双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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最終章:「双星の残響(そうせいのざんきょう)」

第1話 「揺れる空と歪んだ音」

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その異変は、誰よりも早く「彼女」が気付いた。

 
 東京、早春。
 空はまだ少し冬の名残を残し、風が頬を刺すほど冷たい。
 だが、空気の「質」そのものが、ここ数日で明らかに変わっていた。
 

 西条剛は、通学路の途中で立ち止まった。
 頭の奥が、ざらりと逆撫でされるような違和感に満ちている。

 まるで、背後から何かに名を呼ばれたような……あるいは、
 「かつて交わしたはずの記憶」が、ずれて再生されたような感覚。
 

 ――これは、“呼ばれている”。
 

 「……また、始まるのか?」

 小さく呟いた声は、春風にさらわれて消えた。

 
 誰にも聞かれていないと思っていたが、隣にいた京が言葉を返した。

 
 「……やっぱり、気づいてるよね」
 

 剛は驚いたように彼女を振り向いた。
 京は制服のスカートの裾を押さえながら、まっすぐに剛の目を見る。
 

 「空、変だよ。風も……まるで“異世界”の匂いが混じってる。
  それに、昨夜また……手が光ったの」

 
 京が見せたのは、掌の中央。
 あの戦いのとき、一度だけ剛から“回復魔法”を学んだその掌が、ほんのりと青白く輝いていた。
 

 「魔力が……戻ってる?」

 
 剛は小さく息をのんだ。
 すでに異世界との接点は閉じたはずだ。
 それはタケルが、自らの存在をかけて地球の“結び目”を封印してくれたからこそ可能だった。
 

 だが、それがもし――破られたのだとしたら?
 

 「……一度、GEOに連絡する」

 剛はスマホを取り出し、かつて協力関係にあったGEO(地球異界観測機構)の連絡先を開いた。
 

 そのときだった。
 

 空が――「鳴った」。
 

 ビィィ――ィィィィン――――
 

 耳鳴りとも、警報ともつかぬ音が、東京の空を貫いた。

 周囲の学生たちが耳を押さえ、騒然とする。
 

 剛と京が同時に空を仰いだ。

 そして、彼らは見てしまった。

 
 ――東京湾上空に、裂け目が浮かんでいるのを。

 
 銀色の光を放つその裂け目は、まるで空間そのものが“剥がれて”いるようで、
 中から、真っ黒な霧のようなものが少しずつ漏れ出していた。
 

 「……あれ、見覚えある。異世界の“魔素”だ」
 

 京の言葉に、剛は頷くしかなかった。
 

 封じたはずの“記憶の接続点”が、再び開こうとしている――それも、こちら側から。
 

 ――誰が、なぜ?

 
 疑問が頭を巡る。

 だが、今すぐにでも行動を起こさなければならない。
 

 「京、放課後、あの場所に行こう」

「“あの場所”って、まさか……」

「ああ。富士の封印施設跡。……もしあそこが何かに反応してるなら、止められるのは、俺たちしかいない」

 
 京は拳を握りしめ、小さく頷いた。

 「剛が行くなら、あたしも行く」
 

 ◆

 
 放課後。
 東京から急行で移動した剛と京は、かつての富士山地下施設――現在はGEOの封印観測センターとなっている――に足を踏み入れていた。

 
 案内された最深部。
 そこには、完全に沈黙していたはずの**“鏡”**が、再び微かに光を放っていた。
 

 「まさか、また動いてる……!?」
 

 鏡の前に立つ剛は、拳を握った。

 これは“誰か”が、異世界から何かを送り込もうとしている証。

 
 そのとき――鏡の奥から、声が届いた。

 
 >「……剛……聞こえるか……」
 >「……こちらの世界でも、何かが……蠢いている……」
 >「タケルさん……? タケルさんなのか……?」
 

 鏡の表面に、ぼんやりと人影が浮かぶ。
 それは紛れもなく――異世界でともに戦ったもう一人の勇者、タケルだった。

 
 「タケルさん! どういうことだ? そっちも、何かが?」

 
 >「ああ……今朝から、王都近郊に“黒い炎”が現れた。
  俺たちが封じたはずの“記憶の封印”が……内部から壊されている。
  そしてその中心に、“名を呼ぶ声”がある……」
 

 タケルの顔が険しくなる。

 
 >「……その声は、剛。お前と、俺の“両方”を呼んでいる」

 
 剛は、その言葉に背筋が凍るのを感じた。
 

 自分とタケル――世界を跨いだ二人の存在を“同時に呼ぶ声”。

 それは、ただの敵ではない。

 このふたつの世界を、再び統合しようとする何か――
 

 鏡が微かに揺れる。

 京がそっと剛の腕を掴む。

 
 「剛、行くの……?」

「……分かんない。でも、もし行かないで“全部が繋がって”しまったら、それこそ手遅れだ」
 

 剛はもう迷っていなかった。

 異世界へ戻るつもりはなかった。
 けれど、守りたいものがあるなら、自分から踏み出さなきゃいけない。

 
 「でも……」

 
 京の声が震える。

 剛は彼女の手を取り、しっかりと握り返した。

 
 「一人じゃ行かない。今回は――一緒に来てくれ」

 
 京の目に驚きが浮かび、やがて静かに涙がにじむ。

 「……分かった。絶対、帰ってこようね。今度こそ、全部終わらせて、戻ってこよう」

「あぁ。何があっても、二人で生きて帰ろう」
 

 ふたりは鏡の前に立ち、再び、世界を越える決意を固めた。

 
 ――祈りは、まだ終わっていない。

 そして、この物語の“最終戦”が、今、幕を開けようとしていた。
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