双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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第2章:「剣と鏡の狭間で」

第2話「地球は平和な戦場」

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教室という場所は、剣を抜くことも、魔法を使うこともできない。
 それなのに、空気の重さは、かつて戦場で背負った鎧よりもはるかに重い。

 
 タケルは、椅子に座ったまま視線だけを教室内に巡らせていた。
 他の生徒たちは、いつも通り教科書を開き、ノートを取り、教師の声を適当に聞き流しながら過ごしている。

 その平穏が、彼にとっては“静かな異常”だった。
 

(この空間……妙に気配が散ってる)

 息をひそめている者、無意識に虚勢を張っている者、周囲の反応を探る者――
 異世界では“魔物の気配”を感じ取る能力を鍛えてきたタケルの感覚は、教室でも働いてしまう。

 だが、そこに潜むのは“殺気”ではない。
 もっと繊細で、粘着質なものだった。

 たとえば、机の間で交わされる目配せ。
 女子の間で交わされる小声。
 “剛”が何か言えば、間を置いて微妙な間が生まれる――それらすべてが、気配としてタケルに伝わってくる。

 
(これが……“地球の戦場”ってやつか)

 
 剛の記憶は部分的に残っていた。
 それによれば、彼は地味で、人見知りで、特に何の取り柄もない“その他大勢”だった。

 京を除けば、まともに話しかけてくる相手もほとんどおらず、からかわれたり無視されたりすることも珍しくなかったらしい。
 

 だが、今のタケルには、その“剛”の気配はなかった。

 姿かたちは同じでも、目つきや立ち方、動きがまるで違う。
 体育で見せた身体能力もあって、周囲の生徒たちの視線が明らかに変わってきているのをタケル自身が感じていた。

 
「なあ……西条って、あんな感じだったっけ?」

「なんか、背、伸びた?」

「最近めっちゃ早いし……もしかしてスポーツやってたとか?」

 ざわざわとした声が、教室の端から漏れ始める。
 以前なら絶対に聞こえてこなかった“剛”に関する噂。
 

「――剛。ちょっといい?」

 昼休み、京が教室の外で待ち構えていた。
 タケルは無言で頷き、廊下へ出た。

「ちょっと、アンタの歩き方、無駄にキビキビしすぎ」

「歩き方?」

「そう。あと目つき。睨んでるつもりなくても、睨んでるように見えるから」

「いや、それは……しょうがなくないか?」

「しょうがないかどうかで言えば、しょうがないんだけど……」

 京はタケルの胸を指差した。

「……アンタ、地球じゃ“勇者”じゃないんだよ。だから、そのオーラ、消して」

「……オーラ、って……便利な言葉だな」

 
 タケルはため息をついて、窓の外に目をやった。
 校庭では他のクラスがサッカーをしていて、歓声が風に乗って聞こえてくる。

 ああいう中に、自分は混ざれるんだろうか――
 そんな問いが、ふと胸をよぎった。
 

「……正直、こっちのほうがよっぽど疲れるな」

「異世界で魔王倒してた人のセリフとは思えないね」

「魔王は分かりやすかった。こっちは、全部が濁ってる」

「うん。それが“社会”ってやつ」

 
 京の言葉は、皮肉でも説教でもなかった。
 ただ、彼女なりにタケルの立場を理解して、寄り添おうとしてくれているのが伝わってくる。

 だからこそ、タケルは問わずにはいられなかった。

「なあ、京。……お前、本当に、なんで俺のこと信じたんだ?」

「は?」

「入れ替わったって言って、納得して、こうして協力してくれて……普通、信じないだろ。頭おかしいって言って、終わりだろ」

 
 京は目を細め、少しだけ困ったような笑顔を見せた。

「だってさ。アンタの目、本当に“剛”の目じゃなかったから」

「……目?」

「うん。剛は、いつも視線を落としてた。人の目を見ないし、声も小さいし、背中を丸めてた」

 京はポケットに手を入れて、窓の外を見た。

「でも、目の前にいたアンタは、背筋が真っすぐで、空気を読むより前を見てて、“誰かを守る”って覚悟がある目をしてた。だから、分かった」

 
 タケルは言葉を失った。

 この少女は、どれだけ剛を見てきたのだろうか。
 どれだけ剛のことを、ちゃんと“知っていた”のだろうか。

「……剛、幸せだな。こんなやつに好かれて」

「……誰が“好き”だって?」

 即答だった。

「ち、ちがうのか?」

「“幼なじみ”だよ。仕方なく、ね」

 
 京はそっぽを向いたまま、タケルの腕を小突いた。

「ま、とにかく。こっちの世界では、“剛”として生きてくれればいい。あんたは“偽物”かもしれないけど、今、剛として生きてるのはアンタなんだから」

「……分かった」
 

 昼休みが終わり、教室へ戻る。
 だが、その一言一言が、タケルの心に何かを残していた。

 “剛として生きる”
 それは、ただの偽装じゃない。
 この世界の一員として、ちゃんと立つことだ。
 

 その午後、何事もなく授業は進んだ。

 だが、帰り際――

 階段の踊り場で、三人の上級生に呼び止められた。

「なあ、剛。ちょっと、時間あるか?」

 笑顔を貼り付けたまま、声だけが妙に冷たい。
 剛(タケル)にとっては“定番の匂い”だった。

(これは……絡まれるやつか)

 だが、今のタケルにとって、地球の不良ごとき、敵ではない。
 問題は、“どう対処するか”だった。
 

(地球じゃ、斬っちゃダメなんだよな……)
 

 そう自分に言い聞かせ、タケルはにっこりと笑った。

「悪いけど、ちょっと急ぎの用事があってさ。じゃあな」

 そう言って、あっさりとその場をすり抜けた。

 
 後ろで何か言っていた気もするが、気にせず歩く。

 タケルにとって、この世界はまだまだ未知だ。
 だが、静かで穏やかで、だからこそ――**平和という名の“戦場”**なのだ。
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