたし、昨日……“また誰か消える”って言った」
「……ああ」
「滝口くんだったって……わかってたら……言わなかった」
慎吾は返す言葉を見つけられなかった。
風が吹く。土の匂いと、朽ちた木の匂いが混じる。
(俺たちは、誰かを守ることもできないのか……?)
*
午後。
正源寺の境内では、物資の管理と交代制の見張りを決めるミーティングが行われていた。
食料、道具、火種――すべてが貴重で、誰か一人のミスが全体の死に直結する。
「分担しよう。保管場所はあの蔵、鍵の代わりに“名簿で管理”する。出した人間と、使った分を記録する」
と、貴子が提案した。
その際、全員の名前を再度確認したとき――
「……やっぱり、いないわ。“海老名雅人”って人。誰も、顔を思い出せない」
「名簿にだけ名前がある。けど、現実には存在していない」
「なら、最初から“いなかった”んじゃないのか?」
圭吾が冷静に言った。
だが涼子は、ノートの別のページを見せた。
「私のメモにもある。昨日の夜に、名前だけを書いたリストの最後。海老名雅人――って。何の違和感もなく」
「“最初からいるもの”だと、私たち全員が思い込まされていた?」
「でもそれって……人間じゃなくて、何か……」
そのとき、突然、叫び声があがった。
「ちょっ……まって! 食料、減ってる!」
見張りをしていた宇野 沙耶が、慌てて走ってきた。
「干し魚、あと3つあったのに、1個しかない!」
「誰かが……勝手に持ってった?」
「名簿には……記録ない」
「誰がやったんだよ……!」
「夜に交代したの、誰だ!? 俺か? お前か!?」
「俺じゃねえよ!」
再び、空気が張り詰めた。
疑念。恐怖。焦燥。
それらが全員の中に“種”として根付き始めていた。
慎吾は、声を荒げそうになる自分を抑えて、静かに言った。
「皆、落ち着け。夜間は……誰もひとりにはなるな。必ず2人1組で行動。名簿記録も、二重チェックする」
「でも、内部に裏切り者がいるんだとしたら?」
「だからこそ、二人一組だ」
誰かが、慎吾のほうを睨んだ。
「なあ……本当に、お前じゃないんだよな?」
その言葉に、涼子が一歩前に出る。
「慎吾が? ありえないわ。彼がそんなことする理由がある?」
「だって、滝口のときも、現場に行ったの、最初に気づいたのはあんただろ?」
「……っ!」
(来た……裂け目だ)
仲間たちの間に生まれた、“亀裂”。
それは、目には見えないが確実に広がり、やがて人を“殺す”。
慎吾は、拳を握ったまま答えた。
「俺がやったって証拠があるなら、好きに言え。ただ……その疑いで誰かが死んだら、今度はそいつのせいだ」
*
夜。
慎吾は境内の見張りに立っていた。
遠く、山のふもとで、炎が揺らめいていた。
あの“迎え火”だ。
島民たちは、本堂には決して近づいてこない。
しかし、見ている。明らかに、何かを「観察」している。
(あの目……俺たちが“観察対象”だとでも思ってるのか?)
ふと、誰かが後ろに立っている気がした。
振り向くと、少女がいた。
白い着物、肩までの黒髪。
だが、顔がない。
いや、正確には、“見えない”。
そこだけが、濃い霧のように霞んでいる。
少女は、まっすぐ慎吾を指さした。
「お前が……最初の、罪を背負う者」
その声が風に乗って届いたとき、少女の姿は霧のように消えた。
(……俺が……何の“罪”を?)
