双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

文字の大きさ
33 / 55
第3章:「二つの戦場」

第8話「封印の記録と地球の名残」

しおりを挟む
タケルは、王立魔導院の地下、中央記録庫にいた。

 薄暗い光に照らされた石壁と金属の扉が、数百年分の歴史を静かに閉じ込めている。
 ここは、魔王が封印された際の記録、星の門に関する失われた技術、そして異世界と地球との関係を断片的に記した書物が保管された、王国最深の機密区域だ。

 
「本当に……ここに、地球の痕跡が?」

 隣を歩くリアが、長く美しい銀髪をかき上げながら頷いた。

「ええ。あなたが剣に“記憶”を受け取った後、魔導院の記録に眠っていた、禁書指定の文献が共鳴したの。
 それは“他の世界の言葉”で書かれていた。つまり、地球語」

「地球語……」

「その文献の中に、“異なる世界の核”という言葉が何度も出てきたの。
 そして、“その核は、かの青き星に埋められし”と」

 
 タケルは言葉を飲み込む。
 間違いない――それは、剛と自分がすでに念話で共有していた情報と一致していた。
 

 魔王の核は、かつて星の門から地球に流れた。
 そしてそれは、今――ガルダス星人によって回収されようとしている。

 
 だが、それは“兵器”ではない。
 核とは、記憶の結晶。

 異世界の魔素が、地球の歴史や想念と融合して誕生した“怨念の記録”。

 
「……記録を、視覚化できるって本当か?」

「うん。魔導院の技術で、“記憶の結晶”を視覚映像として再現できる。
 ただし、負担が大きすぎて普通の人間じゃ耐えられない。……けど、あなたならきっと」

「やるよ。今ここで逃げても、どうせ未来は変わらない」

 
 リアが頷き、タケルを椅子に座らせる。

 彼の前に置かれたのは、拳ほどの大きさの白銀の球体――
 異世界にて長く封印されていた“記憶媒体”であり、かつて星の門が開かれた直後に収集された“情報の残滓”だった。

 
「投影開始」
 

 リアの指先が魔術陣をなぞると、球体が微かに浮かび上がり、ゆっくりと光を放ち始めた。
 空間に波紋のような幻影が広がり、タケルの視界がにわかに反転する。

 
 ――そして、そこに映し出されたのは、
 かつての地球だった。

 
 廃墟と化した都市。
 高層ビル群が斜めに傾き、空を赤黒い雲が覆っている。

 そこを歩く人々の姿はなかった。
 だが、空中に渦を巻く“黒い光”が、確かに何かを呑み込んでいる。
 

 ナレーションのように、かすかな声が響く。

「――これは、二千年前の地球の“記憶”」
「文明の衝突と、感情の暴走が“闇”を生んだ」
「それは形を持たず、意思も持たず、ただ“憎しみの色”だけを増幅させていった」
「そしてそれは、門を越えた――」

 
 次に映ったのは、異世界の山岳地帯。
 星の門と呼ばれる光の柱の中から、先ほどの“黒い渦”が流れ込んでくる。

 それを受け止めるように現れた、ひとりの魔術師。

 その顔には仮面があり、衣服には王国の紋章が刺繍されていた。

 
「……これ、魔王……?」

 タケルの声が震える。

「違う。まだ“魔王”になる前の人間よ。
 でも、彼はその黒い渦と接触し、……取り込まれてしまった」

 
 幻影の中の魔術師が、空に向かって手を伸ばす。
 その手から放たれたのは、光ではなく、**“記録”**だった。

 まるでこの世界に自らの思念を書き残すかのように、彼の体が霧のように崩れながら、空間に染み込んでいく。
 

「……この記録を見ている者へ」
「魔王は、かつて人間だった。名は失われたが、記憶は残る」
「汝ら、同じ過ちを繰り返すな」
「この“記録”が再び門を通るとき、世界は終焉に向かう」

 
 映像が消える。

 魔術陣も、球体も、静かに力を失って床に落ちた。

 
 タケルはしばらく黙っていた。

 目の奥に焼き付いた、“記憶の渦”と呼ばれる存在。

 
「……魔王は、地球の記憶と交わった、人間だった」

「その可能性が高いわ。もしかしたら、ガルダス星人の祖先も“地球”に由来する存在なのかもしれない」

 
「だったら……」

 タケルは鏡の前へ歩み出る。

 
「剛。聞こえるか?」

(ああ……ちょうどこっちも、動きがあった)

「こっちで見た。地球の昔の記憶――都市が滅びる映像。そこに、“闇”があった。
 それが門を越えて、こっちに来た。……そして、魔王になった」

(……!)

「剛。お前の世界には、その“記憶の核”が残ってる。たぶん、それが魔王のもう片方。ガルダス星人は、それを探してる」

(分かった……こっちも全力で探す。京も……きっと力になる)

 
 しばらく沈黙が続いたあと、剛が言った。

(タケルさん。……地球ってさ、壊れかけてたんだね、昔から)

「ああ。たぶん、それを止めるために、今、俺たちがいる」

 
 鏡に映る剛の表情は、力強かった。
 もはや、ただの引きこもり高校生ではない。
 異世界で戦い、仲間を失い、そして立ち上がった“勇者”の顔だった。
 

「タケルさん。……ありがとう。こうして話せて、よかった」

「おう。またすぐ話そうぜ。次は、勝利報告だ」

 
 鏡の光が収まる。

 タケルは深く息をついた。

 自分が地球に呼ばれた理由、剛が異世界に行くべきだった意味、
 そして、今ここに存在する理由――すべてが、少しずつ“物語”として重なり合っていく。

 
 窓の外には、満天の星空が広がっていた。

 そのどこかに、かつて扉が開き、世界が交わった“傷跡”がある。
 そして再び、傷は開きかけている。
 

 けれど、今度こそ――

 誰かが、それを止めなければならない。

 それが、勇者の名を継ぐ者の使命なら――

 
「俺は、やる。最後まで」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...