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第8話:再来
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火を焚いても、冷えは消えなかった。
むしろ、心の奥から滲み出る冷気が、肌の表面を突き刺すようだった。
矢崎慎吾は、開かれた紙片を見つめながら、目の奥がじわじわと痛むような感覚に襲われていた。
「次ハ、“過去ヲ隠ス者”」
誰のことだ。
いや、誰かではなく――自分、かもしれない。
(……俺も、隠してる)
何年も前、ある冤罪事件があった。
大学でのいじめ、内部通報、裁判沙汰――慎吾は、その場にいた。
だが、自分には関係ないと、見て見ぬふりをした。
(あのとき俺が何かしていれば、あの子は……)
罪ではない。だが、罪を見逃した後悔は、ずっと慎吾の胸に巣くっていた。
その記憶を抱えたまま、今、紙片の言葉が――まるで慎吾を指しているかのように、重くのしかかっていた。
*
「……正直に言うよ」
静かな声がした。
皆が一斉に振り向く。
声の主は、宇野 沙耶だった。
目の下にクマを浮かべ、震える声で、それでもはっきりと語り始めた。
「私、この島に……来たことある」
「……え?」
「小学校のとき。家族旅行って言われて連れてこられたの。でも、誰も覚えてない。“そんな場所なかった”って。父も母も」
「夢だったんじゃ……?」
「違う。私、ここで“あの子”に会ってる。白い着物を着た、顔のない少女。夜に、寺の裏で」
涼子が静かに頷いた。
「その子、最近……私の夢にも出てくる。何かを言おうとしてるみたいに」
沙耶は、指を一本立てた。
「“また戻ってくる”って、言われたの」
「それ、いつの話……?」
「10年前」
ざわり、と空気が揺れた。
慎吾は思い出していた。
(昔、ニュースで見た。“青神島に子供が迷い込み、神隠し未遂”――確か、そんな報道が)
(まさか……沙耶が……あの時の……)
「私……忘れてた。いや、忘れさせられてたのかもしれない。でも、ここに来て、全部思い出した」
「じゃあ、お前……」
「“過去を隠してた者”かもしれない」
沙耶は、肩を震わせながら笑った。
「ねえ、私……次に“連れていかれる”の?」
誰も、答えなかった。
*
その夜。
北條と椎名圭吾が、正源寺の床下を再び調べ始めた。
「この寺の構造、どう考えてもおかしい。柱が一部だけ補強されてる箇所がある。床板の厚みも違う」
「地下に空間があると仮定して、位置を地図で割り出した。すると……中心に、完全な“空洞”がある」
慎吾が呟いた。
「墓?」
「いや……もしかしたら“祭壇”だ」
全員が一斉に視線を向けた。
「25人。5人の生贄。その記録。“存在しなかった者”。神の器……」
圭吾が手帳をめくりながら続ける。
「全部、点じゃなくて“線”で繋がってる。そこが中心なんだ。正源寺の地下」
涼子が立ち上がる。
「開けるしかないわね。真実を知るには、そこへ行くしかない」
慎吾は頷いた。
「明日、午前にやる。全員で」
「全員で? それは危険だろ」
「誰かだけ残っても、また“誰かが消える”可能性がある」
慎吾は、一人ひとりの顔を見てから言った。
「だから、全員で行く。何があっても、これ以上、誰も“消させない”ために」
*
その深夜。
月は雲に隠れ、風も鳴りを潜めた。
正源寺の裏、竹林の中に――小さな影があった。
白い肌。足元は裸足。肩にかかる黒髪。
顔は、やはり見えない。
霧が濃くなるたびに、存在そのものが揺れるようだった。
その影は、ゆっくりと、歩いていた。
誰かの寝袋の横へと。
慎重に、音を立てずに。
そして、しゃがみ込み――その人間の耳元で、何かを囁いた。
しばらくして、影は立ち去る。
まるで、“役目を果たした”かのように。
翌朝――
寺の中で、宇野 沙耶が、いなかった。
荷物も、服も、痕跡すら残さず。
だが、寝袋の中には――
一枚の手紙が残されていた。
慎吾が開くと、こう書かれていた。
「思い出した。私、あの子に“約束”したの。
“また戻る”って。今度は逃げないって。
ごめんなさい。ありがとう。
次は、“罪を見逃した者”」
慎吾は、手を止めた。
(……俺のことだ)
