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『大島拓真~距離の方程式』第1話:遠くから見ていた
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放課後のパソコン室には、いつもと同じ静けさが流れていた。
俺は一番奥の端末の前に座り、画面とキーボードを前にして黙々とコードを打ち込んでいる。タイピングの音だけが、この部屋の空気を支配していた。
他の生徒はもう帰ったのか、隣の席は今日も空っぽだ。
"if スコア >= ランク基準 then..."
「……よし、分岐調整完了っと。」
中学生の頃から趣味で作っている、自作のアクションゲーム。今のバージョンは0.93。シンプルなドット絵キャラが走ってジャンプして敵を避けるだけの構成だけど、意外と難易度は高い。クリアまでのルートに隠し要素をいくつか仕込んである。
誰に頼まれたわけでもない。SNSで公開しているわけでもない。だけど、こうして一人で黙々とコードを書いて、テストプレイを重ねて、うまく動いた時の満足感は何にも代えがたい。
誰にも言ったことはないけど、将来はゲームエンジニアか、シナリオライターをやってみたいと思ってる。
「……あれ?」
唐突に、ドアの開く音がした。
ガララッ。
顔を上げると、そこに立っていたのは——
「大島くん……だよね?」
驚いた。
廊下の蛍光灯に照らされ、半身だけ光に浮かんでいる彼女。
——長谷川茜。
同じ学年、でも違うクラスの4組。陸上部で、いつも元気で、運動神経も良くて、学年中に知られているような子だ。俺とは正反対の人種。接点なんて、ないはずだった。
だけど、俺は彼女のことを知っていた。というより、ずっと遠くから見ていた。
たとえば、クラス対抗リレーで疾走する後ろ姿。たとえば、教室の前で友達と談笑する横顔。たとえば、笑ったときの目元の柔らかさ。
まるで画面の中のヒロインみたいに、遠くにいた。
そんな彼女が、今、俺の目の前にいる。
「……あ、ああ。なにか、用……?」
「ごめん、間違えて教室覗いちゃって。でも、あれ? なんか面白そうな画面だね。」
茜は、俺のモニターを覗き込む。
しまった、さっきテストプレイ用に立ち上げていたゲーム画面をそのままにしていた。
「これ……ゲーム?」
「う、うん。ちょっと自分で作ってて。」
「え!? これ、大島くんが作ったの?」
「まあ……うん。趣味、みたいな。」
茜はモニターをじっと見つめ、目を丸くしていた。
「すごい! キャラとか、動きがちゃんとしてる! わ、なんか懐かしい感じもするし!」
「そ、そう? ドット絵だからかな……」
「ちょっとやってみていい?」
「……え?」
「ね、お願い!」
あまりの勢いに、つい頷いてしまった。
「じゃあ……このキーでジャンプ、こっちで攻撃。敵を倒すとスコアが上がる。制限時間内にどれだけスコアを稼げるかってルールで……」
「あー、オッケーオッケー、やってみればわかるって!」
そう言って笑う茜の顔が、モニターよりも眩しかった。
彼女は真剣そのものの表情でゲームに挑みはじめた。キーを押す指は意外にも器用で、初見とは思えないほどスムーズにキャラクターを操作している。
「うわっ、敵速いな……でもジャンプタイミング掴めた!」
画面の中のキャラがトラップをかわし、敵を攻撃し、ハイスコアゾーンに突入していく。
——いや、待て。これは……。
終了のブザーが鳴った。
「はいっ、終わりっと!」
茜は得意げな顔で画面を指差した。
スコア:3540点
俺のベストスコア、3610点
「……っ」
「わ、負けちゃった? 私!」
「いやいや……初めてやって、このスコア……凄いってば。 俺、作った本人だぞ?」
「え、そうかな? ふふっ、なんか夢中になっちゃった。」
茜が照れたように笑って、ほんの少し、頬を赤らめた。
その顔を見た瞬間——
ドクン。
心臓が跳ねた。
なんだこれ。俺、どうしたんだ。
笑ってるだけなのに、目が合っただけなのに、呼吸がちょっとだけ浅くなる。
「……ありがとう。嬉しい、楽しんでもらえて。」
「うん、ほんとに面白かったよ!」
彼女はまっすぐに言ってくれた。遠慮も気遣いもない、ただの“感想”。
それが、嬉しかった。
「大島くん、これって……もっと他の人にもやらせたらいいのに。」
「え?」
「こんなに面白いのに、もったいないよ!」
俺は、どう答えたらいいか分からず、苦笑いするしかなかった。
「また……やってもいい?」
「……もちろん。」
彼女は嬉しそうに頷き、「じゃ、またね!」とパソコン室を出ていった。
ドアが閉まり、また静寂が戻ってくる。
だけど、さっきまでの空気とは明らかに違っていた。
机の上に置かれたキーボード、少し温もりの残る椅子、そしてモニターに映ったスコア画面——。
そこに確かに存在していたのは、俺一人の世界に入ってきた“誰か”の気配だった。
長谷川茜。
遠くから見ているだけだった彼女が、たった今、俺のすぐ隣にいた。
その事実が、俺の胸の奥で静かに燃えはじめる。
(……明日も、ここに来てくれたらいいのに)
そう思った瞬間、自分でも驚くほどに、頬が熱くなった。
俺は一番奥の端末の前に座り、画面とキーボードを前にして黙々とコードを打ち込んでいる。タイピングの音だけが、この部屋の空気を支配していた。
他の生徒はもう帰ったのか、隣の席は今日も空っぽだ。
"if スコア >= ランク基準 then..."
