7 / 14
第7話:手記
しおりを挟む
夜の闇に溶けるようにして、藤代陽菜は姿を消していた。
本堂の隅に置かれていた寝袋は空になっており、彼女の荷物も荒らされた形跡はなかった。
だが確かに、そこには陽菜の“匂い”があった。
彼女が笑いながら頬張っていた芋の匂い、甘いシャンプーの残り香。
「貴子、陽菜がどこにいたのを最後に見た?」
慎吾の問いに、貴子は震える声で答える。
「……深夜。寝返りうったとき、まだ横にいた。手が触れたから……間違いない」
「物音とか、声とかは?」
「なにも……ただ、寒いなって思って……」
皆が顔を伏せる。
重苦しい沈黙。あまりにも、あまりにも静かに、陽菜は“消えた”のだった。
涼子が一歩前に出た。
「……また、“選ばれた”の?」
「違う。違ってくれ」
慎吾は呟いた。
(何か法則がある。何かしらの“順番”や“対象”が……)
そして彼は、先ほど拾った紙片をそっと取り出した。
「次は、“嘘つき”が連れて行かれる」
(誰が、誰に対しての嘘を……?)
だが今は、もう一つの“鍵”が見つかろうとしていた。
*
翌朝。
正源寺の納屋を物色していた北條が、本堂の隅の破れた床板の下から、あるものを発見した。
「……これ、見てくれ」
それは、布にくるまれたボロボロの冊子。
筆文字で書かれた“和綴じの手記”だった。
古い、煤けた表紙にはこう書かれていた。
「神ヨリ贄ヲ乞ワレシ日録」
涼子が顔をしかめた。
「神より、贄を乞われし日録……?」
中をめくると、すぐに分かる。
これは――約200年前、正源寺に滞在していた人物による記録だった。
筆致は美しく丁寧で、ある種の学者や僧侶によるもののようだった。
慎吾がページを読み上げる。
「文政六年九月五日。京ヨリ之若者、舟破レ、流レ来タリ。数、二十五」
「村人共、之ヲ神ノ贄ト捉ヘ、東西分カレシ者、会スコト禁ゼラル」
「若者共、寺ニ避難セリ。然レドモ、日々一人、消エ失ス。名、覚エラレズ」
「……まさか」
貴子が言った。
「これ、私たちと……同じ状況じゃない……?」
「25人」「船が沈んだ」「島に流れ着いた」「寺に避難」「次々と消える」
ページをめくるごとに、慎吾たちの現状と“完璧に一致”する出来事が淡々と綴られていた。
そして、日記は次のように続いていた。
「五人消エシ後、神ノ怒リ鎮マル」
「一人ハ生贄、一人ハ神ノ器トナリ、三人ハ罪ヲ背負ウ」
「罪深キ者ハ島ニ残サレ、輪廻ノ檻ニ囚ワル」
涼子が眉を寄せる。
「……五人消えたら、神の怒りが収まる?」
「贄? 神の器? 罪を背負うって……」
慎吾は唇を噛んだ。
(誰かが、死ななければならない? いや、“死ぬように仕組まれている”?)
だとすれば、滝口と陽菜はすでに……
(あと……三人)
その数字が、地獄の鐘のように慎吾の脳内で鳴り響いた。
*
「ねえ、陽菜って……最後、何か言ってた?」
と、沙耶がぽつりと呟いた。
「昨日、夕方……私と話してたとき、こんなこと言ってた」
「……この島、たぶん私、来たことある」
「……あの子に会ったから、わかるの。あの……顔が見えない子」
「“嘘は嘘で、帰ってくる”って、言ってたの」
「だからね、もし私がいなくなったら……沙耶ちゃん、気をつけてね」
その言葉を聞いた瞬間、貴子がガタリと立ち上がった。
「私……彼女に、嘘をついた」
「え?」
「海老名雅人のこと。“知らない”って言ったけど……私、本当は、一度だけ会ってる。最初のオリエンテーションで、名札を見た」
皆の視線が貴子に向かう。
「でも……顔も、声も、何も思い出せなかった。怖くて、嘘をついた」
貴子の目から、涙がこぼれた。
「私が……“嘘つき”だったのに……陽菜が連れていかれた。代わりに」
(誰かの“嘘”が、誰かを消す)
(神は……人の罪に、等価の罰を与える?)
慎吾は、どうしても認めたくなかった。
だが、そうとしか思えないほど、手記の記録と彼らの状況は一致していた。
そのとき、椎名圭吾が呟いた。
「日記、もう一箇所……妙な箇所がある」
「どこ?」
圭吾が開いたのは、最終ページの裏だった。
そこに、こう書かれていた。
「彼等二十五人ノ中、一人ハ“存在シナカッタ”」
「然レドモ、皆、其ノ者ヲ“確カニ居タ”ト思ヒ込ンデ居タ」
「故ニ、其ノ者コソ“神ノ器”ナリ」
本堂に、静寂が戻る。
慎吾は、全身の血が凍るのを感じていた。
(……俺たちの中に、存在しなかった“誰か”がいる?)
「……まさか、“海老名雅人”?」
涼子が、震える声で呟く。
その時だった。
本堂の扉が、誰にも触れられずに、きぃ……と開いた。
冷たい風が吹き込む。
外には、誰もいなかった。
ただ、石段の上に一枚の紙が置かれていた。
慎吾が拾い上げ、開いたそれには、たった一言――
「次ハ、“過去ヲ隠ス者”」
(……過去を隠す……?)
