7 / 55
第1章:「異世界の空、初めての戦場」
第2話「勇者の影を背負う者」
しおりを挟む
重さは、剣だけじゃなかった。
「勇者タケル」としての朝は、訓練より先に“挨拶回り”から始まった。
今日は王国軍の後方支援部隊の詰所を訪れる日だという。名目は、兵たちの士気を高める“顔見せ”だった。
リアに言わせれば「タケルが魔王討伐後も必ずしていた日課」だそうだ。
無言で差し出された黒いマントを受け取りながら、剛は「これは何かの罰ゲームだろうか」とすら思っていた。
「――勇者様! よくお越しくださいました!」
詰所の門をくぐった瞬間、屈強な男性兵士が大声で出迎えた。
周囲の兵たちもすぐに姿勢を正し、一斉に礼を取る。
「わざわざ後方までお運びいただけるとは……以前と変わらず、お優しい」
「勇者様、以前贈っていただいた果実酒、おいしかったです!」
「この前、娘が元気に生まれまして! 勇者様のご加護があってこそ……!」
剛はたじろいだ。目の前の人々は皆、自分を“勇者タケル”だと信じて、尊敬と感謝の目を向けている。
そして、当然のように“過去に交わした思い出”を語りかけてくる。
(知らない……何も、知らない……)
「うん、そうだったね」「また送るよ」などと、愛想笑いで取り繕うしかなかった。
返す言葉に細心の注意を払っても、脳裏には「もし今バレたら」という恐怖が常につきまとっていた。
支援詰所を出てから、剛は顔を引きつらせたままリアに詰め寄った。
「……なあリア、ちょっと説明不足じゃない?」
「何が?」
「“みんなと顔見知り”とか、聞いてなかったんだけど!?」
「言ったら逃げたでしょ、君」
「……ぐっ、否定はできないけど」
「それに、あの人たちはタケルを“象徴”として見てる。完璧な受け答えなんて求めてないわ。ただ、“立っていてくれるだけで安心する”のよ」
「……そんなもんかな」
「そんなもんよ。でも、それが大きいの」
リアは淡々と言うが、その言葉の端々にはタケルへの深い敬意が滲んでいた。
午後、訓練の時間になると、剛は再び木剣を握る羽目になった。
今日は訓練生に混じっての実践形式――いわば、模擬戦だという。
「え、マジで? 模擬戦って、ぶつけ合うの?」
「もちろん。魔法は禁止、剣術と体術だけ。君も、普通にやってたわよ?」
「……“君”って言い方、なんか複雑だな」
「こっちも複雑なのよ」
相手に選ばれたのは、剛と同年代の見習い騎士・ライクだった。
栗色の短髪、褐色の肌に、どこか野生味のある眼差し。動きは素早く、装備こそ訓練用だが、その雰囲気は“本物の戦士”だった。
「よろしくお願いします……」
「へぇ、“勇者様”と模擬戦できるなんて光栄だな。だけど手加減はしないからな」
(こいつ……ガチだ)
掛け声と同時にライクが突っ込んできた。
木剣が右から左へ、風を切ってうなりを上げる。反射的に防御に入った剛だったが、構えが甘く、衝撃で木剣が跳ね上がった。
そのまま体勢を崩され、地面に尻もち。
「はっ、そんなもんかよ!」
「くっ……!」
歯を食いしばって立ち上がる。
再び打ち合いになるが、剛はただ受けるだけで精一杯だった。手首に痛みが走る。呼吸が乱れ、視界がぶれる。
(“勇者”が……こんなに情けない姿、見せていいのかよ)
頭の中に、無数の視線が突き刺さる。
支援詰所の兵たち。訓練場の仲間。リア。そして――本物のタケル。
「くっ……!!」
気合で木剣を振るった。
その一撃は、初めてライクの防御を崩しかけた。
「……ほぉ、さすがにやりますね」
ライクが目を細め、構えを改める。
その瞬間――体が勝手に動いた。
まるで、誰かに“操作”されているかのように。
その一瞬、身体の芯から熱が走った。
木剣の一撃が、弾かれた。
ライクがバックステップで距離を取ったとき、場が静まり返った。
周囲の訓練生たちが、驚いたような顔をしていた。
「今の……」
「すげえ速度……見えなかったぞ」
「これが、“本物の勇者”か……」
(……違うよ)
剛は、叫びたかった。
(俺は“本物”なんかじゃない。これは、偶然。いや、もしかしたら、タケルさんの癖が身体に残ってただけ……)
だが、言えなかった。
口にした瞬間、全てが壊れるとわかっていた。
剛は、木剣を握り直し、静かに頭を下げた。
