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第一部:「森の王の誕生」
第5話「誓いの縄張り」
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陽が西へ傾きはじめ、森が金色に染まり始めたころ。
バルトは、ひとつの丘の上に立っていた。
足元には、木々の合間から見下ろせる静かな谷。
そこには小川が流れ、草の香りが風に乗って広がっていた。
フィンがその隣に立ち、森の奥を見渡す。
「……ここを“縄張り”にするのか?」
バルトは、無言で頷いた。
その眼差しは真剣で、静かだった。
(ここは、誰も争っていない。獣も、魔物も、人間の手も届いていない。)
数日前から森を歩き、気配を読み、地形を確かめた。
斜面に囲まれ、見晴らしがよく、水もある。
外敵が来ても気配がわかる。
逃げ道も、隠れ場所もある。
なにより──ここには、まだ「痛み」の匂いがない。
「だが、なぜ今ここに“拠点”を作る?
敵も味方も、お前の存在を探して動き始めたところだぞ?」
バルトは、草の上に座り込んだ。
大きな前脚で土を押さえ、木の枝を集める。
地面に並べて、楕円形の囲いをつくる。
そして、その中に、小さな点をひとつ刻む。
(ここは、中心だ。始まりの場所にする。)
「……守りたいってことか。」
フィンは鼻を鳴らしたが、どこか安心したようにも見えた。
「それが、お前のやり方か。攻めるでも逃げるでもなく、“構える”。
……まるで、自然そのものだな。」
バルトは、かすかに目を細めた。
(自然は、暴れるだけじゃない。護る力だってある。)
彼は、再び立ち上がり、周囲を見回した。
この土地に、何を建てるわけではない。
だが、ここに「秩序」が生まれる。
それはきっと、噂となって広がる。
その証拠に──
「……おい、見ろ。」
フィンが、尾を振って指し示した先に、影が動いた。
小さな二対の目が、木陰からこちらを見ていた。
それは、一匹のアライグマだった。
だが、その背中には、まだ目も開かない赤ん坊が乗っていた。
怯えながら、しかし逃げることなく、バルトたちを見つめている。
(……来た。)
バルトは、そっと地面に伏せた。
威圧せず、拒絶せず、ただ静かに存在を示す。
アライグマは、慎重に一歩ずつ足を踏み出し──
谷の縁にたどり着いた。
続いて、別の気配。
草陰から小さなテンが顔を出し、距離を取りながら丘を登ってくる。
そして──空を舞う影。
一羽のフクロウが、枝にとまり、低く「ホゥ」と鳴いた。
(……みんな、見ている。)
傷を負った者。居場所を失った者。群れを追われた者。
彼らが、言葉ではなく“噂”に導かれて集まりはじめた。
「これが、王の“始まり”か?」
フィンの声に、バルトは振り返らない。
だが、前を見据えたまま、ゆっくりと首を上げた。
咆哮はしない。
ただ、存在そのものを持って、ここが“守る場所”であることを示す。
「……分かった。ならば俺は、その“境界”を守ろう。」
フィンが谷の反対側へ歩き、斜面に印を残す。
古の獣たちが使ったという、縄張りの誓印だった。
──その夜。
谷には静かな焚き火のような空気が満ちていた。
動物たちは警戒しながらも、少しずつ距離を詰め、谷に体を横たえる。
バルトは、谷の真ん中に寝そべり、静かに目を閉じた。
かつて、檻の中で聴いた子どもたちの笑い声。
拍手の音。
少女の泣き顔。
(もう……誰も泣かせたくない。)
明日、何が起きるかは分からない。
魔物が襲ってくるかもしれない。
人間の軍が踏み込んでくるかもしれない。
だが──
(それでも、ここはぼくの“ステージ”だ。)
森の風が、バルトの体を包んでいた。
そして、誰も気づかない空の高みで。
微かに光る何かが、バルトの上に降り注いでいた。
──それは、創造神アウラの残した微かな“導き”だった。
バルトは、ひとつの丘の上に立っていた。
足元には、木々の合間から見下ろせる静かな谷。
そこには小川が流れ、草の香りが風に乗って広がっていた。
フィンがその隣に立ち、森の奥を見渡す。
「……ここを“縄張り”にするのか?」
バルトは、無言で頷いた。
その眼差しは真剣で、静かだった。
(ここは、誰も争っていない。獣も、魔物も、人間の手も届いていない。)
数日前から森を歩き、気配を読み、地形を確かめた。
斜面に囲まれ、見晴らしがよく、水もある。
外敵が来ても気配がわかる。
逃げ道も、隠れ場所もある。
なにより──ここには、まだ「痛み」の匂いがない。
「だが、なぜ今ここに“拠点”を作る?
