青神島の神の器

naomikoryo

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第8話:再来

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火を焚いても、冷えは消えなかった。
むしろ、心の奥から滲み出る冷気が、肌の表面を突き刺すようだった。

矢崎慎吾は、開かれた紙片を見つめながら、目の奥がじわじわと痛むような感覚に襲われていた。

「次ハ、“過去ヲ隠ス者”」

誰のことだ。

いや、誰かではなく――自分、かもしれない。

(……俺も、隠してる)

何年も前、ある冤罪事件があった。
大学でのいじめ、内部通報、裁判沙汰――慎吾は、その場にいた。

だが、自分には関係ないと、見て見ぬふりをした。

(あのとき俺が何かしていれば、あの子は……)

罪ではない。だが、罪を見逃した後悔は、ずっと慎吾の胸に巣くっていた。

その記憶を抱えたまま、今、紙片の言葉が――まるで慎吾を指しているかのように、重くのしかかっていた。



「……正直に言うよ」

静かな声がした。

皆が一斉に振り向く。
声の主は、宇野 沙耶だった。

目の下にクマを浮かべ、震える声で、それでもはっきりと語り始めた。

「私、この島に……来たことある」

「……え?」

「小学校のとき。家族旅行って言われて連れてこられたの。でも、誰も覚えてない。“そんな場所なかった”って。父も母も」

「夢だったんじゃ……?」

「違う。私、ここで“あの子”に会ってる。白い着物を着た、顔のない少女。夜に、寺の裏で」

涼子が静かに頷いた。

「その子、最近……私の夢にも出てくる。何かを言おうとしてるみたいに」

沙耶は、指を一本立てた。

「“また戻ってくる”って、言われたの」

「それ、いつの話……?」

「10年前」

ざわり、と空気が揺れた。

慎吾は思い出していた。

(昔、ニュースで見た。“青神島に子供が迷い込み、神隠し未遂”――確か、そんな報道が)

(まさか……沙耶が……あの時の……)

「私……忘れてた。いや、忘れさせられてたのかもしれない。でも、ここに来て、全部思い出した」

「じゃあ、お前……」

「“過去を隠してた者”かもしれない」

沙耶は、肩を震わせながら笑った。

「ねえ、私……次に“連れていかれる”の?」

誰も、答えなかった。



その夜。
北條と椎名圭吾が、正源寺の床下を再び調べ始めた。

「この寺の構造、どう考えてもおかしい。柱が一部だけ補強されてる箇所がある。床板の厚みも違う」

「地下に空間があると仮定して、位置を地図で割り出した。すると……中心に、完全な“空洞”がある」

慎吾が呟いた。

「墓?」

「いや……もしかしたら“祭壇”だ」

全員が一斉に視線を向けた。

「25人。5人の生贄。その記録。“存在しなかった者”。神の器……」

圭吾が手帳をめくりながら続ける。

「全部、点じゃなくて“線”で繋がってる。そこが中心なんだ。正源寺の地下」

涼子が立ち上がる。

「開けるしかないわね。真実を知るには、そこへ行くしかない」

慎吾は頷いた。

「明日、午前にやる。全員で」

「全員で? それは危険だろ」

「誰かだけ残っても、また“誰かが消える”可能性がある」

慎吾は、一人ひとりの顔を見てから言った。

「だから、全員で行く。何があっても、これ以上、誰も“消させない”ために」



その深夜。

月は雲に隠れ、風も鳴りを潜めた。

正源寺の裏、竹林の中に――小さな影があった。

白い肌。足元は裸足。肩にかかる黒髪。
顔は、やはり見えない。
霧が濃くなるたびに、存在そのものが揺れるようだった。

その影は、ゆっくりと、歩いていた。

誰かの寝袋の横へと。

慎重に、音を立てずに。

そして、しゃがみ込み――その人間の耳元で、何かを囁いた。

しばらくして、影は立ち去る。

まるで、“役目を果たした”かのように。

翌朝――

寺の中で、宇野 沙耶が、いなかった。

荷物も、服も、痕跡すら残さず。

だが、寝袋の中には――
一枚の手紙が残されていた。

慎吾が開くと、こう書かれていた。

「思い出した。私、あの子に“約束”したの。
“また戻る”って。今度は逃げないって。
ごめんなさい。ありがとう。
次は、“罪を見逃した者”」

慎吾は、手を止めた。

(……俺のことだ)

そのとき、彼の耳にだけ、声が響いた気がした。

「裁かれるのは、次。お前の番」
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