青神島の神の器

naomikoryo

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第6話:仮面

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朝になると、空気が変わっていた。

昨日までの重く垂れこめた雲はどこかへ消え、山の上には淡い霧がかかっていた。
霧は風に流され、やがて島の東側へと向かって溶けていく。

正源寺の境内に、焼けた魚の匂いが漂っていた。

「……誰が、火を使った?」

慎吾の問いかけに、誰も答えなかった。
火の周囲には灰と焼けた骨。干し魚の尾が炭になっていた。

(共有の食料のはず……無断で?)

「名簿に記録がない」

と、貴子が低く言った。

「魚の在庫、ゼロになった。これは“計画的な盗み”」

ざわり、と。全員の視線が互いに巡る。

「また誰か抜け駆けしたってわけかよ……」

「一体、誰が……」

そこに、落合涼子が声を上げた。

「待って。……長谷川くんは?」

沈黙が落ちた。

辺りを見渡す。
本堂、庫裏、裏庭、納屋……どこにも彼の姿はなかった。

矢崎慎吾は立ち上がると、周囲を確認した。

「……寝袋も、荷物もない」

「まさか……」

「夜のうちに、出て行った……?」

「どこへ? ひとりで?」

その時、門の外から、誰かが駆けてきた。

「し、慎吾! こっち、早く!」

駆けてきたのは北條だった。
顔には汗と土が混じり、呼吸が荒い。

「……東島の方に……長谷川がいるのを見た! 島民と、いっしょに……!」



山道を駆け下り、東の集落があるとされる区域へと進む。
途中から、石畳が整えられた道に変わり、古びた鳥居と竹林が視界に入った。

その先には――

現代とは明らかに違う時間が流れる村落が、あった。

木造の家が立ち並び、農具を担ぐ男、薪を割る女、井戸端で洗濯する老婆の姿。
だが、皆が一様に、彼らを警戒する目をしていた。

「おい、外の者だ」

「穢れがまた来おったか」

「寺を越えて、こっちまで……」

慎吾たちが進むと、その視線の先に、見知った顔が現れた。

「……長谷川!」

声を上げると、長谷川 遼が、悠然と笑って手を振った。

「よお、おはよう!」

彼は、村の若者たちと肩を並べて立っていた。
着ている服はすでに現代のものではなく、麻布をまとったような、島民と同じ衣装に変わっていた。

「……お前、なにしてるんだ?」

慎吾が詰め寄る。

長谷川は、まるで自分が何も間違っていないかのような笑みで答えた。

「ここ、案外……悪いとこじゃないよ」

「は?」

「食べ物もあるし、水もちゃんと飲める。宿もある。村の人たち、最初は警戒してたけど、こっちが礼儀正しくすれば意外と優しい」

「……お前、まさか“こっちに住む”つもりか?」

「そっちだって、寺でガタガタしてるだけだろ? 飯もないし、死人は出るし。いつまた誰かが消えるかわからないじゃん」

(……まるで、他人事のように)

「……滝口が死んだの、知ってるよな?」

「うん。けど、もう関係ないよ。あれは……“選ばれた”だけだって、村の人が言ってた。神様が決めたって」

慎吾のこめかみが熱くなる。

「お前、それ……本気で言ってんのか?」

「神様が贄を選ぶ。それが、ここでは普通のことなんだって」

慎吾が拳を握りかけたとき、涼子が前に出た。

「待って。……あなたがそう思うのは自由。でも、裏切り者としては見ないでおく。それがあなたの選択なら」

「だろ? わかってるじゃん、涼子は」

「でも、だからこそ言う。戻る場所があるうちは、戻ってきなさい。どんなに小さくても」

長谷川は、笑って肩をすくめた。

「俺は、ここでやっていくよ。こっちのほうが、よっぽど居心地がいい」

(……まるで、“前にもここにいた”みたいな言い方だ)

その違和感が、慎吾の胸に引っかかった。



正源寺に戻った後、慎吾たちは全員に事の顛末を説明した。

「つまり……長谷川は、あっちの連中に取り入って、“仲間”になったってこと?」

「彼は……もう、戻らないかもしれない」

「バカじゃねえのか!? あんなヤツ、放っとけよ!」

「でも、向こうの村には食料もあった。文明も多少は整ってる」

「もう……戻りたいやつは、あっちに行けばいいんじゃないか?」

また、亀裂が入った。

一人が口火を切れば、もう止まらない。
“脱落者”は、“裏切り者”になる。
そして、“次に消える”のは誰か、という空気がまた蔓延していく。

慎吾は、無力感に襲われた。

(これは……じわじわと、壊れていくんだ)

島が壊すのではない。
人間が、自分たちで壊れていく。



夜。

全員が本堂で休んでいた中、慎吾はふと“人の気配”に目を覚ました。

静かだった。
虫の音すら聞こえない夜の闇。
誰かが、寺の裏に抜け出した気配。

(……まさか)

そっと立ち上がり、懐中電灯を手に外へ出る。
門を抜けて、裏手の竹林に向かう。

「……誰かいるのか?」

沈黙。

木々の隙間に、微かな白い影が見えた。

そちらに向かって歩いた瞬間――足元に“何か”を踏んだ。

ガサッ。

懐中電灯を下に向けると、そこには紙片が落ちていた。

拾い上げて広げると、こう書かれていた。

「次は、“嘘つき”が連れて行かれる」

(……嘘つき? 誰が……?)

頭の中で、誰かの顔が浮かぶ。

その瞬間――寺の奥から、悲鳴が響いた。

「いやっ……!! 誰か!! 誰か来てぇッ!!」

慎吾が本堂に駆け戻ったとき、貴子が泣きながら立ち尽くしていた。

そして、本堂の隅にあった荷物が散乱し、ひとりの姿が消えていた。

「陽菜……っ、藤代陽菜が、いない……!!」

2人目の“消失”。

それは、誰もが予想していた“最悪”のタイミングだった。
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