「ありがとう……」
模擬戦の後、ライクが声をかけてきた。
「勇者様、さっきの動き……すげえよ。本気で背筋が凍った。……“何か”を感じました」
「……そう、かな」
「ああ。だからこそ、俺は嬉しいよ。今も、“勇者”は生きてるんだって思えて」
ライクの純粋な瞳が、剛を“勇者”として見ていた。
その夜。剛はリアと城の中庭にいた。
「君の魔力、やっぱりタケルに似てる」
リアがぽつりと呟く。
「似てるって……俺、特に魔法も何もできないんだけど」
「それでも、身体が覚えているのかもしれない。もしくは、魂が……ね」
剛は、空を見上げた。今日の空は、やけに広くて遠い。
「リア。俺は、このまま“タケル”でい続けるしかないのかな」
「そうね。でも、それは“演じ続けろ”って意味じゃないわ」
「……?」
「剛が“タケルとしてここにいる”のは事実。でも、“剛”としてここで何を残すかは、君次第よ」
その言葉は、少しだけ、剛の胸を軽くした。
「……ありがとう、リア」
彼女は微笑んで、夜空の方を見つめた。
「もう少し、頑張ってみて」
「……うん。俺なりに」
そうしてまた、剛は木剣を握り直した。
勇者の影は重い。だけどその中で、自分の“輪郭”を探し始めていた。
「勇者タケル」としての朝は、訓練より先に“挨拶回り”から始まった。
今日は王国軍の後方支援部隊の詰所を訪れる日だという。名目は、兵たちの士気を高める“顔見せ”だった。
リアに言わせれば「タケルが魔王討伐後も必ずしていた日課」だそうだ。
無言で差し出された黒いマントを受け取りながら、剛は「これは何かの罰ゲームだろうか」とすら思っていた。
「――勇者様! よくお越しくださいました!」
詰所の門をくぐった瞬間、屈強な男性兵士が大声で出迎えた。
周囲の兵たちもすぐに姿勢を正し、一斉に礼を取る。
「わざわざ後方までお運びいただけるとは……以前と変わらず、お優しい」
「勇者様、以前贈っていただいた果実酒、おいしかったです!」
「この前、娘が元気に生まれまして! 勇者様のご加護があってこそ……!」
剛はたじろいだ。目の前の人々は皆、自分を“勇者タケル”だと信じて、尊敬と感謝の目を向けている。
そして、当然のように“過去に交わした思い出”を語りかけてくる。
(知らない……何も、知らない……)
「うん、そうだったね」「また送るよ」などと、愛想笑いで取り繕うしかなかった。
返す言葉に細心の注意を払っても、脳裏には「もし今バレたら」という恐怖が常につきまとっていた。
支援詰所を出てから、剛は顔を引きつらせたままリアに詰め寄った。
「……なあリア、ちょっと説明不足じゃない?」
「何が?」
「“みんなと顔見知り”とか、聞いてなかったんだけど!?」
「言ったら逃げたでしょ、君」
「……ぐっ、否定はできないけど」
「それに、あの人たちはタケルを“象徴”として見てる。完璧な受け答えなんて求めてないわ。ただ、“立っていてくれるだけで安心する”のよ」
「……そんなもんかな」
「そんなもんよ。でも、それが大きいの」
リアは淡々と言うが、その言葉の端々にはタケルへの深い敬意が滲んでいた。
午後、訓練の時間になると、剛は再び木剣を握る羽目になった。
今日は訓練生に混じっての実践形式――いわば、模擬戦だという。
「え、マジで? 模擬戦って、ぶつけ合うの?」
「もちろん。魔法は禁止、剣術と体術だけ。君も、普通にやってたわよ?」
「……“君”って言い方、なんか複雑だな」
「こっちも複雑なのよ」
相手に選ばれたのは、剛と同年代の見習い騎士・ライクだった。
栗色の短髪、褐色の肌に、どこか野生味のある眼差し。動きは素早く、装備こそ訓練用だが、その雰囲気は“本物の戦士”だった。
「よろしくお願いします……」
「へぇ、“勇者様”と模擬戦できるなんて光栄だな。だけど手加減はしないからな」
(こいつ……ガチだ)
掛け声と同時にライクが突っ込んできた。
木剣が右から左へ、風を切ってうなりを上げる。反射的に防御に入った剛だったが、構えが甘く、衝撃で木剣が跳ね上がった。
そのまま体勢を崩され、地面に尻もち。
「はっ、そんなもんかよ!」
「くっ……!」
歯を食いしばって立ち上がる。
再び打ち合いになるが、剛はただ受けるだけで精一杯だった。手首に痛みが走る。呼吸が乱れ、視界がぶれる。
