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『若松隼人と橘優衣~Hello, again~』第5話:「No Translation Needed」
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体育館は、昼休みのざわつきとは違う静けさに包まれていた。
毎年恒例の「英語スピーチコンテスト」。
各クラスから推薦された生徒たちが、自分のテーマで英語を話す舞台。
観客は、生徒、保護者、そして何より――クラスメイト。
この空間の中で、“話す”ことが一番怖いのは、
「知ってる人たち」の前で話すことだった。
その舞台に、今まさにひとりの少年が立とうとしていた。
若松隼人。
海外経験があり、英語が堪能な彼にとって、
“言葉”を使うことは日常だった。
でも、“気持ち”を乗せるのは、
きっと、これが初めてだった。
**
壇上に上がる前、
控えスペースで彼は深呼吸をした。
袖口をぎゅっと握ると、
聞こえてきたのは、優衣の声だった。
「だいじょうぶ。いつも通りでいいよ」
「……ありがとう」
「隼人くんの声は、きっと誰かの心に届くから」
彼女はそう言って、そっと彼の背中を押した。
まるで、風が海に向かって吹くような、自然な力だった。
**
マイクの前に立ったとき、
会場の空気が一段と静まった。
彼の声は、決して大きくはない。
でも、ひとつひとつの言葉に、体温があった。
“I used to believe that belonging meant fitting in.”
(僕はかつて、居場所というのは「同じになること」だと思っていました)
“But no matter how hard I tried,
I couldn’t erase who I was.”
(でも、どんなに頑張っても、自分自身を消すことはできなかった)
“Then I met someone who told me,
‘You can stay. Just as you are.’”
(そんなとき、こう言ってくれた人がいました。
「そのままで、ここにいていいんだよ」と)
“That’s when I realized—
Belonging is not about being the same.
It’s about being accepted.”
(そのとき気づきました。
居場所とは、誰かと同じになることではなく、
そのままを受け入れてもらうことなのだと)
言葉の端々に、静かな熱が込められていた。
誰かを責めるでもなく、
自分を飾るでもなく、
ただ――素直な想いが並んでいた。
会場のあちこちで、聞き入る生徒の目がまっすぐになっていた。
その中には、橘優衣の姿もあった。
静かにうなずきながら、
彼の一言一言を、まるで自分のことのように受け止めていた。
**
スピーチが終わると、
会場はあたたかい拍手に包まれた。
大きな歓声ではない。
けれど、確かにひとつひとつの手のひらが、
「ありがとう」と言っているように聞こえた。
壇上から降りた隼人は、
まっすぐに優衣の方へ歩いていった。
優衣は、何も言わずに笑った。
その笑顔を見た瞬間――
言葉なんて、もういらなかった。
**
放課後。
ふたりは並んで歩いていた。
体育館裏の、夕日が差し込む坂道。
人通りもなく、静かな時間が流れている。
「……ありがとう。来てくれて」
「ううん、むしろ私の方こそ」
ふたりは立ち止まると、自然に顔を見合わせた。
隼人は、何かを迷っているような表情で、
でも、ちゃんと前を見て言った。
「優衣」
「うん?」
「……俺、たぶん、君に出会えてよかったって、何回言っても足りないと思う」
「……!」
「でも、それでも言いたくなる。
……好きだよ」
彼は、英語ではなく、日本語で言った。
その“翻訳のいらない言葉”は、まっすぐに優衣の胸に届いた。
優衣は、一瞬だけ驚いた顔をしたあと――
頬を赤らめながら、小さく笑った。
そして、照れくさそうに言った。
「……知ってた」
その言葉に、ふたりは同時に、声を出して笑った。
伝えるって、難しい。
でも、ちゃんと向き合えば、
翻訳なんていらない。
ふたりだけの言葉は、
もう、とっくに育っていたのだから。
