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第2章:「剣と鏡の狭間で」
第3話「河原の兄貴」
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放課後の昇降口で、タケルは3人の上級生に呼び止められた。
学年も違えば名前すら知らないその面々は、しかし“剛”にとっては馴染みのある相手だったらしい。
「よお、剛。ちょっと来いよ。話があんだよな」
にやけた顔のまま、細い目でタケルを見下ろす一人。
背中を壁に預けた姿勢で腕を組んだもう一人。
残りの一人は、何も言わずに顎で“ついてこい”と合図を送ってきた。
(剛の記憶にいたな、こいつら……ゴブリンの後ろで指示していたやつらみたいだな)
絡まれるのは日常茶飯事だったらしい。
だが、タケルにとっては違う。
こんなものは――“剣を持たない戦場”での小競り合いにすぎない。
「……まあ、いいけど」
剛の口調を真似て、できるだけ穏やかに返す。
それが、後に“伝説”の始まりだったとは、誰も知らない。
河原までは徒歩15分。
雑草が伸び放題の舗装されていない道を進み、橋の下へと降りる。
そこには、数台のバイクと、ジャージ姿の若者たち――暴走族が待っていた。
(……これは、予想外だな)
呼び出した上級生たちが、族の一員ではないことはすぐにわかった。
むしろ、明らかに“巻き込まれた側”の顔をしている。
「ちょ、ちょっと兄貴……こいつ、例の西条です」
「こいつか? 暴走族をディスったって噂の小僧は」
前に出てきたのは、顎にピアス、左右非対称に刈った金髪の男だった。
明らかに“見せるための強さ”で着飾っている。
タケルは一歩だけ前に出て、静かに言った。
「なんの用だ?」
「おいおい、西条。お前、調子乗ってんだろ? この前、うちの後輩ぶん殴ったって聞いてるぞ?」
「そんなことはしていない。第一、暴力沙汰は避けたい」
暴力を避けたい、という言葉は、どこか真実味を帯びていた。
彼の目が冷たすぎたからだ。
「……何だ、その目」
「言ったろ。俺は戦いたくない。ただ、そっちが手を出すなら――止めるだけだ」
「てめぇッ、なめてんのか!!」
金髪男が吠えた。
次の瞬間、バットを持った別の男がタケルの脇腹に振り下ろそうと走り出す――が、
バシッ
タケルの左手が、ぴたりとバットを受け止めていた。
硬い金属音。衝撃。だが、彼の手は一ミリも動かない。
「……」
タケルは、バットを持った男の目をじっと見た。
そして、手を放した。
「帰れ。今なら、何も起きない」
「クッ……ざけんなッ!!」
今度は後ろから3人がかりで突っ込んできた。
だが――彼らが次に見たのは、地面に横たわる自分たちの姿だった。
一歩。
拳。
回避。
蹴り。
すべてが、まるで“舞”のようだった。
次の瞬間には、暴走族たちは全員地面に転がっていた。
苦悶の声と、呼吸の乱れた音だけが、河原に響いていた。
上級生たちは、ただ唖然として立ち尽くしていた。
「お、お前……今、何を……」
「言っただろ。止めるだけだって」
タケルは、再び口元を引き締めた。
「お前たちも、そろそろ分かれ。“力”ってのは、見せびらかすもんじゃねえ。“誰かのために使う”もんだ」
その場を離れようとしたとき、上級生のひとりが震えた声で言った。
「ア……アニキ……!!」
「……は?」
「す、すげぇ……アニキ、マジでかっけぇっす!!」
「いや、アニキとか呼ぶな」
「アニキィィィィ!!」
暴走族にびびっていた上級生たちの尊敬が、一気にタケルに向けられる。
その日から、“河原の兄貴”伝説が始まる。
翌日・登校
「お、おはようございますッ!」
通学路の途中で、例の上級生たちが一列に並んでタケルに挨拶してくる。
他の生徒たちはざわつき、「剛が不良のボスに……?」という噂が駆け巡る。
「はー……何したの?」
京はタケルに弁当箱を叩きつけるように置いた。
「や、ちょっと面倒ごとを片づけただけだ」
「それでなんで“アニキ”になんのよ!? こっちは地味キャラで通してきたのに!」
タケルは頭を掻いた。
「剛の名誉は……守れなかったか」
「っていうか剛、そんな名誉ないから。逆に今“謎のヒーロー”扱いになってるのが問題!」
教室の空気もどこか変わっていた。
数人のクラスメイトが、視線を向けつつも、以前ほど“見下した目”ではなくなっている。
タケルはため息をついた。
(……ああ、地球ってめんどくさい)
でも、嫌じゃなかった。
“守るべき誰か”がいて、
