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序章:「鏡の向こうの自分」
第四話:「境界を越える時」
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――落ちていく。
まるで夢の中のように、剛の身体は光の渦に包まれ、どこまでも深く、深く沈んでいった。
上下も左右もない。空気は感じられず、音もなく、ただ風のような何かが皮膚を撫でていく。
感覚はあるのに現実味がなく、自分の存在そのものが、分解されていくような不思議な感覚だった。
怖い、と思った。けれど同時に、どこか懐かしさにも似た感情が湧き上がる。
生まれ変わる瞬間って、こんなふうなのかもしれない――と、ふと思った。
そして、その感情が頂点に達した時。
――視界が、弾けた。
剛は、ごつごつした地面に背中から叩きつけられた。
背中に直撃した痛みに呻き声を漏らしながら、ゆっくりと目を開ける。
視界に入ったのは、木製の天井と、揺れるランプの炎だった。
「う、うわ……」
重たい空気。鼻をつく獣のような臭い。
どこか湿った石の匂いもする。そして、耳に届いたのは――鳥ではない何かの遠吠え。
剛は、ようやく気づいた。ここは、自分の世界じゃない。
これは夢でも幻でもなく、本当に――異世界だった。
一方、同じ時刻。
タケルは、剛の部屋の鏡の前で目を覚ました。
細く狭い部屋。壁紙の柄。机に並べられた漫画とゲーム。
異様なほど整然とした空間に、思わず息を呑む。
カーテン越しに差し込む朝の光。都市の喧騒のような音。
まるで空気そのものが違って感じられる。
「……本当に、来たのか」
鏡の前で、タケルは自分の顔を改めて見つめる。
剛とほぼ同じ。だが、剛よりもわずかに精悍な輪郭、肩幅、目つきの鋭さが残っている。
彼は静かに息を吐くと、机にあったスマホを手に取ってみる。
「これが……魔道具、か?」
電源ボタンを押すと、画面が点いた。その瞬間、彼は思わず声を上げた。
「っ!? 動いた……っ、光の板……!」
動揺を隠せず、思わず壁際に下がるタケル。
だが、すぐに落ち着きを取り戻し、画面をじっと見つめる。
「これが……剛の世界か。人は、こんな魔法のようなもので日常を送っているのか……」
手のひらサイズの箱に情報が詰め込まれ、世界と繋がっている。
タケルは、その技術に驚きながらも、不思議と居心地のよさを感じていた。
異世界。石造りの屋敷の一室。
剛は、ようやく身体を起こしていた。だが、すぐに背中に冷たい視線を感じて振り返る。
そこにいたのは、一人の少女だった。
銀髪のロングヘア。深い青のローブ。細身で、氷のような眼差しを持った美しい少女。
「……あなた、タケルじゃないわね」
その一言に、剛の心臓が跳ねた。
「あ、いや、えっと……」
「声も違う。目も、仕草も。あなた、誰?」
少女は、冷ややかに、けれどどこか戸惑いの混じった表情で剛を見据えていた。
「ぼ、僕は……西条剛。タケルさんと……その……入れ替わって……」
言葉にすればするほど、自分でも信じられないような気持ちになった。
けれど、少女――リアと名乗った彼女は、その説明に眉を寄せた後、ゆっくりとため息を吐いた。
「……本当に、あの人……。何を考えてるのかしら」
「えっ、えっと……信じてくれるの?」
「信じたくないけど、納得はできる。あなたの気配は、確かに“タケル”とよく似ている。魂の波長が同調している感じがするわ」
「……はい」
「それに、あの人なら……本当に、そういう無茶をする人よ」
一方、タケルは剛の制服に着替えていた。
シャツのボタンをとめ、ネクタイを結び、鏡の前に立つ。
「よし……たしか、こうだったな」
ちょうどそのとき、玄関のドアがバタンと開いた。
「おーい剛ー、今日のプリント、あんたに回収してもらったでしょ……って、はあ?」
酒井京だった。
彼女は目を見開き、制服姿のタケルを見つめた。
そして、数秒の沈黙ののち、眉をひそめ、すぐに口を開く。
「……お前、誰?」
タケルは面食らった。剛の顔であるはずなのに、即座にバレたのだ。
「いや、俺は……西条剛、の……」
「その話し方、目つき、立ち方、全部違う。……ふざけてんの?」
京の直感は鋭かった。ずっと剛を見てきた彼女にとって、たとえ顔が同じでも、違和感は隠せない。
タケルは、諦めて本当のことを話した。
「俺は、タケル。剛と入れ替わった。……信じられないだろうが、事実だ」
「……剛が? 入れ替わった? そんなの――」
否定しかけた言葉が、口の中で止まる。
京は何かを思い出したように、ゆっくりと目を細めた。
「……最近の剛、なんか変だった。ぼーっとしてて、鏡見て怯えたりして……」
彼女は一歩、タケルに近づく。
「……本当に、剛は無事なんだよね?」
「ああ、彼は異世界にいる。今も生きている。……そして、少なくとも、俺よりずっと“普通の人生”を送りたがっていた」
異世界、リアの手によって剛は新しい服を渡されていた。
軽装の戦闘用ローブ。どう見ても「一般人」の服じゃない。
「ちょ、ちょっと待って、これ、僕着るの?」
「当たり前よ。ここはそういう世界なんだから」
リアはきっぱりと言う。
「……あなたがここに来たからには、タケルの“代わり”として、少しでも動いてもらう必要があるわ」
二人の青年は、互いの世界に立ち、互いの空を見上げていた。
剛は、石造りの城壁から広がる澄んだ空に。
タケルは、駅へ向かう通学路の、灰色に澄んだ空に。