(“勇者”が……こんなに情けない姿、見せていいのかよ)
頭の中に、無数の視線が突き刺さる。
支援詰所の兵たち。訓練場の仲間。リア。そして――本物のタケル。
「くっ……!!」
気合で木剣を振るった。
その一撃は、初めてライクの防御を崩しかけた。
「……ほぉ、さすがにやりますね」
ライクが目を細め、構えを改める。
その瞬間――体が勝手に動いた。
まるで、誰かに“操作”されているかのように。
その一瞬、身体の芯から熱が走った。
木剣の一撃が、弾かれた。
ライクがバックステップで距離を取ったとき、場が静まり返った。
周囲の訓練生たちが、驚いたような顔をしていた。
「今の……」
「すげえ速度……見えなかったぞ」
「これが、“本物の勇者”か……」
(……違うよ)
剛は、叫びたかった。
(俺は“本物”なんかじゃない。これは、偶然。いや、もしかしたら、タケルさんの癖が身体に残ってただけ……)
だが、言えなかった。
口にした瞬間、全てが壊れるとわかっていた。
剛は、木剣を握り直し、静かに頭を下げた。
「ありがとう……」
模擬戦の後、ライクが声をかけてきた。
「勇者様、さっきの動き……すげえよ。本気で背筋が凍った。……“何か”を感じました」
「……そう、かな」
「ああ。だからこそ、俺は嬉しいよ。今も、“勇者”は生きてるんだって思えて」
ライクの純粋な瞳が、剛を“勇者”として見ていた。
その夜。剛はリアと城の中庭にいた。
「君の魔力、やっぱりタケルに似てる」
リアがぽつりと呟く。
「似てるって……俺、特に魔法も何もできないんだけど」
「それでも、身体が覚えているのかもしれない。もしくは、魂が……ね」
剛は、空を見上げた。今日の空は、やけに広くて遠い。
「リア。俺は、このまま“タケル”でい続けるしかないのかな」
「そうね。でも、それは“演じ続けろ”って意味じゃないわ」
「……?」
「剛が“タケルとしてここにいる”のは事実。でも、“剛”としてここで何を残すかは、君次第よ」
その言葉は、少しだけ、剛の胸を軽くした。
「……ありがとう、リア」
彼女は微笑んで、夜空の方を見つめた。
「もう少し、頑張ってみて」
「……うん。俺なりに」
そうしてまた、剛は木剣を握り直した。
勇者の影は重い。だけどその中で、自分の“輪郭”を探し始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
テンプレ最強勇者に転生したら魔女が妻になった
紡識かなめ
ファンタジー
七つの大陸、それぞれを支配する“七大魔女”──
魔力あふれる世界《アルセ=セフィリア》は、魔女たちによる統治と恐怖に覆われていた。
だが、その支配に終止符を打つべく、一人の男が立ち上がる。
名はルーク・アルヴェイン。伝説の勇者の血を引く名家の出身でありながら、前世はただの社畜。
高い魔力と最強の肉体、そして“魔女の核を斬ることのできる唯一の剣”を手に、彼は世界を平和にするという使命にすべてを捧げていた。
──しかし、最初に討伐した《闇の魔女・ミレイア》はこう言った。
「あなたの妻になります。魔女の掟ですから」
倒された魔女は魔力を失い、ただの美少女に。
しかもそのまま押しかけ同居!? 正妻宣言!? 風呂場に侵入!?
さらには王女や別の魔女まで現れて、なぜか勇者をめぐる恋のバトルロイヤルが始まってしまう!
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
記憶を取り戻して真実を知った時、ルイとモクの選ぶ道は?
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ドラゴネット興隆記
椎井瑛弥
ファンタジー
ある世界、ある時代、ある国で、一人の若者が領地を取り上げられ、誰も人が住まない僻地に新しい領地を与えられた。その領地をいかに発展させるか。周囲を巻き込みつつ、周囲に巻き込まれつつ、それなりに領地を大きくしていく。
ざまぁっぽく見えて、意外とほのぼのです。『新米エルフとぶらり旅』と世界観は共通していますが、違う時代、違う場所でのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる