双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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第1章:「異世界の空、初めての戦場」

第8話「偽りの勇者ではなく」

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朝露の冷たさが、剛の頬を刺した。
 カスレの森の潜伏任務は、三日目に入っていた。
 しかし剛の中では、時間の感覚がどこか遠く、鈍くなっていた。
 

 昨夜――魔族ノアとの会話。
 それは、彼にとって初めて「敵と話す」という体験だった。

 剛は今まで、戦うべき相手は“人ではない何か”だと思っていた。
 言葉の通じない獣、理性を失った魔物。
 だけど、ノアは違った。

 彼は人の言葉を話し、感情を持ち、思想すら抱いていた。
 “自分たちが生きるために戦っている”と、剛の目を見て言った。
 

(俺は……彼の言葉に、返せなかった)
 

 そのことが、胸に残っていた。
 まるで、何かを見て見ぬふりをしていた自分を、鏡で直視させられたような――そんな感覚だった。
 

 森の中、焚き火のそばで剛は膝を抱えていた。
 他の兵たちは交代で警備に出ており、周囲には誰もいない。

 ふと、自分の足元を見ると、かつてカイルからもらった小さな護符が、腰の袋からはみ出していた。

 それを取り出し、手の中で転がす。

 粗削りな木の感触。薬草の匂い。
 彼女は、剛のことを「勇者」と信じて、これを渡してくれた。

 それを思い出すと、胸の奥がじんわりと熱くなる。
 

 偽りの勇者。
 そう、今の自分は“偽物”だ。
 タケルではない。剣も魔法も未熟な、自信のない少年。

 でも――それでも、

「それでも……」

 声に出す。

「俺は、俺としてここにいる」

 誰にも届かない、小さな独白だった。
 だがそれは、今まで心の奥底で閉じ込めていた感情だった。

「誰かの代わりじゃなくて、俺自身として、誰かを守りたい。……それが、この世界に来た意味なんだって、信じたい」


 言葉を吐ききった瞬間、ふと、何かが“緩んだ”気がした。

 胸の中にあった塊。
 重く、苦しかったものが、少しだけ溶けていくような感覚。


 そこに、足音が近づいた。
 リアだった。

「剛」

「……リア」

「……何か、吹っ切れた顔してる」

「わかる?」

「うん。なんか、少しだけ“タケル”じゃなくなった気がする」


 その言葉に、剛は思わず笑った。

「それって、ダメってこと?」

「いいえ。ようやく、“剛”になってきたって意味よ」

 リアはそう言って、剛の隣に腰を下ろした。

「……ノアに会ったんだ」

「……やっぱり。昨日、魔力の波が不規則に動いたから、何かあったと思った」

「彼は、話したよ。魔族側のこと。生きるために戦ってるって。……こっちの正義が、あっちでは“侵略”なんだって」

 リアは目を伏せたまま、ぽつりと呟いた。

「……知ってるわ」

「……え?」

「全部、じゃないけど。タケルと一緒に戦っていたとき、何度かそういう“敵”と出会った。彼らにも家族がいて、仲間がいて、信じる何かがあった」

「タケルさん……どうしてたの?」

「……全部、飲み込んで、それでも剣を振るってた」

 リアの声は少しだけ震えていた。

「だからこそ、彼は壊れた。世界の全てを知って、それでも“勇者”を続けようとした。その矛盾が……彼の心を壊していったのよ」


 剛は目を伏せた。

 その痛みが、今なら少しだけ分かる気がした。

 世界は、単純な正義と悪ではできていない。
 誰かを守るために、誰かを傷つけなければならないこともある。

 それでも。

「……俺は、タケルさんみたいにはなれない。全部を受け入れて、すべてを背負って戦うなんて、まだ無理だ」

「うん」

「でも、俺なりに、戦う理由を探したい。“剛”として、ここにいる意味を」

 
 リアは剛の言葉を黙って聞いていたが、やがてそっと彼の手に触れた。

「――じゃあ、その道、私も一緒に歩くわ」

「え……」

「あなたが“タケル”じゃなく、“剛”として立つなら、私は“リア”としてあなたを支える。それが、今の私の答え」


 その言葉に、剛は初めて、心から安堵の笑みを浮かべた。

 もう、自分を偽らなくてもいい。
 少なくとも、彼女の前では。
 

 王都への帰還命令が出たのは、その翌日だった。

 潜伏任務は成功。敵拠点の位置は王国軍本隊に共有され、今後の掃討作戦が予定されている。
 斥候部隊は無事帰還し、剛もまた、ラグリムへと戻る馬車の中にいた。
 

 途中、部隊内で小さな騒ぎがあった。

 護衛兵のひとりが、剛に声をかけてきた。

「タケル様、失礼ながら……少しだけ、変わられた気がします」

「……そう?」

「はい。前よりも、なんというか……“人間らしく”なったというか……」

「……」

「いや、失礼しました! 決して悪い意味ではなく……!」


 剛はふっと笑って、その言葉を受け取った。

「ありがとう。たぶん、それが俺の……いや、“今の勇者”の姿なんだと思う」


 そしてその夜、ラグリムの城に戻った剛は、自室の鏡の前に立っていた。

 鏡の中に映るのは、やはり“タケル”の顔だ。
 けれど、その目には、確かに“剛”の色が宿っていた。


 「――偽りの勇者、じゃない」

 「今ここにいる俺が、“俺自身”の意思で剣を握る」
 

 その言葉は、誰に言うでもなく、剛自身への宣言だった。

 そして――

 その夜、鏡の表面が一瞬だけ、微かに揺れた。
 まるで、遠い場所にいる“誰か”が、彼の声に応えたかのように。
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