私の部下 ~マザコンでしたが、今では恋人で、夫です。

naomikoryo

文字の大きさ
20 / 31

第20話 「母からの置き手紙『陽翔へ、ママは一度離れます』」

しおりを挟む
 日曜の午後。
 雨は上がっていた。けれど、空はどこかまだ泣き止んだばかりの顔をしていて、
 街のざわめきも、いつもより音が低く聞こえる。

 私はリビングで書類を整理していた。
 陽翔は午前中、ちょっとした買い物へ出かけていた。

 その時、スマホが震えた。

📩【陽翔】
美月さん。
ママの家に行ったら……置き手紙がありました。
少し、時間をもらえますか?

 

 文字を見た瞬間、私は立ち上がっていた。

(置き手紙……?)

(まさか――)

 

***

 

 夕方、陽翔は帰ってきた。

 その手には、折りたたまれた便箋が握られていた。
 玄関で靴を脱ぎながら、彼は静かに言った。

「……ママ、いませんでした。家、がらんとしてて。荷物も、半分以上なかった」

「えっ……」

「冷蔵庫に入ってたのは、ハイチュウ3つと水だけで……。
 テーブルにこれが置いてありました」

 

 彼は便箋を私に差し出した。

 私は躊躇いながらも、それを受け取り、開いた。

 

陽翔へ

あんたがこの手紙を読む頃には、
ママはしばらくの間、どっかの海沿いにいます。スマホはオフ。

びっくりさせてごめんね。
でも、ちょっとだけ“ママ”をお休みしようと思ったの。

あんたの人生が動き出したのが分かって、
その隣に、私の役目はもう無いんじゃないかって、ようやく気づいたの。

寂しくないって言ったらウソになるけどね。
でも、あんたが誰かのために泣けるようになった今、
ママはもう、“守るばっかの人”じゃなくていい。

だから、“自分の人生”ってやつ、
そろそろ本気で掴みにいきなさい。

それが美月ちゃんなら、ママは全力で祝福する。
あんたが選んだ人なら、きっと間違いない。

ママより。

 

 私は、手紙をそっと閉じた。
 陽翔はじっと私の顔を見ていた。

 

「……美月さん。俺、どうしたらいいと思いますか?」

 

 彼の声は、どこまでも静かだった。
 昨日までの動揺も、怒りも、甘えも、全て消えていた。

 ただ、ひとりの大人として、
 “最愛の人”に向き合おうとしていた。

 

「どうしたらいいって……それは、自分で決めなきゃ」

「はい」

 

 陽翔は、椅子に深く腰を下ろして、少しだけ笑った。

「……ママが、俺の人生からちゃんと一度“手を離してくれた”の、初めてです」

「……うん」

「なんか、ようやく俺、自分のことを考えられそうです。
 誰でもなく、ママでもなく、“俺”の気持ちを」

 

 私はうなずきながら、言った。

「……で、今、“陽翔”の気持ちはどこ向いてるの?」

 

 彼はまっすぐに、私の目を見た。
 その瞳に、もう少年のような揺れはなかった。

「――美月さんです」

 

「俺、あなたの隣にいたい。ちゃんと、大人として。
 あなたの心を奪いたいって思ってます」

 

 私は、一瞬だけ目を閉じた。
 深く息を吸って、そして――笑った。

「じゃあまず、その気持ちがホンモノかどうか……試させてもらうわね」

「……はい。全力で証明します」

 

 彼の笑顔は、今まで見たどんな表情よりも、まっすぐだった。

 

***

 

 夜、ベッドに入る前。

 私はひとり、さっきの手紙をもう一度読んでいた。

 そこにあったのは、
 **“母としてのラストメッセージ”であり、“一人の女の人間としての優しい後退”**だった。

 

(玲奈さん……あなた、ほんと、すごいママだよ)

 

 私は、しっかりと陽翔と向き合ってみようと思った。

 もう彼は、ママに甘えるだけの子どもじゃない。
 私に“好きだ”と堂々と言える、大人になり始めている。

 

 この同居生活は、始まりのための準備期間だったのかもしれない。

 

(つづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...