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『小林悠馬と梅田奈々~三角の距離、まっすぐな心~』第3話:「いつも通り、のはずだった」
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「なんでこんなに気になるんだろうな」
そんなことを、自分に問いかけるようになったのは、ほんの最近のことだ。
教室でノートを取る手が止まり、無意識に視線が前の席の斜め左に向いていた。
窓際の光に照らされて、髪の束が透けるように揺れる。
その持ち主は、当然のように、梅田奈々だった。
——中学から、ずっと一緒のクラス。
「特別な関係」と呼ぶほどのことは何もない。
でも、俺の中では“当たり前”の一部だった。
テスト範囲を聞かれたり、忘れ物を貸し借りしたり、
時には「眠い」「寒い」「お腹すいた」といった、取りとめもない会話で、昼休みが過ぎていく。
特別じゃないからこそ、気楽で。
それが、きっと“心地よさ”だった。
……はず、だった。
異変に気づいたのは、4月の終わり頃だった。
サッカー部の練習中、いつもと違う視線を感じた。
振り返ると、グラウンド脇のベンチに、見慣れた制服姿があった。
奈々だった。
別に、奈々が見に来ることは珍しくない。
友達と話してるついでに眺めてるだけなのはわかってる。
でもその日は違った。
——彼女の隣に、中井陽介がいた。
キーパーグローブを片手に持ち、奈々と何か話して笑っている。
陽介はいつものように明るく、無防備で、飾らない笑顔を向けていた。
その姿を見たとき、胸の奥がすこしザラついた。
陽介とは、部活の仲間だ。
ポジションはGK。俺とは守備ラインで連携を取る機会が多くて、互いの動きはよくわかってる。
判断が速く、ジャンプ力がある。チームにとっては欠かせない存在。
プレー中の陽介には、素直に尊敬の気持ちがある。
……ただ、それと、個人的な感情は別だった。
「おい悠馬、次の練習試合、俺たちの鉄壁見せてやろうぜ!」
「……ああ。」
「てかさ、梅田来るかなー、あの子、たまに来るじゃん?」
「……さあな。」
陽介は悪気がない。
だけど、その無邪気さが、時に俺の中の何かをかき乱す。
ある日、授業中に提出ノートを回していたとき、奈々のノートのページがチラッと目に入った。
きれいな字で並べられた感想文の中に、ふと目を引く一文があった。
「同じ景色を、誰と見るかで意味が変わる気がする」
俺は、その言葉が妙に心に引っかかって、ページを閉じた後もしばらく頭の中で反芻していた。
——誰と、見るか。
放課後。
たまたま昇降口で奈々と一緒になった。
「ねえ、悠馬」
「ん?」
「中井くんって、やっぱり部活でも明るいの?」
「……まあ、基本テンション高いよ。試合中もずっと叫んでる。」
「ふふ、想像つく。」
奈々は楽しそうに笑った。
俺は、その笑顔にどこか違和感を覚えた。
それはたぶん、「俺が知らない奈々の顔」だったからだ。
その日の練習後。
グラウンドから帰ろうとしたとき、陽介がこっちに寄ってきた。
「なあ悠馬」
「ん?」
「……梅田、好きなの?」
「は?」
思わず立ち止まった。
「いや、さっき声かけたときさ、すげえ見てたよな。お前。なんか気になって。」
陽介の声は、いつになく真面目だった。
「……別に」
「そうか」
「お前は?」
「……さあ。俺も、まだよくわかんない」
二人とも黙ったまま、帰り道の坂を歩いた。
言葉がないまま並んでいるのに、何かが張り詰めていた。
家に帰って、シャワーを浴びて、机に向かったけど、
目の前の英単語は、何ひとつ頭に入ってこなかった。
スマホを開いて、LINEの画面を見る。
奈々とのやりとりは、ここ数週間変わっていない。
【明日の小テスト、範囲ここまでだよ】
【さんきゅー】
【また寝坊しないでね】
【努力します】
……この“変わらなさ”が、いつか変わってしまう気がした。
それが怖かった。
「梅田奈々」は、俺にとって“いつも隣にいる”存在だった。
だけど今は、
陽介の隣に立って笑っている彼女が、どうしようもなく眩しくて。
そして、自分の隣に戻ってきてくれない気がして。
俺は初めて、自分が——
彼女のことを、ちゃんと好きなんだと気づいた。
でも、今さらそんな感情を口にしたところで、
何が変わるんだろう。
——そんな迷いが、胸の奥でしずかに重たく沈んでいた。
翌朝、教室のドアを開けたとき。
窓際の席で、教科書を広げている奈々と目が合った。
「おはよう」
「おはよ。……今日、曇りだね。」
「うん、降るかも。」
それだけの会話。