“言葉の届く世界”があって、
“剣を抜かずに戦える場所”がある――
それだけで、ここにいる意味があると思えた。
学年も違えば名前すら知らないその面々は、しかし“剛”にとっては馴染みのある相手だったらしい。
「よお、剛。ちょっと来いよ。話があんだよな」
にやけた顔のまま、細い目でタケルを見下ろす一人。
背中を壁に預けた姿勢で腕を組んだもう一人。
残りの一人は、何も言わずに顎で“ついてこい”と合図を送ってきた。
(剛の記憶にいたな、こいつら……ゴブリンの後ろで指示していたやつらみたいだな)
絡まれるのは日常茶飯事だったらしい。
だが、タケルにとっては違う。
こんなものは――“剣を持たない戦場”での小競り合いにすぎない。
「……まあ、いいけど」
剛の口調を真似て、できるだけ穏やかに返す。
それが、後に“伝説”の始まりだったとは、誰も知らない。
河原までは徒歩15分。
雑草が伸び放題の舗装されていない道を進み、橋の下へと降りる。
そこには、数台のバイクと、ジャージ姿の若者たち――暴走族が待っていた。
(……これは、予想外だな)
呼び出した上級生たちが、族の一員ではないことはすぐにわかった。
むしろ、明らかに“巻き込まれた側”の顔をしている。
「ちょ、ちょっと兄貴……こいつ、例の西条です」
「こいつか? 暴走族をディスったって噂の小僧は」
前に出てきたのは、顎にピアス、左右非対称に刈った金髪の男だった。
明らかに“見せるための強さ”で着飾っている。
タケルは一歩だけ前に出て、静かに言った。
「なんの用だ?」
「おいおい、西条。お前、調子乗ってんだろ? この前、うちの後輩ぶん殴ったって聞いてるぞ?」
「そんなことはしていない。第一、暴力沙汰は避けたい」
暴力を避けたい、という言葉は、どこか真実味を帯びていた。
彼の目が冷たすぎたからだ。
「……何だ、その目」
「言ったろ。俺は戦いたくない。ただ、そっちが手を出すなら――止めるだけだ」
「てめぇッ、なめてんのか!!」
金髪男が吠えた。
次の瞬間、バットを持った別の男がタケルの脇腹に振り下ろそうと走り出す――が、
バシッ
タケルの左手が、ぴたりとバットを受け止めていた。
硬い金属音。衝撃。だが、彼の手は一ミリも動かない。
「……」
タケルは、バットを持った男の目をじっと見た。
そして、手を放した。
「帰れ。今なら、何も起きない」
「クッ……ざけんなッ!!」
今度は後ろから3人がかりで突っ込んできた。
だが――彼らが次に見たのは、地面に横たわる自分たちの姿だった。
一歩。
拳。
回避。
蹴り。
すべてが、まるで“舞”のようだった。
次の瞬間には、暴走族たちは全員地面に転がっていた。
苦悶の声と、呼吸の乱れた音だけが、河原に響いていた。
上級生たちは、ただ唖然として立ち尽くしていた。
「お、お前……今、何を……」
「言っただろ。止めるだけだって」
タケルは、再び口元を引き締めた。
「お前たちも、そろそろ分かれ。“力”ってのは、見せびらかすもんじゃねえ。“誰かのために使う”もんだ」
その場を離れようとしたとき、上級生のひとりが震えた声で言った。
「ア……アニキ……!!」
「……は?」
「す、すげぇ……アニキ、マジでかっけぇっす!!」
「いや、アニキとか呼ぶな」
「アニキィィィィ!!」
暴走族にびびっていた上級生たちの尊敬が、一気にタケルに向けられる。
その日から、“河原の兄貴”伝説が始まる。
翌日・登校
「お、おはようございますッ!」
通学路の途中で、例の上級生たちが一列に並んでタケルに挨拶してくる。
他の生徒たちはざわつき、「剛が不良のボスに……?」という噂が駆け巡る。
「はー……何したの?」
京はタケルに弁当箱を叩きつけるように置いた。
「や、ちょっと面倒ごとを片づけただけだ」
「それでなんで“アニキ”になんのよ!? こっちは地味キャラで通してきたのに!」
タケルは頭を掻いた。
「剛の名誉は……守れなかったか」
「っていうか剛、そんな名誉ないから。逆に今“謎のヒーロー”扱いになってるのが問題!」
教室の空気もどこか変わっていた。
数人のクラスメイトが、視線を向けつつも、以前ほど“見下した目”ではなくなっている。
タケルはため息をついた。
(……ああ、地球ってめんどくさい)
でも、嫌じゃなかった。
“守るべき誰か”がいて、
“言葉の届く世界”があって、
“剣を抜かずに戦える場所”がある――
それだけで、ここにいる意味があると思えた。
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