そのとき、彼の耳にだけ、声が響いた気がした。
「裁かれるのは、次。お前の番」
むしろ、心の奥から滲み出る冷気が、肌の表面を突き刺すようだった。
矢崎慎吾は、開かれた紙片を見つめながら、目の奥がじわじわと痛むような感覚に襲われていた。
「次ハ、“過去ヲ隠ス者”」
誰のことだ。
いや、誰かではなく――自分、かもしれない。
(……俺も、隠してる)
何年も前、ある冤罪事件があった。
大学でのいじめ、内部通報、裁判沙汰――慎吾は、その場にいた。
だが、自分には関係ないと、見て見ぬふりをした。
(あのとき俺が何かしていれば、あの子は……)
罪ではない。だが、罪を見逃した後悔は、ずっと慎吾の胸に巣くっていた。
その記憶を抱えたまま、今、紙片の言葉が――まるで慎吾を指しているかのように、重くのしかかっていた。
*
「……正直に言うよ」
静かな声がした。
皆が一斉に振り向く。
声の主は、宇野 沙耶だった。
目の下にクマを浮かべ、震える声で、それでもはっきりと語り始めた。
「私、この島に……来たことある」
「……え?」
「小学校のとき。家族旅行って言われて連れてこられたの。でも、誰も覚えてない。“そんな場所なかった”って。父も母も」
「夢だったんじゃ……?」
「違う。私、ここで“あの子”に会ってる。白い着物を着た、顔のない少女。夜に、寺の裏で」
涼子が静かに頷いた。
「その子、最近……私の夢にも出てくる。何かを言おうとしてるみたいに」
沙耶は、指を一本立てた。
「“また戻ってくる”って、言われたの」
「それ、いつの話……?」
「10年前」
ざわり、と空気が揺れた。
慎吾は思い出していた。
(昔、ニュースで見た。“青神島に子供が迷い込み、神隠し未遂”――確か、そんな報道が)
(まさか……沙耶が……あの時の……)
「私……忘れてた。いや、忘れさせられてたのかもしれない。でも、ここに来て、全部思い出した」
「じゃあ、お前……」
「“過去を隠してた者”かもしれない」
沙耶は、肩を震わせながら笑った。
「ねえ、私……次に“連れていかれる”の?」
誰も、答えなかった。
*
その夜。
北條と椎名圭吾が、正源寺の床下を再び調べ始めた。
「この寺の構造、どう考えてもおかしい。柱が一部だけ補強されてる箇所がある。床板の厚みも違う」
「地下に空間があると仮定して、位置を地図で割り出した。すると……中心に、完全な“空洞”がある」
慎吾が呟いた。
「墓?」
「いや……もしかしたら“祭壇”だ」
全員が一斉に視線を向けた。
「25人。5人の生贄。その記録。“存在しなかった者”。神の器……」
圭吾が手帳をめくりながら続ける。
「全部、点じゃなくて“線”で繋がってる。そこが中心なんだ。正源寺の地下」
涼子が立ち上がる。
「開けるしかないわね。真実を知るには、そこへ行くしかない」
慎吾は頷いた。
「明日、午前にやる。全員で」
「全員で? それは危険だろ」
「誰かだけ残っても、また“誰かが消える”可能性がある」
慎吾は、一人ひとりの顔を見てから言った。
「だから、全員で行く。何があっても、これ以上、誰も“消させない”ために」
*
その深夜。
月は雲に隠れ、風も鳴りを潜めた。
正源寺の裏、竹林の中に――小さな影があった。
白い肌。足元は裸足。肩にかかる黒髪。
顔は、やはり見えない。
霧が濃くなるたびに、存在そのものが揺れるようだった。
その影は、ゆっくりと、歩いていた。
誰かの寝袋の横へと。
慎重に、音を立てずに。
そして、しゃがみ込み――その人間の耳元で、何かを囁いた。
しばらくして、影は立ち去る。
まるで、“役目を果たした”かのように。
翌朝――
寺の中で、宇野 沙耶が、いなかった。
荷物も、服も、痕跡すら残さず。
だが、寝袋の中には――
一枚の手紙が残されていた。
慎吾が開くと、こう書かれていた。
「思い出した。私、あの子に“約束”したの。
“また戻る”って。今度は逃げないって。
ごめんなさい。ありがとう。
次は、“罪を見逃した者”」
慎吾は、手を止めた。
(……俺のことだ)
そのとき、彼の耳にだけ、声が響いた気がした。
「裁かれるのは、次。お前の番」
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