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第9話:裁きの前夜
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正源寺の床下に、風が通っていた。
慎吾は、足元の空気がわずかに動いていることに気づいた。
呼吸とは違う、もっと原始的な、土の奥から漏れ出すような空気の流れ。
それはまるで、何かが息をしているようだった。
「ここを剥がすのか?」
圭吾が床板を指す。
数枚の板が不自然に色褪せており、釘の打ち方も粗い。
「昨日の夜、確認した。微かに風が通ってた。間違いない」
北條が木槌を持ち、板を剥がし始める。
ギィ……ギィ……と、湿った木の音が本堂に響いた。
板の下には――隠し階段があった。
狭く、深く、黒く、そして何よりも誰かに隠されていたように存在していた。
慎吾は懐中電灯を灯す。
(俺たちがここに来た理由。消えていった仲間。
神の器、存在しなかった一人……全部、ここに繋がってる)
その確信があった。
*
全員で階段を降りる。
狭く湿った通路は、裸足では歩けないほど石が剥き出しになっていた。
足元には、動物の骨のようなものが転がっている。
そして、通路の先に広がったのは――石室(せきしつ)。
大きな岩を組み上げた空間の中心に、祭壇のような構造物があった。
その背面の石壁には、なにかが彫られている。
「……名前?」
涼子が声を上げた。
確かにそこには、縦一列に並んだ25の名前が刻まれていた。
すべてが、現在この島にいる“自分たち”の名前。
矢崎慎吾
落合涼子
大島貴子
北條真司
椎名圭吾
皆川春菜
白石杏奈
本庄翔
風間奈緒
吉永まゆ
中村司
滝口翼
宇野沙耶
藤代陽菜
……
(名前が……全部、刻まれてる……!)
だが、25人の名前が終わったその下――
石に刻まれていたのは、ひとつだけ朱で塗られた名。
「26番:海老名雅人」
全員が息を呑んだ。
「存在しなかった一人……」
「やっぱり、最初から“いた”ことにされていた……」
「でも、この名前……彫ったのは誰なんだ? 200年前の人間か? それとも……」
その時、圭吾がもう一つ、横にある碑文を読み上げた。
「神ノ器、此ノ場ニ宿リ、25ノ魂ヲ巡リ、裁キヲ与フ」
「罪ヲ背負イシ者ハ還ルコト叶ハズ」
「器トナリシ者、全テヲ見届けヨ」
「“器となりし者”……それが、海老名雅人?」
慎吾が問う。
「だとしたら……俺たちを見てる。“外から”じゃなく、“中から”」
背筋が冷たくなる。
25人の中に、“器”がいる。
最初から“このため”に混じっていた――最初から“消えることのない存在”として。
「なあ、でもちょっと待て。これ、200年前に書かれた記録だよな? だったら……俺たち、最初から“同じ名前で”ここに来るってわかってたのか?」
「未来を知ってる者がいた。あるいは……この“裁き”が、何度も“繰り返されてる”」
圭吾の言葉に、皆が凍りつく。
繰り返されている。
この島で、この寺で、この人数で。
輪廻の檻――罪を背負った者は、再びこの場所に戻される。
(……俺は、ここに“戻ってきた”のか?)
慎吾の頭の奥がズキンと痛む。
(いや……まさか)
彼の記憶の底に、一枚の風景がよみがえった。
それは、今立っているこの石室。
昔、何かの夢で見たことがあるような――だが、確かに“知っていた”。
そしてもう一つ。
記憶の底から、声が響く。
「あんたはさ、やっぱり俺を“見殺し”にしたよな」
どこか懐かしい声だった。
だがその声が誰のものだったのか、慎吾はずっと思い出せずにいた。
それが、あの冤罪事件の渦中にいた、“告発者”の少年の声だと、今、ようやく理解した。
(俺は、あの時――)
「慎吾……?」
涼子の声で、意識が戻る。
彼女は、慎吾の顔色を見ていた。
「なにか、思い出した?」
慎吾は、ゆっくりと頷いた。
「俺……あの事件、やっぱり“見てた”。止められたのに、黙ってた。あいつが、間違ってるってわかってたのに……」
「……慎吾」
「俺、あいつの人生を壊した。それを……忘れようとしてた。自分には関係ないって思い込んで」
拳を握る。
血が滲みそうなほど、強く。
(これが、“俺の裁き”なのか……)
*
その夜。
再び寺の鐘が鳴った。
誰も触れていない鐘楼から、静かに、深く、重く。
風が吹き込み、慎吾の顔を冷たく撫でる。
すると――
階段の上に、白い影が立っていた。
例の少女。
だが、今回は違っていた。
顔が、はっきりと“誰か”に似ていた。
――冤罪事件の少年。
慎吾は、呆然と立ち尽くす。
少女が口を開く。
「君は、知っていた。知っていて、黙っていた。
だから、君はここに戻された。
君がその罪を認めたとき、裁きは進む。
残る命は、あと二つ」
そして、ふっと姿を消した。
慎吾は、膝から崩れ落ちた。