そして――
再び、寺の鐘が、誰にも触れられずに鳴り響いた。
慎吾がそう呟くと、北條が無言で手を差し出した。
金属製の柄の短いシャベル。それを見て、慎吾は驚いた。
「どこから……」
「昨日の納屋にあった。道具箱の中に、他にもいくつか農具があったけど、これが一番マシ」
彼の顔には、無表情という名の仮面が貼り付いていた。
何かを感じているのか、何かを隠しているのか――慎吾にはまだ、分からなかった。
遺体は、日が高くなる前に埋葬することになった。
正源寺の裏手、苔むした古い石塔がいくつか並んでいるその奥――
かつて墓地だった場所の隅に、滝口 翼の墓を作ることになった。
彼の名前を彫るものも、石碑もなかった。
代わりに、焦げた柱材の一片を十字に組み、濡れたハチマキを結びつけた。
本庄 翔が、嗚咽を堪えながら地面をならしていた。
「……くそ、マジかよ。あいつ、ふざけてたけど、いいヤツだったんだぜ……」
慎吾は無言で土を被せながら、喉の奥が詰まる感覚を押し殺した。
重ねたシャベルの音が、まるで鐘のように響いた。
(誰が、こんなことを……)
涼子も黙って土を掴み、慎重にかぶせていく。
貴子は目を伏せたまま、小さく手を合わせていた。
「……あたし、昨日……“また誰か消える”って言った」
「……ああ」
「滝口くんだったって……わかってたら……言わなかった」
慎吾は返す言葉を見つけられなかった。
風が吹く。土の匂いと、朽ちた木の匂いが混じる。
(俺たちは、誰かを守ることもできないのか……?)
*
午後。
正源寺の境内では、物資の管理と交代制の見張りを決めるミーティングが行われていた。
食料、道具、火種――すべてが貴重で、誰か一人のミスが全体の死に直結する。
「分担しよう。保管場所はあの蔵、鍵の代わりに“名簿で管理”する。出した人間と、使った分を記録する」
と、貴子が提案した。
その際、全員の名前を再度確認したとき――
「……やっぱり、いないわ。“海老名雅人”って人。誰も、顔を思い出せない」
「名簿にだけ名前がある。けど、現実には存在していない」
「なら、最初から“いなかった”んじゃないのか?」
圭吾が冷静に言った。
だが涼子は、ノートの別のページを見せた。
「私のメモにもある。昨日の夜に、名前だけを書いたリストの最後。海老名雅人――って。何の違和感もなく」
「“最初からいるもの”だと、私たち全員が思い込まされていた?」
「でもそれって……人間じゃなくて、何か……」
そのとき、突然、叫び声があがった。
「ちょっ……まって! 食料、減ってる!」
見張りをしていた宇野 沙耶が、慌てて走ってきた。
「干し魚、あと3つあったのに、1個しかない!」
「誰かが……勝手に持ってった?」
「名簿には……記録ない」
「誰がやったんだよ……!」
「夜に交代したの、誰だ!? 俺か? お前か!?」
「俺じゃねえよ!」
再び、空気が張り詰めた。
疑念。恐怖。焦燥。
それらが全員の中に“種”として根付き始めていた。
慎吾は、声を荒げそうになる自分を抑えて、静かに言った。
「皆、落ち着け。夜間は……誰もひとりにはなるな。必ず2人1組で行動。名簿記録も、二重チェックする」
「でも、内部に裏切り者がいるんだとしたら?」
「だからこそ、二人一組だ」
誰かが、慎吾のほうを睨んだ。
「なあ……本当に、お前じゃないんだよな?」
その言葉に、涼子が一歩前に出る。
「慎吾が? ありえないわ。彼がそんなことする理由がある?」
「だって、滝口のときも、現場に行ったの、最初に気づいたのはあんただろ?」
「……っ!」
(来た……裂け目だ)
仲間たちの間に生まれた、“亀裂”。
それは、目には見えないが確実に広がり、やがて人を“殺す”。
慎吾は、拳を握ったまま答えた。
「俺がやったって証拠があるなら、好きに言え。ただ……その疑いで誰かが死んだら、今度はそいつのせいだ」
*
夜。
慎吾は境内の見張りに立っていた。
遠く、山のふもとで、炎が揺らめいていた。
あの“迎え火”だ。
島民たちは、本堂には決して近づいてこない。
しかし、見ている。明らかに、何かを「観察」している。
(あの目……俺たちが“観察対象”だとでも思ってるのか?)
ふと、誰かが後ろに立っている気がした。
振り向くと、少女がいた。
白い着物、肩までの黒髪。
だが、顔がない。
いや、正確には、“見えない”。
そこだけが、濃い霧のように霞んでいる。
少女は、まっすぐ慎吾を指さした。
「お前が……最初の、罪を背負う者」
その声が風に乗って届いたとき、少女の姿は霧のように消えた。
(……俺が……何の“罪”を?)
そして――
再び、寺の鐘が、誰にも触れられずに鳴り響いた。
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