そして、どちらも、かすかに――微かに、何かが“始まった”ことを感じていた。
まるで夢の中のように、剛の身体は光の渦に包まれ、どこまでも深く、深く沈んでいった。
上下も左右もない。空気は感じられず、音もなく、ただ風のような何かが皮膚を撫でていく。
感覚はあるのに現実味がなく、自分の存在そのものが、分解されていくような不思議な感覚だった。
怖い、と思った。けれど同時に、どこか懐かしさにも似た感情が湧き上がる。
生まれ変わる瞬間って、こんなふうなのかもしれない――と、ふと思った。
そして、その感情が頂点に達した時。
――視界が、弾けた。
剛は、ごつごつした地面に背中から叩きつけられた。
背中に直撃した痛みに呻き声を漏らしながら、ゆっくりと目を開ける。
視界に入ったのは、木製の天井と、揺れるランプの炎だった。
「う、うわ……」
重たい空気。鼻をつく獣のような臭い。
どこか湿った石の匂いもする。そして、耳に届いたのは――鳥ではない何かの遠吠え。
剛は、ようやく気づいた。ここは、自分の世界じゃない。
これは夢でも幻でもなく、本当に――異世界だった。
一方、同じ時刻。
タケルは、剛の部屋の鏡の前で目を覚ました。
細く狭い部屋。壁紙の柄。机に並べられた漫画とゲーム。
異様なほど整然とした空間に、思わず息を呑む。
カーテン越しに差し込む朝の光。都市の喧騒のような音。
まるで空気そのものが違って感じられる。
「……本当に、来たのか」
鏡の前で、タケルは自分の顔を改めて見つめる。
剛とほぼ同じ。だが、剛よりもわずかに精悍な輪郭、肩幅、目つきの鋭さが残っている。
彼は静かに息を吐くと、机にあったスマホを手に取ってみる。
「これが……魔道具、か?」
電源ボタンを押すと、画面が点いた。その瞬間、彼は思わず声を上げた。
「っ!? 動いた……っ、光の板……!」
動揺を隠せず、思わず壁際に下がるタケル。
だが、すぐに落ち着きを取り戻し、画面をじっと見つめる。
「これが……剛の世界か。人は、こんな魔法のようなもので日常を送っているのか……」
手のひらサイズの箱に情報が詰め込まれ、世界と繋がっている。
タケルは、その技術に驚きながらも、不思議と居心地のよさを感じていた。
異世界。石造りの屋敷の一室。
剛は、ようやく身体を起こしていた。だが、すぐに背中に冷たい視線を感じて振り返る。
そこにいたのは、一人の少女だった。
銀髪のロングヘア。深い青のローブ。細身で、氷のような眼差しを持った美しい少女。
「……あなた、タケルじゃないわね」
その一言に、剛の心臓が跳ねた。
「あ、いや、えっと……」
「声も違う。目も、仕草も。あなた、誰?」
少女は、冷ややかに、けれどどこか戸惑いの混じった表情で剛を見据えていた。
「ぼ、僕は……西条剛。タケルさんと……その……入れ替わって……」
言葉にすればするほど、自分でも信じられないような気持ちになった。
けれど、少女――リアと名乗った彼女は、その説明に眉を寄せた後、ゆっくりとため息を吐いた。
「……本当に、あの人……。何を考えてるのかしら」
「えっ、えっと……信じてくれるの?」
「信じたくないけど、納得はできる。あなたの気配は、確かに“タケル”とよく似ている。魂の波長が同調している感じがするわ」
「……はい」
「それに、あの人なら……本当に、そういう無茶をする人よ」
一方、タケルは剛の制服に着替えていた。
シャツのボタンをとめ、ネクタイを結び、鏡の前に立つ。
「よし……たしか、こうだったな」
ちょうどそのとき、玄関のドアがバタンと開いた。
「おーい剛ー、今日のプリント、あんたに回収してもらったでしょ……って、はあ?」
酒井京だった。
彼女は目を見開き、制服姿のタケルを見つめた。
そして、数秒の沈黙ののち、眉をひそめ、すぐに口を開く。
「……お前、誰?」
タケルは面食らった。剛の顔であるはずなのに、即座にバレたのだ。
「いや、俺は……西条剛、の……」
「その話し方、目つき、立ち方、全部違う。……ふざけてんの?」
京の直感は鋭かった。ずっと剛を見てきた彼女にとって、たとえ顔が同じでも、違和感は隠せない。
タケルは、諦めて本当のことを話した。
「俺は、タケル。剛と入れ替わった。……信じられないだろうが、事実だ」
「……剛が? 入れ替わった? そんなの――」
否定しかけた言葉が、口の中で止まる。
京は何かを思い出したように、ゆっくりと目を細めた。
「……最近の剛、なんか変だった。ぼーっとしてて、鏡見て怯えたりして……」
彼女は一歩、タケルに近づく。
「……本当に、剛は無事なんだよね?」
「ああ、彼は異世界にいる。今も生きている。……そして、少なくとも、俺よりずっと“普通の人生”を送りたがっていた」
異世界、リアの手によって剛は新しい服を渡されていた。
軽装の戦闘用ローブ。どう見ても「一般人」の服じゃない。
「ちょ、ちょっと待って、これ、僕着るの?」
「当たり前よ。ここはそういう世界なんだから」
リアはきっぱりと言う。
「……あなたがここに来たからには、タケルの“代わり”として、少しでも動いてもらう必要があるわ」
二人の青年は、互いの世界に立ち、互いの空を見上げていた。
剛は、石造りの城壁から広がる澄んだ空に。
タケルは、駅へ向かう通学路の、灰色に澄んだ空に。
そして、どちらも、かすかに――微かに、何かが“始まった”ことを感じていた。
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