7 / 27
第一部:「森の王の誕生」
第4話「森を揺るがす噂」
しおりを挟む
森は静かだった。
けれど、その静けさの奥で、確かに何かが蠢きはじめていた。
一頭の巨大なクマの存在が、それまで眠っていた水面を、そっと波立たせていた。
リリ・ノポルは、森辺の村の薬草小屋で湯を沸かしていた。
彼女の手元には、傷薬を入れた小瓶。
その横には、小さな草の葉が置かれていた。
それは昨日──あのクマが、自分に差し出してくれたものだった。
(あの子は……人間じゃない。けど、獣でもない。)
言葉は交わせなかった。
けれど、その瞳は確かに“思考”していた。
そして、自分を守ってくれた。
リリはそれを、村の人々に伝えた。
けれど──
「そんなの、ただの偶然だろう」
「魔物がクマの皮を被っていたのかもしれん」
「獣は獣だ。人間の味を覚えれば、次に来たときには襲ってくるぞ」
誰も本気では信じてくれなかった。
だが、それでもリリは諦めなかった。
「私は……目を見たの。あのクマの……優しい目を。」
その一言だけが、一部の村人の心を揺らした。
やがて、それは“奇妙な噂”となって、村の外へも広がっていく。
『森に言葉を解す魔獣が現れた』
『巨大なクマが、子供を助けた』
『知性ある獣が、魔物を倒した』
そしてそれは、人間の耳だけではなく──魔物の陣営にも届いた。
*
森の北端、瘴気の流れる洞窟。
魔将ザルガスは、部下の報告を受けながら、静かに牙を剥いていた。
「クマだと……? 知性がある?」
「は、はい……。人間の子供を庇い、我らが手駒の魔物を数体、瞬時に……。」
「話せるのか?」
「いえ……言葉は発していないようです。しかし、人間の言葉を理解し、指示のような行動も……」
「……奇怪だな。」
ザルガスは重々しい剣を手にし、地を突いた。
報告者の影が震えた。
「この森の秩序を壊すのは、我らだ。それを先に始めた者がいるのなら──」
黒い魔力が洞窟内を満たした。
「──粛清せよ。」
*
一方その頃、バルトとフィンは、谷間の静かな水辺で休息を取っていた。
フィンが水面を舐めながら、ちらりとバルトを見る。
「……お前、やっぱり変わってる。」
バルトは首を傾げた。
「普通、俺たちの世界で、“言葉を聞いて理解できる”獣なんていない。
人の言葉を知ってるだけじゃない。
お前……動き、間合い、判断、全部が……“狩り慣れていない”のに、異常に的確だ。」
(狩りをしたことがない。けれど、舞台の動きは覚えてる。)
フィンはなおも続ける。
「お前はどこで育った? どんな親から生まれた? 何を見て生きてきた?」
(答えられない──けれど、言いたくないわけじゃない。)
バルトは前脚で地面を掘り、小さな檻の形を描いた。
その中に小さな丸と、人の棒人形を描き添えた。
フィンはそれを見て、眉をひそめた。
「……閉じられた場所で、人と一緒にいた、ってことか?」
バルトは、頷いた。
フィンはしばらく黙った後、鼻を鳴らした。
「それなら、納得はいく。だが……なぜ今、この森に現れた?