自分の背中が、うっすらと汗ばんでいることに、慎吾は気づいていた。
そしてそれが、“自分に向けられた言葉”なのかもしれないと、心のどこかでわかっていた。
本堂の隅に置かれていた寝袋は空になっており、彼女の荷物も荒らされた形跡はなかった。
だが確かに、そこには陽菜の“匂い”があった。
彼女が笑いながら頬張っていた芋の匂い、甘いシャンプーの残り香。
「貴子、陽菜がどこにいたのを最後に見た?」
慎吾の問いに、貴子は震える声で答える。
「……深夜。寝返りうったとき、まだ横にいた。手が触れたから……間違いない」
「物音とか、声とかは?」
「なにも……ただ、寒いなって思って……」
皆が顔を伏せる。
重苦しい沈黙。あまりにも、あまりにも静かに、陽菜は“消えた”のだった。
涼子が一歩前に出た。
「……また、“選ばれた”の?」
「違う。違ってくれ」
慎吾は呟いた。
(何か法則がある。何かしらの“順番”や“対象”が……)
そして彼は、先ほど拾った紙片をそっと取り出した。
「次は、“嘘つき”が連れて行かれる」
(誰が、誰に対しての嘘を……?)
だが今は、もう一つの“鍵”が見つかろうとしていた。
*
翌朝。
正源寺の納屋を物色していた北條が、本堂の隅の破れた床板の下から、あるものを発見した。
「……これ、見てくれ」
それは、布にくるまれたボロボロの冊子。
筆文字で書かれた“和綴じの手記”だった。
古い、煤けた表紙にはこう書かれていた。
「神ヨリ贄ヲ乞ワレシ日録」
涼子が顔をしかめた。
「神より、贄を乞われし日録……?」
中をめくると、すぐに分かる。
これは――約200年前、正源寺に滞在していた人物による記録だった。
筆致は美しく丁寧で、ある種の学者や僧侶によるもののようだった。
慎吾がページを読み上げる。
「文政六年九月五日。京ヨリ之若者、舟破レ、流レ来タリ。数、二十五」
「村人共、之ヲ神ノ贄ト捉ヘ、東西分カレシ者、会スコト禁ゼラル」
「若者共、寺ニ避難セリ。然レドモ、日々一人、消エ失ス。名、覚エラレズ」
「……まさか」
貴子が言った。
「これ、私たちと……同じ状況じゃない……?」
「25人」「船が沈んだ」「島に流れ着いた」「寺に避難」「次々と消える」
ページをめくるごとに、慎吾たちの現状と“完璧に一致”する出来事が淡々と綴られていた。
そして、日記は次のように続いていた。
「五人消エシ後、神ノ怒リ鎮マル」
「一人ハ生贄、一人ハ神ノ器トナリ、三人ハ罪ヲ背負ウ」
「罪深キ者ハ島ニ残サレ、輪廻ノ檻ニ囚ワル」
涼子が眉を寄せる。
「……五人消えたら、神の怒りが収まる?」
「贄? 神の器? 罪を背負うって……」
慎吾は唇を噛んだ。
(誰かが、死ななければならない? いや、“死ぬように仕組まれている”?)
だとすれば、滝口と陽菜はすでに……
(あと……三人)
その数字が、地獄の鐘のように慎吾の脳内で鳴り響いた。
*
「ねえ、陽菜って……最後、何か言ってた?」
と、沙耶がぽつりと呟いた。
「昨日、夕方……私と話してたとき、こんなこと言ってた」
「……この島、たぶん私、来たことある」
「……あの子に会ったから、わかるの。あの……顔が見えない子」
「“嘘は嘘で、帰ってくる”って、言ってたの」
「だからね、もし私がいなくなったら……沙耶ちゃん、気をつけてね」
その言葉を聞いた瞬間、貴子がガタリと立ち上がった。
「私……彼女に、嘘をついた」
「え?」
「海老名雅人のこと。“知らない”って言ったけど……私、本当は、一度だけ会ってる。最初のオリエンテーションで、名札を見た」
皆の視線が貴子に向かう。
「でも……顔も、声も、何も思い出せなかった。怖くて、嘘をついた」
貴子の目から、涙がこぼれた。
「私が……“嘘つき”だったのに……陽菜が連れていかれた。代わりに」
(誰かの“嘘”が、誰かを消す)
(神は……人の罪に、等価の罰を与える?)
慎吾は、どうしても認めたくなかった。
だが、そうとしか思えないほど、手記の記録と彼らの状況は一致していた。
そのとき、椎名圭吾が呟いた。
「日記、もう一箇所……妙な箇所がある」
「どこ?」
圭吾が開いたのは、最終ページの裏だった。
そこに、こう書かれていた。
「彼等二十五人ノ中、一人ハ“存在シナカッタ”」
「然レドモ、皆、其ノ者ヲ“確カニ居タ”ト思ヒ込ンデ居タ」
「故ニ、其ノ者コソ“神ノ器”ナリ」
本堂に、静寂が戻る。
慎吾は、全身の血が凍るのを感じていた。
(……俺たちの中に、存在しなかった“誰か”がいる?)
「……まさか、“海老名雅人”?」
涼子が、震える声で呟く。
その時だった。
本堂の扉が、誰にも触れられずに、きぃ……と開いた。
冷たい風が吹き込む。
外には、誰もいなかった。
ただ、石段の上に一枚の紙が置かれていた。
慎吾が拾い上げ、開いたそれには、たった一言――
「次ハ、“過去ヲ隠ス者”」
(……過去を隠す……?)
自分の背中が、うっすらと汗ばんでいることに、慎吾は気づいていた。
そしてそれが、“自分に向けられた言葉”なのかもしれないと、心のどこかでわかっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる