ベア・キングダム

naomikoryo

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第一部:「森の王の誕生」

第4話「森を揺るがす噂」

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森は静かだった。
けれど、その静けさの奥で、確かに何かが蠢きはじめていた。
一頭の巨大なクマの存在が、それまで眠っていた水面を、そっと波立たせていた。

リリ・ノポルは、森辺の村の薬草小屋で湯を沸かしていた。
彼女の手元には、傷薬を入れた小瓶。
その横には、小さな草の葉が置かれていた。
それは昨日──あのクマが、自分に差し出してくれたものだった。

(あの子は……人間じゃない。けど、獣でもない。)

言葉は交わせなかった。
けれど、その瞳は確かに“思考”していた。
そして、自分を守ってくれた。

リリはそれを、村の人々に伝えた。
けれど──

「そんなの、ただの偶然だろう」
「魔物がクマの皮を被っていたのかもしれん」
「獣は獣だ。人間の味を覚えれば、次に来たときには襲ってくるぞ」

誰も本気では信じてくれなかった。
だが、それでもリリは諦めなかった。

「私は……目を見たの。あのクマの……優しい目を。」

その一言だけが、一部の村人の心を揺らした。
やがて、それは“奇妙な噂”となって、村の外へも広がっていく。

『森に言葉を解す魔獣が現れた』
『巨大なクマが、子供を助けた』
『知性ある獣が、魔物を倒した』

そしてそれは、人間の耳だけではなく──魔物の陣営にも届いた。



森の北端、瘴気の流れる洞窟。
魔将ザルガスは、部下の報告を受けながら、静かに牙を剥いていた。

「クマだと……? 知性がある?」

「は、はい……。人間の子供を庇い、我らが手駒の魔物を数体、瞬時に……。」

「話せるのか?」

「いえ……言葉は発していないようです。しかし、人間の言葉を理解し、指示のような行動も……」

「……奇怪だな。」

ザルガスは重々しい剣を手にし、地を突いた。
報告者の影が震えた。

「この森の秩序を壊すのは、我らだ。それを先に始めた者がいるのなら──」

黒い魔力が洞窟内を満たした。

「──粛清せよ。」



一方その頃、バルトとフィンは、谷間の静かな水辺で休息を取っていた。
フィンが水面を舐めながら、ちらりとバルトを見る。

「……お前、やっぱり変わってる。」

バルトは首を傾げた。

「普通、俺たちの世界で、“言葉を聞いて理解できる”獣なんていない。
人の言葉を知ってるだけじゃない。
お前……動き、間合い、判断、全部が……“狩り慣れていない”のに、異常に的確だ。」

(狩りをしたことがない。けれど、舞台の動きは覚えてる。)

フィンはなおも続ける。

「お前はどこで育った? どんな親から生まれた? 何を見て生きてきた?」

(答えられない──けれど、言いたくないわけじゃない。)

バルトは前脚で地面を掘り、小さな檻の形を描いた。
その中に小さな丸と、人の棒人形を描き添えた。

フィンはそれを見て、眉をひそめた。

「……閉じられた場所で、人と一緒にいた、ってことか?」

バルトは、頷いた。

フィンはしばらく黙った後、鼻を鳴らした。

「それなら、納得はいく。だが……なぜ今、この森に現れた?
この時期に、“秩序”なんて言葉を口にする獣が、どこから現れる?」

(ぼくは、この森の出身じゃない──でも、今は、ここが“舞台”だ。)

言葉は発せられない。
けれど、バルトの瞳は静かに揺れていた。

フィンはしばらく考え込み、やがて呟いた。

「……何かの“試練”なのかもしれないな。
お前が、何者かは分からないが──この森は、お前のことを“異物”として受け入れていない。
人間も、魔物も、そして……一部の動物たちすら。」

バルトは頷いた。
自分が“何者であるか”を、他者が決めるのではない。
大切なのは、自分が“どう在るか”だ。

「……いいか、バルト。人間たちの間で、お前の噂が出始めてる。
俺の耳にも届いた。“人を救ったクマ”。“話せぬ王”。
そのうち、本格的に動いてくるぞ──人間も、魔物も。」

フィンの言葉には、警戒と期待が混ざっていた。

「だが、それでも俺は、お前に付き合う。
……この森を変える存在になるならな。」

バルトは、ゆっくりと立ち上がった。
森の風が吹く。

次の一手が、確実に動き出そうとしていた。
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