この時期に、“秩序”なんて言葉を口にする獣が、どこから現れる?」
(ぼくは、この森の出身じゃない──でも、今は、ここが“舞台”だ。)
言葉は発せられない。
けれど、バルトの瞳は静かに揺れていた。
フィンはしばらく考え込み、やがて呟いた。
「……何かの“試練”なのかもしれないな。
お前が、何者かは分からないが──この森は、お前のことを“異物”として受け入れていない。
人間も、魔物も、そして……一部の動物たちすら。」
バルトは頷いた。
自分が“何者であるか”を、他者が決めるのではない。
大切なのは、自分が“どう在るか”だ。
「……いいか、バルト。人間たちの間で、お前の噂が出始めてる。
俺の耳にも届いた。“人を救ったクマ”。“話せぬ王”。
そのうち、本格的に動いてくるぞ──人間も、魔物も。」
フィンの言葉には、警戒と期待が混ざっていた。
「だが、それでも俺は、お前に付き合う。
……この森を変える存在になるならな。」
バルトは、ゆっくりと立ち上がった。
森の風が吹く。
次の一手が、確実に動き出そうとしていた。
けれど、その静けさの奥で、確かに何かが蠢きはじめていた。
一頭の巨大なクマの存在が、それまで眠っていた水面を、そっと波立たせていた。
リリ・ノポルは、森辺の村の薬草小屋で湯を沸かしていた。
彼女の手元には、傷薬を入れた小瓶。
その横には、小さな草の葉が置かれていた。
それは昨日──あのクマが、自分に差し出してくれたものだった。
(あの子は……人間じゃない。けど、獣でもない。)
言葉は交わせなかった。
けれど、その瞳は確かに“思考”していた。
そして、自分を守ってくれた。
リリはそれを、村の人々に伝えた。
けれど──
「そんなの、ただの偶然だろう」
「魔物がクマの皮を被っていたのかもしれん」
「獣は獣だ。人間の味を覚えれば、次に来たときには襲ってくるぞ」
誰も本気では信じてくれなかった。
だが、それでもリリは諦めなかった。
「私は……目を見たの。あのクマの……優しい目を。」
その一言だけが、一部の村人の心を揺らした。
やがて、それは“奇妙な噂”となって、村の外へも広がっていく。
『森に言葉を解す魔獣が現れた』
『巨大なクマが、子供を助けた』
『知性ある獣が、魔物を倒した』
そしてそれは、人間の耳だけではなく──魔物の陣営にも届いた。
*
森の北端、瘴気の流れる洞窟。
魔将ザルガスは、部下の報告を受けながら、静かに牙を剥いていた。
「クマだと……? 知性がある?」
「は、はい……。人間の子供を庇い、我らが手駒の魔物を数体、瞬時に……。」
「話せるのか?」
「いえ……言葉は発していないようです。しかし、人間の言葉を理解し、指示のような行動も……」
「……奇怪だな。」
ザルガスは重々しい剣を手にし、地を突いた。
報告者の影が震えた。
「この森の秩序を壊すのは、我らだ。それを先に始めた者がいるのなら──」
黒い魔力が洞窟内を満たした。
「──粛清せよ。」
*
一方その頃、バルトとフィンは、谷間の静かな水辺で休息を取っていた。
フィンが水面を舐めながら、ちらりとバルトを見る。
「……お前、やっぱり変わってる。」
バルトは首を傾げた。
「普通、俺たちの世界で、“言葉を聞いて理解できる”獣なんていない。
人の言葉を知ってるだけじゃない。
お前……動き、間合い、判断、全部が……“狩り慣れていない”のに、異常に的確だ。」
(狩りをしたことがない。けれど、舞台の動きは覚えてる。)
フィンはなおも続ける。
「お前はどこで育った? どんな親から生まれた? 何を見て生きてきた?」
(答えられない──けれど、言いたくないわけじゃない。)
バルトは前脚で地面を掘り、小さな檻の形を描いた。
その中に小さな丸と、人の棒人形を描き添えた。
フィンはそれを見て、眉をひそめた。
「……閉じられた場所で、人と一緒にいた、ってことか?」
バルトは、頷いた。
フィンはしばらく黙った後、鼻を鳴らした。
「それなら、納得はいく。だが……なぜ今、この森に現れた?
この時期に、“秩序”なんて言葉を口にする獣が、どこから現れる?」
(ぼくは、この森の出身じゃない──でも、今は、ここが“舞台”だ。)
言葉は発せられない。
けれど、バルトの瞳は静かに揺れていた。
フィンはしばらく考え込み、やがて呟いた。
「……何かの“試練”なのかもしれないな。
お前が、何者かは分からないが──この森は、お前のことを“異物”として受け入れていない。
人間も、魔物も、そして……一部の動物たちすら。」
バルトは頷いた。
自分が“何者であるか”を、他者が決めるのではない。
大切なのは、自分が“どう在るか”だ。
「……いいか、バルト。人間たちの間で、お前の噂が出始めてる。
俺の耳にも届いた。“人を救ったクマ”。“話せぬ王”。
そのうち、本格的に動いてくるぞ──人間も、魔物も。」
フィンの言葉には、警戒と期待が混ざっていた。
「だが、それでも俺は、お前に付き合う。
……この森を変える存在になるならな。」
バルトは、ゆっくりと立ち上がった。
森の風が吹く。
次の一手が、確実に動き出そうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる