青神島の神の器

naomikoryo

文字の大きさ
10 / 14

第10話:消された声

しおりを挟む
風が止んでいた。
まるでこの島の空気全体が、何かを見逃すまいと耳をすませているかのように。

矢崎慎吾は、朝の湿気の中で身を起こした。
全身が重い。
夢も、記憶も、感覚も、何かに引きずられたようにぼんやりとしたままだった。

周囲には、静かすぎる本堂。
だが――気配がひとつ、欠けていた。

「……風間?」

小さく呼びかけるが、返事はなかった。
寝袋は丸められておらず、誰かが寝ていた痕跡がある。
だがその人物――風間奈緒の姿は、どこにもなかった。

「おい……またかよ……!」

慎吾の叫びに、皆が目を覚ます。
貴子がすぐさま人数を数える。

「……20人。いない。風間さん、いない!」

再び走り出す、境内の捜索。
鐘楼、裏庭、竹林、納屋、そして井戸――

「……鐘が……鳴ってない?」

と、杏奈がつぶやく。

「そうだ……誰も触れてない。昨夜は……“鐘の音”がなかった……」

慎吾はふと、胸のざわめきに気づく。

(何かが、おかしい)

これまでの3人の消失――滝口、陽菜、沙耶。
彼らが消えた直後、必ず共通していたものがあった。

それは、紙片の警告と、鐘の音。

それが今回は……ない。

警告も、兆しも、神の“選び”すらなかったように――ただ、いなくなっていた。

まるで最初から、そんな人間は存在していなかったかのように。

「……記録、見てみて」

貴子のノートが手渡される。

そこには、名簿のように記されたサークルメンバーのリスト。
それを見て、慎吾は言葉を失う。

――風間奈緒の名前が、消えていた。

「……まさか……」

「そんなバカなこと……!」

涼子が震える声で呟く。

「このノート……昨日まで、絶対に奈緒の名前、あった。私、目を通したもん」

「だけど……今は?」

「消えてる。まるで、最初から“存在していなかった”みたいに……」

圭吾がゆっくりと口を開いた。

「……これは、“ループの綻び”だ」

「……ループ?」

「ああ。もしこの島が、“神の裁き”として定期的に繰り返されてるとするなら、その繰り返しの“記憶”や“存在”すら、書き換えられる可能性がある」

「でも、それはただの憶測じゃ……」

「違う」

圭吾が指差したのは、彼がまとめていたメモ帳の1ページ。

「昨夜、俺は“この中に誰がいて、誰がどこに寝ているか”を、記録してた。これを見て」

慎吾は手渡されたメモを読み――言葉を失った。

『風間奈緒、右奥寝袋。夜中、トイレに起きた模様。戻り確認済』

「これ……」

「証拠だ。“いた”。確かに“いた”。だが、今はもう誰の記憶からも消えかけてる。まるで、“存在ごと削除された”みたいに」

圭吾は続けた。

「もしかしたら……神の器、海老名雅人は、裁くだけじゃない。“消す”こともできるんじゃないか?」

「“物理的に殺す”だけじゃない……?」

「“存在の記憶そのもの”を、世界から除去する――」

空気が張り詰めた。

圭吾がふと、懐中時計を見て言った。

「あと一つ、気づいたことがある」

「何だ?」

「俺たちが島に来たのは、九月二十八日だったな」

「そうだ」

「今日の日付は……九月三十日」

「だから?」

「滝口が死んだのが、二十九日の未明。
陽菜が消えたのが二十九日夜。
沙耶がいなくなったのが三十日未明。
そして、風間が“記録から消えた”のが……今日、三十日」

圭吾は顔を上げた。

「ペースが、加速している。まるで“最後の日”が迫ってるように」

「……最後?」

圭吾ははっきりと言った。

「“裁きが終わる日”だ。
それが……明日、十月一日なんじゃないか?」



その夜。

涼子と慎吾は、境内で月を見上げていた。

薄雲の合間に見える月は、うっすらと赤く染まっていた。
神話で言えば、血月。
あるいは、“神が生贄を求める夜”。

涼子が口を開いた。

「……もし、明日が最後の日だとして……全員が生き残る道って、あると思う?」

慎吾は答えられなかった。

「神の器が、私たちの中にいるとするなら……その人を見つけて、止めることはできるのかな」

「でも、それが本当に“人”なのかどうかも、まだ分からない」

「もし、その器が“自分が器だと気づいてない”としたら?」

慎吾は顔を上げた。

「……え?」

「誰かが、知らないまま、神の器になってる。自分が誰かも、何者かも、分からないまま――」

「それって……」

その時、慎吾の耳元で声がした。

「次は、“名を持たぬ者”」

はっきりと、誰かの囁きが。
空耳ではない。冷たい吐息が、耳を撫でていた。

振り返ったが、そこには誰もいなかった。

ただ、足元に――一枚の紙が落ちていた。

慎吾は手を震わせながら拾う。

「明日、“裁き”は完結ス」
「選ばれる者、残リ一人」
「全テヲ知ル者、未ダ口ヲ開カズ」

(……“全てを知る者”?)

慎吾の中に、一人の顔が浮かんだ。

口数が少なく、常に冷静で、どこか傍観者のようだった――

椎名 圭吾。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...