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第1章:「異世界の空、初めての戦場」
第1話「偽りの勇者、剣を握る」
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――これが、異世界の朝。
寝台の上に身を起こした西条剛は、まだ現実を受け入れきれないまま、ぼんやりと天井を見上げていた。
石造りの天井には細かなひびが走り、窓から差し込む柔らかな朝光が、異世界の静けさを静かに照らしている。
ここは、アリステリア王国王都・ラグリム。魔王討伐を成し遂げた英雄「勇者タケル」が今なお住まうとされる城の一室。
そして剛は――その“勇者タケル”として、人々の前に立たされていた。
もちろん、本人ではない。
彼はごく普通の高校生だった。特別な力もなく、地味で目立たず、友人も少ない。そんな自分が、ある日、鏡の向こうに現れた「もう一人の自分」と出会い、願いを交わして、この世界へと来た。
あのとき鏡の中で語りかけてきた男――本物の勇者タケルは、こう言ったのだ。
「しばらく、お互いの世界を生きてみよう」
……後悔してないわけじゃない。
だが、自分がこの世界に来たことでタケルが救われるのなら。
そして、自分自身が“生きる意味”を見つけられるのなら。
この異世界で、何かを変えられるのなら――。
「……まずは、今日を乗り切るだけだ」
剛は深呼吸をして、簡素な服に袖を通した。黒を基調とした布鎧に、腰には木剣。肩にかけた緋色のマントだけが“勇者”の証のようだった。
「剛――じゃない、タケル。もう起きてる?」
ドアの外からリア=エルフェリアの声が響いた。
「うん、今行くよ」
彼女だけが、剛の正体を知る数少ない理解者だ。
リアは、かつてタケルと共に魔王討伐を果たした大魔法使いであり、タケルに深い信頼と友情、あるいはそれ以上の感情を抱いていたと剛は感じていた。
剛の姿を見たとき、リアはすぐに違和感に気づいた。
言葉遣い、表情、歩き方――全部違うと。そして剛がすべてを話したとき、しばらく沈黙したのち、静かにこう言ったのだ。
「あの人なら、そうするかもね。……でも、今はあなたに“タケル”でいてもらう必要がある」
その日から、リアは彼に剣の訓練、礼儀作法、魔法理論、そして何より「勇者らしさ」を叩き込もうとした。
剛が部屋を出ると、リアが待っていた。
「おはよう。……顔色はまぁまぁね。今日も訓練場よ」
「そっか……行こう」
中庭に設けられた訓練場では、すでに何人かの兵士や訓練生が剣を振っていた。
その中に「勇者タケル」が現れたとあって、場の空気がぴんと張りつめる。
「おはようございます、勇者殿!」
「おはようございます!」
次々と頭を下げてくる者たちに、剛はぎこちなく会釈を返す。
(俺に、頭を下げないでくれ……)
そう思っても、口には出せない。誰にも、正体は明かせないのだから。
リアは木剣を手渡しながら、周囲を見渡した。
「今日は基本の素振りから。まだ君の剣筋はフラつきすぎる。下手をすれば、“勇者が偽物だ”と疑われるわよ」
「そ、それはマズい……」
「だから、最低限の“それっぽさ”は身につけて。見よう見まねでもいいから、堂々と」
剛は、木剣を両手で握りしめる。
リアが横で構えを直す。
「腰を落として。右足を半歩前に。剣先を下げない。目線は前へ」
「こ、こう?」
「違う。体重が後ろすぎる。こう、もっと重心を前に」
「ぬぅっ……む、無理……!」
「文句言わない!」
隣でリアが叱るように指導するのを見て、周囲の訓練生たちは笑いを堪えながらもどこか安心した様子だった。
どうやら、リアに厳しくされている“勇者タケル”という構図は以前からよくあったらしい。
(助かった……)
剛は内心、心底ホッとしていた。
訓練が始まってから三十分ほど。
剛はもう何度も剣を落とし、膝をついていた。
「ちょっと休憩」
リアの声に、剛は泥だらけのままへたり込む。
隣に腰を下ろしたリアは、湯気の立つカップを手渡してきた。香草の香りが心を落ち着かせる。
「ありがと……」
「皆、君を“勇者”として見てる。でも、私は“剛”として見てる」
その言葉に、剛の胸がじんと熱くなる。
「今はタケルの代わり。でも、そのうち――君が君自身として、ここに立てるようになると思ってる」
「そんなふうに……言ってくれるの、リアさんだけだよ」
「信じてるもの。君がここに来た意味を」
午後、剛は魔力の測定に連れて行かれた。
リアが厳しい目で「誤魔化せ」と告げてきたため、彼はひたすら“魔力が抑えられている”フリをする。
幸い、魔力自体はまだ弱く、測定師も「最近疲れてるのかな」と首をかしげる程度で終わった。
その日の夜。
風呂から上がり、部屋に戻った剛は鏡の前に立った。
そこには“タケル”の姿をした自分がいた。
ほんの少し、剣の構えがマシになった気がする。
ほんの少し、リアと話すことが楽になった気がする。
それでも、剛の胸にはずっと小さな罪悪感が残っていた。
(……俺は、偽物だ)
(でも――)
彼は木剣を握ったまま、夜空を見上げた。
「もう少しだけ……頑張ってみようかな」