「……よし、分岐調整完了っと。」
中学生の頃から趣味で作っている、自作のアクションゲーム。今のバージョンは0.93。シンプルなドット絵キャラが走ってジャンプして敵を避けるだけの構成だけど、意外と難易度は高い。クリアまでのルートに隠し要素をいくつか仕込んである。
誰に頼まれたわけでもない。SNSで公開しているわけでもない。だけど、こうして一人で黙々とコードを書いて、テストプレイを重ねて、うまく動いた時の満足感は何にも代えがたい。
誰にも言ったことはないけど、将来はゲームエンジニアか、シナリオライターをやってみたいと思ってる。
「……あれ?」
唐突に、ドアの開く音がした。
ガララッ。
顔を上げると、そこに立っていたのは——
「大島くん……だよね?」
驚いた。
廊下の蛍光灯に照らされ、半身だけ光に浮かんでいる彼女。
——長谷川茜。
同じ学年、でも違うクラスの4組。陸上部で、いつも元気で、運動神経も良くて、学年中に知られているような子だ。俺とは正反対の人種。接点なんて、ないはずだった。
だけど、俺は彼女のことを知っていた。というより、ずっと遠くから見ていた。
たとえば、クラス対抗リレーで疾走する後ろ姿。たとえば、教室の前で友達と談笑する横顔。たとえば、笑ったときの目元の柔らかさ。
まるで画面の中のヒロインみたいに、遠くにいた。
そんな彼女が、今、俺の目の前にいる。
「……あ、ああ。なにか、用……?」
「ごめん、間違えて教室覗いちゃって。でも、あれ? なんか面白そうな画面だね。」
茜は、俺のモニターを覗き込む。
しまった、さっきテストプレイ用に立ち上げていたゲーム画面をそのままにしていた。
「これ……ゲーム?」
「う、うん。ちょっと自分で作ってて。」
「え!? これ、大島くんが作ったの?」
「まあ……うん。趣味、みたいな。」
茜はモニターをじっと見つめ、目を丸くしていた。
「すごい! キャラとか、動きがちゃんとしてる! わ、なんか懐かしい感じもするし!」
「そ、そう? ドット絵だからかな……」
「ちょっとやってみていい?」
「……え?」
「ね、お願い!」
あまりの勢いに、つい頷いてしまった。
「じゃあ……このキーでジャンプ、こっちで攻撃。敵を倒すとスコアが上がる。制限時間内にどれだけスコアを稼げるかってルールで……」
「あー、オッケーオッケー、やってみればわかるって!」
そう言って笑う茜の顔が、モニターよりも眩しかった。
彼女は真剣そのものの表情でゲームに挑みはじめた。キーを押す指は意外にも器用で、初見とは思えないほどスムーズにキャラクターを操作している。
「うわっ、敵速いな……でもジャンプタイミング掴めた!」
画面の中のキャラがトラップをかわし、敵を攻撃し、ハイスコアゾーンに突入していく。
——いや、待て。これは……。
終了のブザーが鳴った。
「はいっ、終わりっと!」
茜は得意げな顔で画面を指差した。
スコア:3540点
俺のベストスコア、3610点
「……っ」
「わ、負けちゃった? 私!」
「いやいや……初めてやって、このスコア……凄いってば。 俺、作った本人だぞ?」
「え、そうかな? ふふっ、なんか夢中になっちゃった。」
茜が照れたように笑って、ほんの少し、頬を赤らめた。
その顔を見た瞬間——
ドクン。
心臓が跳ねた。
なんだこれ。俺、どうしたんだ。
笑ってるだけなのに、目が合っただけなのに、呼吸がちょっとだけ浅くなる。
「……ありがとう。嬉しい、楽しんでもらえて。」
「うん、ほんとに面白かったよ!」
彼女はまっすぐに言ってくれた。遠慮も気遣いもない、ただの“感想”。
それが、嬉しかった。
「大島くん、これって……もっと他の人にもやらせたらいいのに。」
「え?」
「こんなに面白いのに、もったいないよ!」
俺は、どう答えたらいいか分からず、苦笑いするしかなかった。
「また……やってもいい?」
「……もちろん。」
彼女は嬉しそうに頷き、「じゃ、またね!」とパソコン室を出ていった。
ドアが閉まり、また静寂が戻ってくる。
だけど、さっきまでの空気とは明らかに違っていた。
机の上に置かれたキーボード、少し温もりの残る椅子、そしてモニターに映ったスコア画面——。
そこに確かに存在していたのは、俺一人の世界に入ってきた“誰か”の気配だった。
長谷川茜。
遠くから見ているだけだった彼女が、たった今、俺のすぐ隣にいた。
その事実が、俺の胸の奥で静かに燃えはじめる。
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そう思った瞬間、自分でも驚くほどに、頬が熱くなった。
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