双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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第1章:「異世界の空、初めての戦場」

第2話「勇者の影を背負う者」

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重さは、剣だけじゃなかった。

 
 「勇者タケル」としての朝は、訓練より先に“挨拶回り”から始まった。
 今日は王国軍の後方支援部隊の詰所を訪れる日だという。名目は、兵たちの士気を高める“顔見せ”だった。

 リアに言わせれば「タケルが魔王討伐後も必ずしていた日課」だそうだ。
 無言で差し出された黒いマントを受け取りながら、剛は「これは何かの罰ゲームだろうか」とすら思っていた。
 

「――勇者様! よくお越しくださいました!」

 詰所の門をくぐった瞬間、屈強な男性兵士が大声で出迎えた。
 周囲の兵たちもすぐに姿勢を正し、一斉に礼を取る。

「わざわざ後方までお運びいただけるとは……以前と変わらず、お優しい」

「勇者様、以前贈っていただいた果実酒、おいしかったです!」

「この前、娘が元気に生まれまして! 勇者様のご加護があってこそ……!」

 剛はたじろいだ。目の前の人々は皆、自分を“勇者タケル”だと信じて、尊敬と感謝の目を向けている。
 そして、当然のように“過去に交わした思い出”を語りかけてくる。

(知らない……何も、知らない……)

 「うん、そうだったね」「また送るよ」などと、愛想笑いで取り繕うしかなかった。
 返す言葉に細心の注意を払っても、脳裏には「もし今バレたら」という恐怖が常につきまとっていた。

 
 支援詰所を出てから、剛は顔を引きつらせたままリアに詰め寄った。

「……なあリア、ちょっと説明不足じゃない?」

「何が?」

「“みんなと顔見知り”とか、聞いてなかったんだけど!?」

「言ったら逃げたでしょ、君」

「……ぐっ、否定はできないけど」

「それに、あの人たちはタケルを“象徴”として見てる。完璧な受け答えなんて求めてないわ。ただ、“立っていてくれるだけで安心する”のよ」

「……そんなもんかな」

「そんなもんよ。でも、それが大きいの」

 リアは淡々と言うが、その言葉の端々にはタケルへの深い敬意が滲んでいた。
 

 午後、訓練の時間になると、剛は再び木剣を握る羽目になった。
 今日は訓練生に混じっての実践形式――いわば、模擬戦だという。

「え、マジで? 模擬戦って、ぶつけ合うの?」

「もちろん。魔法は禁止、剣術と体術だけ。君も、普通にやってたわよ?」

「……“君”って言い方、なんか複雑だな」

「こっちも複雑なのよ」
 

 相手に選ばれたのは、剛と同年代の見習い騎士・ライクだった。
 栗色の短髪、褐色の肌に、どこか野生味のある眼差し。動きは素早く、装備こそ訓練用だが、その雰囲気は“本物の戦士”だった。

「よろしくお願いします……」

「へぇ、“勇者様”と模擬戦できるなんて光栄だな。だけど手加減はしないからな」

(こいつ……ガチだ)
 

 掛け声と同時にライクが突っ込んできた。

 木剣が右から左へ、風を切ってうなりを上げる。反射的に防御に入った剛だったが、構えが甘く、衝撃で木剣が跳ね上がった。

 そのまま体勢を崩され、地面に尻もち。

「はっ、そんなもんかよ!」

「くっ……!」

 歯を食いしばって立ち上がる。
 再び打ち合いになるが、剛はただ受けるだけで精一杯だった。手首に痛みが走る。呼吸が乱れ、視界がぶれる。

(“勇者”が……こんなに情けない姿、見せていいのかよ)

 頭の中に、無数の視線が突き刺さる。
 支援詰所の兵たち。訓練場の仲間。リア。そして――本物のタケル。

「くっ……!!」

 気合で木剣を振るった。
 その一撃は、初めてライクの防御を崩しかけた。

「……ほぉ、さすがにやりますね」

 ライクが目を細め、構えを改める。
 その瞬間――体が勝手に動いた。

 まるで、誰かに“操作”されているかのように。
 その一瞬、身体の芯から熱が走った。

 木剣の一撃が、弾かれた。
 

 ライクがバックステップで距離を取ったとき、場が静まり返った。
 周囲の訓練生たちが、驚いたような顔をしていた。

「今の……」

「すげえ速度……見えなかったぞ」

「これが、“本物の勇者”か……」


(……違うよ)

 剛は、叫びたかった。

(俺は“本物”なんかじゃない。これは、偶然。いや、もしかしたら、タケルさんの癖が身体に残ってただけ……)

 だが、言えなかった。
 口にした瞬間、全てが壊れるとわかっていた。
 

 剛は、木剣を握り直し、静かに頭を下げた。

「ありがとう……」


 模擬戦の後、ライクが声をかけてきた。

「勇者様、さっきの動き……すげえよ。本気で背筋が凍った。……“何か”を感じました」

「……そう、かな」

「ああ。だからこそ、俺は嬉しいよ。今も、“勇者”は生きてるんだって思えて」

 ライクの純粋な瞳が、剛を“勇者”として見ていた。
 

 その夜。剛はリアと城の中庭にいた。

「君の魔力、やっぱりタケルに似てる」

 リアがぽつりと呟く。

「似てるって……俺、特に魔法も何もできないんだけど」

「それでも、身体が覚えているのかもしれない。もしくは、魂が……ね」
 

 剛は、空を見上げた。今日の空は、やけに広くて遠い。

「リア。俺は、このまま“タケル”でい続けるしかないのかな」

「そうね。でも、それは“演じ続けろ”って意味じゃないわ」

「……?」

「剛が“タケルとしてここにいる”のは事実。でも、“剛”としてここで何を残すかは、君次第よ」
 

 その言葉は、少しだけ、剛の胸を軽くした。

「……ありがとう、リア」

 彼女は微笑んで、夜空の方を見つめた。

「もう少し、頑張ってみて」

「……うん。俺なりに」
 

 そうしてまた、剛は木剣を握り直した。
 勇者の影は重い。だけどその中で、自分の“輪郭”を探し始めていた。
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