双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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第3章:「二つの戦場」

第5話「念話の共鳴と初めての喪失」

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都市郊外、第3防衛ライン区画。

 かつて住宅街だったその場所は、いまや高いフェンスと監視塔に囲まれ、**GEO(地球防衛機関)**の拠点となっていた。

 建物の外観は残されているものの、そこに住む者はいない。
 代わりに、兵士たちが交代制で見張りに立ち、空には無人偵察機が旋回している。

 
 剛と京は、作戦部隊の一員としてそこにいた。

 任務は、市街地に潜伏するガルダス星人の“擬態兵”の掃討。
 彼らは人間の姿に擬態し、民間人に紛れながら情報収集を行っていた。
 それを探し出すには、見た目ではなく“波長”――魔素の残滓を読み取る必要がある。

 それができるのは、いまのところ西条剛と京だけだった。

 
「反応、あり……東側ブロックC棟……」

 剛が目を細めて指差す。

 廃ビルの3階部分に、微かに揺れる“異物の気配”があった。

 
「擬態してる。多分……警戒はされてるけど、まだ動いてない」

「どうする?」

 京が息を呑む。

「俺が入る。京は後方で待機。回復に専念して」

「……わかった。でも、危なくなったら絶対呼んでよ。今のあたしなら、ちゃんと魔法も使えるから」
 

 剛は頷き、廃ビルの扉を静かに開けた。

 
 ◆

 
 3階まで上がったところで、剛は確信した。

 この空間は、人間の空気じゃない。

 音が吸い込まれ、埃の流れすらも不自然だった。
 剣を抜き、足を止める。
 

「――来いよ。隠れてないで」

 
 それに応えるように、背後の壁が“割れた”。

 灰色の皮膚に、無機質な仮面。
 人間の形を模してはいるが、その目には光も感情もない。

 擬態兵。
 だが、その反応は異常に早く、剛が身を引くより前に――

 
 斬撃が飛んできた。
 

 剣で受け止めるも、衝撃で吹き飛ばされる。
 壁に叩きつけられた瞬間、背中に走る鈍痛。

 
(くそ……地球の身体、まだ完全には馴染んでねえ……!)

 
 擬態兵は“地球の重力”に最適化された動きを見せていた。
 異世界のように魔力で強化された動きではない、緻密で冷静な殺意。

 
 ――そのとき。

 通信機から叫び声が飛んだ。

 
「西条! 援護要請! 北ブロックで敵がっ……!」

 
 それは、同じ小隊の隊員――雨宮ユウトの声だった。

 剛と年の近い青年で、明るく陽気な性格だったが、戦闘経験は浅かった。

 
「京!」

 剛が念話で呼びかける。

 
(分かってる! 今、そっちに行く!)
 

 京の声は震えていたが、確かだった。

 しかし、それでも――間に合わなかった。
 

 剛がビルを飛び出し、北ブロックに到着した時、そこには血の匂いと焼け焦げた鉄の匂いが充満していた。

 爆発の痕。
 倒れた金属偵察機。
 そして――
 

「……雨宮……!」

 
 地面に倒れ、動かない彼の身体。

 京が駆け寄り、すぐに手をかざす。

「ヒールッ! 早く……っ!」

 
 剛も近づき、京の魔素を補助する。
 二人の手の中で、ユウトの傷が徐々にふさがれていく。

 
 ――が。

 心臓の音は、戻らなかった。

 
「……だめ……間に合わなかった……っ」

 
 京が顔を伏せて嗚咽する。
 剛はただ、静かにユウトの肩に手を置いた。

 暖かさが、もうなかった。

 
「ごめん……遅かった」

 剛の声は震えていた。
 握る拳が、微かに痙攣する。

 
 人が死ぬのを、見てしまった。
 戦いのなかで、目の前で、仲間が――
 

 剛はその夜、ベッドに横になりながら、鏡に手をかざした。
 

(タケルさん……)

(……聞こえる。何があった?)

(仲間が……死んだ。目の前で)

(……)

(あれだけ気をつけてたのに……助けられなかった……)

 
 念話の向こうで、タケルが何かを言おうとして、そして――黙った。

 
(……それが、戦場だ。剛)
 

(うん……分かってる。分かってたはずなのに、こんなに……苦しい)

 
 剛の声が、初めて震えた。
 剣を握る覚悟はあった。でも、それが“命の重さ”と結びついた瞬間、何かが崩れかけた。

 
 しばらくの沈黙のあと、タケルが静かに言った。
 

(お前が泣いていいのは、そういうときだけだ。……それでも、お前が戦うなら)

(戦う。……戦うよ。守れなかったぶん、次は……守る)

 
 タケルが答える。

(剛。お前は、もう勇者だよ)

 
 その言葉に、剛の目に新たな決意の光が灯る。

 
 翌朝。

 ユウトの遺体は本部に回収され、仲間たちの静かな見送りの中、剛と京は黙って立っていた。
 

「京。……あのとき、君のヒール、ちゃんと効いてた」

「でも……間に合わなかった」

「それでも、あの場に君がいたから、俺は動けた。……だから、ありがとう」
 

 京は涙を拭いて、うなずいた。

「じゃあ、これからも、そばにいる。傷を癒すためじゃなくて、戦うために」

 
 剛もまた、剣を握り直す。

 
 もう、目を逸らさない。
 誰かの死からも、自分の弱さからも。

 
 それが、“勇者”として生きるということなら――
 俺は、受け止めてみせる。
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