「……あと、二人……?」
残る“選ばれる者”は、あと二人。
神の裁きは、終盤に入った。
慎吾は、足元の空気がわずかに動いていることに気づいた。
呼吸とは違う、もっと原始的な、土の奥から漏れ出すような空気の流れ。
それはまるで、何かが息をしているようだった。
「ここを剥がすのか?」
圭吾が床板を指す。
数枚の板が不自然に色褪せており、釘の打ち方も粗い。
「昨日の夜、確認した。微かに風が通ってた。間違いない」
北條が木槌を持ち、板を剥がし始める。
ギィ……ギィ……と、湿った木の音が本堂に響いた。
板の下には――隠し階段があった。
狭く、深く、黒く、そして何よりも誰かに隠されていたように存在していた。
慎吾は懐中電灯を灯す。
(俺たちがここに来た理由。消えていった仲間。
神の器、存在しなかった一人……全部、ここに繋がってる)
その確信があった。
*
全員で階段を降りる。
狭く湿った通路は、裸足では歩けないほど石が剥き出しになっていた。
足元には、動物の骨のようなものが転がっている。
そして、通路の先に広がったのは――石室(せきしつ)。
大きな岩を組み上げた空間の中心に、祭壇のような構造物があった。
その背面の石壁には、なにかが彫られている。
「……名前?」
涼子が声を上げた。
確かにそこには、縦一列に並んだ25の名前が刻まれていた。
すべてが、現在この島にいる“自分たち”の名前。
矢崎慎吾
落合涼子
大島貴子
北條真司
椎名圭吾
皆川春菜
白石杏奈
本庄翔
風間奈緒
吉永まゆ
中村司
滝口翼
宇野沙耶
藤代陽菜
……
(名前が……全部、刻まれてる……!)
だが、25人の名前が終わったその下――
石に刻まれていたのは、ひとつだけ朱で塗られた名。
「26番:海老名雅人」
全員が息を呑んだ。
「存在しなかった一人……」
「やっぱり、最初から“いた”ことにされていた……」
「でも、この名前……彫ったのは誰なんだ? 200年前の人間か? それとも……」
その時、圭吾がもう一つ、横にある碑文を読み上げた。
「神ノ器、此ノ場ニ宿リ、25ノ魂ヲ巡リ、裁キヲ与フ」
「罪ヲ背負イシ者ハ還ルコト叶ハズ」
「器トナリシ者、全テヲ見届けヨ」
「“器となりし者”……それが、海老名雅人?」
慎吾が問う。
「だとしたら……俺たちを見てる。“外から”じゃなく、“中から”」
背筋が冷たくなる。
25人の中に、“器”がいる。
最初から“このため”に混じっていた――最初から“消えることのない存在”として。
「なあ、でもちょっと待て。これ、200年前に書かれた記録だよな? だったら……俺たち、最初から“同じ名前で”ここに来るってわかってたのか?」
「未来を知ってる者がいた。あるいは……この“裁き”が、何度も“繰り返されてる”」
圭吾の言葉に、皆が凍りつく。
繰り返されている。
この島で、この寺で、この人数で。
輪廻の檻――罪を背負った者は、再びこの場所に戻される。
(……俺は、ここに“戻ってきた”のか?)
慎吾の頭の奥がズキンと痛む。
(いや……まさか)
彼の記憶の底に、一枚の風景がよみがえった。
それは、今立っているこの石室。
昔、何かの夢で見たことがあるような――だが、確かに“知っていた”。
そしてもう一つ。
記憶の底から、声が響く。
「あんたはさ、やっぱり俺を“見殺し”にしたよな」
どこか懐かしい声だった。
だがその声が誰のものだったのか、慎吾はずっと思い出せずにいた。
それが、あの冤罪事件の渦中にいた、“告発者”の少年の声だと、今、ようやく理解した。
(俺は、あの時――)
「慎吾……?」
涼子の声で、意識が戻る。
彼女は、慎吾の顔色を見ていた。
「なにか、思い出した?」
慎吾は、ゆっくりと頷いた。
「俺……あの事件、やっぱり“見てた”。止められたのに、黙ってた。あいつが、間違ってるってわかってたのに……」
「……慎吾」
「俺、あいつの人生を壊した。それを……忘れようとしてた。自分には関係ないって思い込んで」
拳を握る。
血が滲みそうなほど、強く。
(これが、“俺の裁き”なのか……)
*
その夜。
再び寺の鐘が鳴った。
誰も触れていない鐘楼から、静かに、深く、重く。
風が吹き込み、慎吾の顔を冷たく撫でる。
すると――
階段の上に、白い影が立っていた。
例の少女。
だが、今回は違っていた。
顔が、はっきりと“誰か”に似ていた。
――冤罪事件の少年。
慎吾は、呆然と立ち尽くす。
少女が口を開く。
「君は、知っていた。知っていて、黙っていた。
だから、君はここに戻された。
君がその罪を認めたとき、裁きは進む。
残る命は、あと二つ」
そして、ふっと姿を消した。
慎吾は、膝から崩れ落ちた。
「……あと、二人……?」
残る“選ばれる者”は、あと二人。
神の裁きは、終盤に入った。
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