そして、夕陽がふたりの影を長く伸ばしていった。
その影が交わる場所に――
“ふたりの居場所”が、そっと息をしていた。
毎年恒例の「英語スピーチコンテスト」。
各クラスから推薦された生徒たちが、自分のテーマで英語を話す舞台。
観客は、生徒、保護者、そして何より――クラスメイト。
この空間の中で、“話す”ことが一番怖いのは、
「知ってる人たち」の前で話すことだった。
その舞台に、今まさにひとりの少年が立とうとしていた。
若松隼人。
海外経験があり、英語が堪能な彼にとって、
“言葉”を使うことは日常だった。
でも、“気持ち”を乗せるのは、
きっと、これが初めてだった。
**
壇上に上がる前、
控えスペースで彼は深呼吸をした。
袖口をぎゅっと握ると、
聞こえてきたのは、優衣の声だった。
「だいじょうぶ。いつも通りでいいよ」
「……ありがとう」
「隼人くんの声は、きっと誰かの心に届くから」
彼女はそう言って、そっと彼の背中を押した。
まるで、風が海に向かって吹くような、自然な力だった。
**
マイクの前に立ったとき、
会場の空気が一段と静まった。
彼の声は、決して大きくはない。
でも、ひとつひとつの言葉に、体温があった。
“I used to believe that belonging meant fitting in.”
(僕はかつて、居場所というのは「同じになること」だと思っていました)
“But no matter how hard I tried,
I couldn’t erase who I was.”
(でも、どんなに頑張っても、自分自身を消すことはできなかった)
“Then I met someone who told me,
‘You can stay. Just as you are.’”
(そんなとき、こう言ってくれた人がいました。
「そのままで、ここにいていいんだよ」と)
“That’s when I realized—
Belonging is not about being the same.
It’s about being accepted.”
(そのとき気づきました。
居場所とは、誰かと同じになることではなく、
そのままを受け入れてもらうことなのだと)
言葉の端々に、静かな熱が込められていた。
誰かを責めるでもなく、
自分を飾るでもなく、
ただ――素直な想いが並んでいた。
会場のあちこちで、聞き入る生徒の目がまっすぐになっていた。
その中には、橘優衣の姿もあった。
静かにうなずきながら、
彼の一言一言を、まるで自分のことのように受け止めていた。
**
スピーチが終わると、
会場はあたたかい拍手に包まれた。
大きな歓声ではない。
けれど、確かにひとつひとつの手のひらが、
「ありがとう」と言っているように聞こえた。
壇上から降りた隼人は、
まっすぐに優衣の方へ歩いていった。
優衣は、何も言わずに笑った。
その笑顔を見た瞬間――
言葉なんて、もういらなかった。
**
放課後。
ふたりは並んで歩いていた。
体育館裏の、夕日が差し込む坂道。
人通りもなく、静かな時間が流れている。
「……ありがとう。来てくれて」
「ううん、むしろ私の方こそ」
ふたりは立ち止まると、自然に顔を見合わせた。
隼人は、何かを迷っているような表情で、
でも、ちゃんと前を見て言った。
「優衣」
「うん?」
「……俺、たぶん、君に出会えてよかったって、何回言っても足りないと思う」
「……!」
「でも、それでも言いたくなる。
……好きだよ」
彼は、英語ではなく、日本語で言った。
その“翻訳のいらない言葉”は、まっすぐに優衣の胸に届いた。
優衣は、一瞬だけ驚いた顔をしたあと――
頬を赤らめながら、小さく笑った。
そして、照れくさそうに言った。
「……知ってた」
その言葉に、ふたりは同時に、声を出して笑った。
伝えるって、難しい。
でも、ちゃんと向き合えば、
翻訳なんていらない。
ふたりだけの言葉は、
もう、とっくに育っていたのだから。
そして、夕陽がふたりの影を長く伸ばしていった。
その影が交わる場所に――
“ふたりの居場所”が、そっと息をしていた。
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