“いつも通り”の、変わらないやりとり。
でも俺の中では、すでに何かが変わってしまっていた。
それを隠すように、俺はそっと目をそらした。
そんなことを、自分に問いかけるようになったのは、ほんの最近のことだ。
教室でノートを取る手が止まり、無意識に視線が前の席の斜め左に向いていた。
窓際の光に照らされて、髪の束が透けるように揺れる。
その持ち主は、当然のように、梅田奈々だった。
——中学から、ずっと一緒のクラス。
「特別な関係」と呼ぶほどのことは何もない。
でも、俺の中では“当たり前”の一部だった。
テスト範囲を聞かれたり、忘れ物を貸し借りしたり、
時には「眠い」「寒い」「お腹すいた」といった、取りとめもない会話で、昼休みが過ぎていく。
特別じゃないからこそ、気楽で。
それが、きっと“心地よさ”だった。
……はず、だった。
異変に気づいたのは、4月の終わり頃だった。
サッカー部の練習中、いつもと違う視線を感じた。
振り返ると、グラウンド脇のベンチに、見慣れた制服姿があった。
奈々だった。
別に、奈々が見に来ることは珍しくない。
友達と話してるついでに眺めてるだけなのはわかってる。
でもその日は違った。
——彼女の隣に、中井陽介がいた。
キーパーグローブを片手に持ち、奈々と何か話して笑っている。
陽介はいつものように明るく、無防備で、飾らない笑顔を向けていた。
その姿を見たとき、胸の奥がすこしザラついた。
陽介とは、部活の仲間だ。
ポジションはGK。俺とは守備ラインで連携を取る機会が多くて、互いの動きはよくわかってる。
判断が速く、ジャンプ力がある。チームにとっては欠かせない存在。
プレー中の陽介には、素直に尊敬の気持ちがある。
……ただ、それと、個人的な感情は別だった。
「おい悠馬、次の練習試合、俺たちの鉄壁見せてやろうぜ!」
「……ああ。」
「てかさ、梅田来るかなー、あの子、たまに来るじゃん?」
「……さあな。」
陽介は悪気がない。
だけど、その無邪気さが、時に俺の中の何かをかき乱す。
ある日、授業中に提出ノートを回していたとき、奈々のノートのページがチラッと目に入った。
きれいな字で並べられた感想文の中に、ふと目を引く一文があった。
「同じ景色を、誰と見るかで意味が変わる気がする」
俺は、その言葉が妙に心に引っかかって、ページを閉じた後もしばらく頭の中で反芻していた。
——誰と、見るか。
放課後。
たまたま昇降口で奈々と一緒になった。
「ねえ、悠馬」
「ん?」
「中井くんって、やっぱり部活でも明るいの?」
「……まあ、基本テンション高いよ。試合中もずっと叫んでる。」
「ふふ、想像つく。」
奈々は楽しそうに笑った。
俺は、その笑顔にどこか違和感を覚えた。
それはたぶん、「俺が知らない奈々の顔」だったからだ。
その日の練習後。
グラウンドから帰ろうとしたとき、陽介がこっちに寄ってきた。
「なあ悠馬」
「ん?」
「……梅田、好きなの?」
「は?」
思わず立ち止まった。
「いや、さっき声かけたときさ、すげえ見てたよな。お前。なんか気になって。」
陽介の声は、いつになく真面目だった。
「……別に」
「そうか」
「お前は?」
「……さあ。俺も、まだよくわかんない」
二人とも黙ったまま、帰り道の坂を歩いた。
言葉がないまま並んでいるのに、何かが張り詰めていた。
家に帰って、シャワーを浴びて、机に向かったけど、
目の前の英単語は、何ひとつ頭に入ってこなかった。
スマホを開いて、LINEの画面を見る。
奈々とのやりとりは、ここ数週間変わっていない。
【明日の小テスト、範囲ここまでだよ】
【さんきゅー】
【また寝坊しないでね】
【努力します】
……この“変わらなさ”が、いつか変わってしまう気がした。
それが怖かった。
「梅田奈々」は、俺にとって“いつも隣にいる”存在だった。
だけど今は、
陽介の隣に立って笑っている彼女が、どうしようもなく眩しくて。
そして、自分の隣に戻ってきてくれない気がして。
俺は初めて、自分が——
彼女のことを、ちゃんと好きなんだと気づいた。
でも、今さらそんな感情を口にしたところで、
何が変わるんだろう。
——そんな迷いが、胸の奥でしずかに重たく沈んでいた。
翌朝、教室のドアを開けたとき。
窓際の席で、教科書を広げている奈々と目が合った。
「おはよう」
「おはよ。……今日、曇りだね。」
「うん、降るかも。」
それだけの会話。
“いつも通り”の、変わらないやりとり。
でも俺の中では、すでに何かが変わってしまっていた。
それを隠すように、俺はそっと目をそらした。
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