双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

文字の大きさ
28 / 55
第3章:「二つの戦場」

第3話「黒炎の騎士団と古の予言」

しおりを挟む
アリステリア王国の北端――〈黒き森〉と呼ばれる禁域の境界線を越えた場所で、
 タケルは再び剣を抜いていた。

 空気が重く、湿っていた。
 朝も夜もないような薄曇りの空の下、朽ちた塔と廃村の遺跡に、魔物たちの影が蠢く。

 彼の背には、銀と青の意匠が刻まれた大剣。
 かつて魔王討伐の旅で握った伝説の武器《竜喰いの剣》の“再封印型”だ。

 
「数が多いな……」
 剣の柄を握り直し、タケルは静かに目を細める。

 周囲を取り囲んでいたのは、黒い鎧に身を包んだ騎士たち。
 その姿は明らかに“人型”だったが、兜の奥には瞳も声もなく、代わりに微かに呻くような魔素の音だけが響いている。

 ――黒炎の騎士団。

 かつて魔王軍の幹部直属部隊として恐れられた存在であり、タケル自身が倒したはずの“死者たち”だった。

 
「やっぱり……本格的に動き出してるな」

 つぶやくと同時に、剣を斜めに構える。
 地面が低く震え、黒炎騎士のひとりが突進してくる。

 
「――風刃《セラレイ》!」

 剣を振ると同時に、タケルの足元から風の魔法が奔る。
 瞬間、黒炎騎士の体が切り裂かれ、鎧の奥から“影の霧”が噴き出した。

 それは血ではない。
 “命の代わりに宿っている魔素”――死者の擬態である。
 

「やはり、完全に甦ったわけじゃない……けど」

 タケルは、剣を構えたまま、ゆっくりと前に出る。
 敵の動きには、“知性”が混じっていた。

 
「タケル、後方注意っ!」

 リアの声が飛ぶ。

 すぐさまタケルは地面を蹴り、側転で飛び退く。
 その背後に、暗黒の斬撃が突き抜け、空を裂いた。
 

 現れたのは、一際大きな黒炎騎士。
 全身を包む鎧の紋章が、かつて魔王の右腕と呼ばれた者のものと一致していた。

 
「お前は……」
 

 だが、その騎士は何も答えない。

 代わりに、左手を掲げた。
 空間がねじれ、そこに異様な模様を刻んだ黒い石版が浮かび上がる。

 そして、それを“空に向かって掲げる”と――

 
 ――空が一瞬、軋んだ。
 

 まるで、何かが“向こう側”と繋がったかのような、奇妙な感覚。
 

(……今の、なんだ?)

 タケルの中に“地球の空”の記憶がよぎる。
 剛が言っていた、空が濁るような違和感。
 

 だが、それを考える暇はなかった。
 黒炎騎士たちが一斉に襲い掛かってきたのだ。
 

「――まとめて斬るしかない!」

 タケルの足元に魔法陣が浮かぶ。

「《剣陣・轟雷》!」

 瞬間、地面から複数の剣状の雷が突き上がり、騎士たちの動きを一掃する。
 爆音と閃光の中、鎧が砕け、影が霧散する。

 だが、先ほどの“黒い石版”だけは、空中に留まり続けていた。

 
 それを回収したのは、リアだった。
 

「これ……タケル、見て」

「これは……術式回路だな」

「ううん、ただの術式じゃない。これ……“星の門”の座標を書いてる」

「……!」

 
 星の門。

 それは、古の伝承において、“異なる星々を繋ぐ鍵”とされる幻の魔導具。
 大昔、いにしえの文明が空に穴を開け、別世界と行き来していたという逸話に登場する言葉だった。
 

「まさか……本当に実在してるってのか」

「しかもこの術式、タケルがこっちに来たときに使った“鏡の揺らぎ”と似てる。……地球との接点が、意図的に操作されてる可能性がある」

 
 タケルの脳裏に、剛の顔が浮かぶ。

(まさか……お前の方にも、“こっちの力”が流れてるのか?)

 
 その夜、タケルとリアは王城へ戻り、報告のために書庫を訪れていた。
 宰相ディラフと老魔術師ヨーゼフが、古文書を片手にふたりを迎える。

 
「やはり、“星の門”が動き始めておるのか……。あれは決して開いてはならぬものじゃ」

「なぜ?」

「門が開いたとき、かつてこの世界は一度“崩壊”しかけた。時空の境界が壊れ、魔王と呼ばれる者が“外側”の力を取り込んだのじゃ」

「外側……?」

「うむ。つまり、異なる星――地球の力を」

 
 空気が張りつめた。

 リアが震える声で問う。

「……では、もし今また門が開けば、魔王は“こっちの力”だけでは足りず、“地球の力”をも手に入れてしまうのでは……?」

「それが“完全なる復活”の条件かもしれん」

 
 タケルは拳を握った。

「その前に止める。絶対に、あの門を開かせない」

「だが、止めるには門の場所、そして鍵が必要だ。お主が地球から来たように、地球にもまた“何か”が残されているはずじゃ」

「つまり……地球に“鍵”がある?」

「そうじゃ。お主の仲間――“剛”とやら。彼が持っているかもしれん。あるいは、近くに“継承者”がいる可能性もある」
 

 星の門、地球との力の交錯、魔王の完全復活――
 すべてが、繋がり始めていた。
 

 夜。
 タケルは、宿舎の自室にある古い鏡の前に立った。

 手をかざすと、ふっと波紋が走る。

 そして――

 
(……タケルさん?)

(剛か)

(こっちも、少しずつ変な気配が強まってきてる。都市にガルダス星人が潜り込んでる)

(やはり……こっちでは魔王の配下が、“星の門”を使おうとしてる)

(星の門……?)

(ああ。たぶん、それを動かす“鍵”が……お前のいる世界にある)

(……わかった。探してみる)

 
 二人の意識が、少しだけ確かに結びついた。

 戦場は別でも、目的は同じ。
 守るべき世界と人があり、挑むべき災厄がある。

 
 剣を研ぎながら、タケルは呟く。

「こっちは任せろ、剛。……お前も、気をつけろよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

処理中です...