その言葉を、誰かが聞いていたわけではない。
けれど、その夜の空は、どこか優しく輝いていた。
寝台の上に身を起こした西条剛は、まだ現実を受け入れきれないまま、ぼんやりと天井を見上げていた。
石造りの天井には細かなひびが走り、窓から差し込む柔らかな朝光が、異世界の静けさを静かに照らしている。
ここは、アリステリア王国王都・ラグリム。魔王討伐を成し遂げた英雄「勇者タケル」が今なお住まうとされる城の一室。
そして剛は――その“勇者タケル”として、人々の前に立たされていた。
もちろん、本人ではない。
彼はごく普通の高校生だった。特別な力もなく、地味で目立たず、友人も少ない。そんな自分が、ある日、鏡の向こうに現れた「もう一人の自分」と出会い、願いを交わして、この世界へと来た。
あのとき鏡の中で語りかけてきた男――本物の勇者タケルは、こう言ったのだ。
「しばらく、お互いの世界を生きてみよう」
……後悔してないわけじゃない。
だが、自分がこの世界に来たことでタケルが救われるのなら。
そして、自分自身が“生きる意味”を見つけられるのなら。
この異世界で、何かを変えられるのなら――。
「……まずは、今日を乗り切るだけだ」
剛は深呼吸をして、簡素な服に袖を通した。黒を基調とした布鎧に、腰には木剣。肩にかけた緋色のマントだけが“勇者”の証のようだった。
「剛――じゃない、タケル。もう起きてる?」
ドアの外からリア=エルフェリアの声が響いた。
「うん、今行くよ」
彼女だけが、剛の正体を知る数少ない理解者だ。
リアは、かつてタケルと共に魔王討伐を果たした大魔法使いであり、タケルに深い信頼と友情、あるいはそれ以上の感情を抱いていたと剛は感じていた。
剛の姿を見たとき、リアはすぐに違和感に気づいた。
言葉遣い、表情、歩き方――全部違うと。そして剛がすべてを話したとき、しばらく沈黙したのち、静かにこう言ったのだ。
「あの人なら、そうするかもね。……でも、今はあなたに“タケル”でいてもらう必要がある」
その日から、リアは彼に剣の訓練、礼儀作法、魔法理論、そして何より「勇者らしさ」を叩き込もうとした。
剛が部屋を出ると、リアが待っていた。
「おはよう。……顔色はまぁまぁね。今日も訓練場よ」
「そっか……行こう」
中庭に設けられた訓練場では、すでに何人かの兵士や訓練生が剣を振っていた。
その中に「勇者タケル」が現れたとあって、場の空気がぴんと張りつめる。
「おはようございます、勇者殿!」
「おはようございます!」
次々と頭を下げてくる者たちに、剛はぎこちなく会釈を返す。
(俺に、頭を下げないでくれ……)
そう思っても、口には出せない。誰にも、正体は明かせないのだから。
リアは木剣を手渡しながら、周囲を見渡した。
「今日は基本の素振りから。まだ君の剣筋はフラつきすぎる。下手をすれば、“勇者が偽物だ”と疑われるわよ」
「そ、それはマズい……」
「だから、最低限の“それっぽさ”は身につけて。見よう見まねでもいいから、堂々と」
剛は、木剣を両手で握りしめる。
リアが横で構えを直す。
「腰を落として。右足を半歩前に。剣先を下げない。目線は前へ」
「こ、こう?」
「違う。体重が後ろすぎる。こう、もっと重心を前に」
「ぬぅっ……む、無理……!」
「文句言わない!」
隣でリアが叱るように指導するのを見て、周囲の訓練生たちは笑いを堪えながらもどこか安心した様子だった。
どうやら、リアに厳しくされている“勇者タケル”という構図は以前からよくあったらしい。
(助かった……)
剛は内心、心底ホッとしていた。
訓練が始まってから三十分ほど。
剛はもう何度も剣を落とし、膝をついていた。
「ちょっと休憩」
リアの声に、剛は泥だらけのままへたり込む。
隣に腰を下ろしたリアは、湯気の立つカップを手渡してきた。香草の香りが心を落ち着かせる。
「ありがと……」
「皆、君を“勇者”として見てる。でも、私は“剛”として見てる」
その言葉に、剛の胸がじんと熱くなる。
「今はタケルの代わり。でも、そのうち――君が君自身として、ここに立てるようになると思ってる」
「そんなふうに……言ってくれるの、リアさんだけだよ」
「信じてるもの。君がここに来た意味を」
午後、剛は魔力の測定に連れて行かれた。
リアが厳しい目で「誤魔化せ」と告げてきたため、彼はひたすら“魔力が抑えられている”フリをする。
幸い、魔力自体はまだ弱く、測定師も「最近疲れてるのかな」と首をかしげる程度で終わった。
その日の夜。
風呂から上がり、部屋に戻った剛は鏡の前に立った。
そこには“タケル”の姿をした自分がいた。
ほんの少し、剣の構えがマシになった気がする。
ほんの少し、リアと話すことが楽になった気がする。
それでも、剛の胸にはずっと小さな罪悪感が残っていた。
(……俺は、偽物だ)
(でも――)
彼は木剣を握ったまま、夜空を見上げた。
「もう少しだけ……頑張ってみようかな」
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けれど、その夜の空は、どこか優しく輝いていた。
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