敵も味方も、お前の存在を探して動き始めたところだぞ?」
バルトは、草の上に座り込んだ。
大きな前脚で土を押さえ、木の枝を集める。
地面に並べて、楕円形の囲いをつくる。
そして、その中に、小さな点をひとつ刻む。
(ここは、中心だ。始まりの場所にする。)
「……守りたいってことか。」
フィンは鼻を鳴らしたが、どこか安心したようにも見えた。
「それが、お前のやり方か。攻めるでも逃げるでもなく、“構える”。
……まるで、自然そのものだな。」
バルトは、かすかに目を細めた。
(自然は、暴れるだけじゃない。護る力だってある。)
彼は、再び立ち上がり、周囲を見回した。
この土地に、何を建てるわけではない。
だが、ここに「秩序」が生まれる。
それはきっと、噂となって広がる。
その証拠に──
「……おい、見ろ。」
フィンが、尾を振って指し示した先に、影が動いた。
小さな二対の目が、木陰からこちらを見ていた。
それは、一匹のアライグマだった。
だが、その背中には、まだ目も開かない赤ん坊が乗っていた。
怯えながら、しかし逃げることなく、バルトたちを見つめている。
(……来た。)
バルトは、そっと地面に伏せた。
威圧せず、拒絶せず、ただ静かに存在を示す。
アライグマは、慎重に一歩ずつ足を踏み出し──
谷の縁にたどり着いた。
続いて、別の気配。
草陰から小さなテンが顔を出し、距離を取りながら丘を登ってくる。
そして──空を舞う影。
一羽のフクロウが、枝にとまり、低く「ホゥ」と鳴いた。
(……みんな、見ている。)
傷を負った者。居場所を失った者。群れを追われた者。
彼らが、言葉ではなく“噂”に導かれて集まりはじめた。
「これが、王の“始まり”か?」
フィンの声に、バルトは振り返らない。
だが、前を見据えたまま、ゆっくりと首を上げた。
咆哮はしない。
ただ、存在そのものを持って、ここが“守る場所”であることを示す。
「……分かった。ならば俺は、その“境界”を守ろう。」
フィンが谷の反対側へ歩き、斜面に印を残す。
古の獣たちが使ったという、縄張りの誓印だった。
──その夜。
谷には静かな焚き火のような空気が満ちていた。
動物たちは警戒しながらも、少しずつ距離を詰め、谷に体を横たえる。
バルトは、谷の真ん中に寝そべり、静かに目を閉じた。
かつて、檻の中で聴いた子どもたちの笑い声。
拍手の音。
少女の泣き顔。
(もう……誰も泣かせたくない。)
明日、何が起きるかは分からない。
魔物が襲ってくるかもしれない。
人間の軍が踏み込んでくるかもしれない。
だが──
(それでも、ここはぼくの“ステージ”だ。)
森の風が、バルトの体を包んでいた。
そして、誰も気づかない空の高みで。
微かに光る何かが、バルトの上に降り注いでいた。
──それは、創造神アウラの残した微かな“導き”だった。
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