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『篠原千夏~答えより先に、君がいた~』第5話:「答えより先に、君がいた」
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進路希望調査の提出期限は、今週の金曜日だった。
篠原千夏は、その紙をまだカバンの奥に入れたままにしていた。
目に入るたびに、ペンを握っては止める、そんな日が何日も続いていた。
(何を書けば“正解”なんだろう)
志望校。将来の職業。夢。
誰かに「えらいね」と言われそうな答えを、きれいに並べることなら、たぶんできる。
でも、そこに“本音”がないことを、千夏はもう知っていた。
だから、まだ書けなかった。
**
吉田大輝もまた、似たようなプリントを前にため息をついていた。
自分の“好き”がどこに繋がるのか、まだ分からない。
でも、それを恥じる必要はないと、誰よりも自分が分かっていた。
彼の中で変わったのは、
「分からない」と言える相手ができたことだった。
その相手の名前は、篠原千夏。
模範解答ばかりを追いかけていた彼女が、
今はときどき“分からない”と笑うようになった。
その笑顔を見たとき、大輝は思った。
(この子が隣にいるなら、わからない未来も、そんなに怖くない)
**
金曜日の夜。
ふたりは塾の自習室で、偶然ではなく“約束して”並んで座っていた。
「進路希望、出した?」
千夏の問いに、大輝は肩をすくめた。
「白紙提出コース、まっしぐらです」
「同じ」
「俺ら、“わからない同盟”って名乗っていこうか」
「……それ、ちょっとだけ恥ずかしい」
「ちょっとだけ?」
「うん、“ちょっとだけ”ね」
千夏はふっと笑った。
以前よりも、少しだけ声が弾んでいる。
大輝は、その笑顔に見とれそうになって、視線をそらした。
「……なあ、千夏」
「ん?」
「俺さ、たぶん“将来の夢”って、いまだに見つかってないと思うんだ。
でも、ひとつだけ思うのはさ」
彼は、机の上でペンをくるくる回しながら続けた。
「“誰かと一緒に歩いてく”ってことは、
夢とか未来とかの正解よりも、ずっと大事なんじゃないかなって」
千夏は、少しだけ目を見開いた。
「それって……」
「そういうこと」
言葉にするのは、ちょっと怖かった。
でも、言わなきゃ、進めないと思った。
「千夏が隣にいてくれたら、
たとえ“答え”がなくても、俺は進んでいける気がする」
静かな沈黙。
それは、気まずさではなかった。
言葉を、胸の中でゆっくりと温めている時間だった。
そして――
「私も……そうかもしれない」
千夏がそっと言った。
「“正しい”ってことに、ずっと縛られてきたけど、
間違えたくないって、ずっと思ってたけど、
大輝くんと話してると、間違えても大丈夫って思えるから」
「それ、最高の褒め言葉じゃん」
「ふふっ、調子に乗らないで」
でも、声は楽しそうだった。
**
教室を出たあと、ふたりはコンビニに寄って、
定番になりつつあるファミチキをひとつずつ買った。
風が冷たくなってきた帰り道。
手にした袋から漂う匂いが、あたたかさを運んでくる。
「ねえ、大輝くん」
「うん?」
「“好き”って、何だと思う?」
「え? ファミチキの話じゃないよね?」
「違うよ」
「んー……その人といると、理由なく笑えるってことかな」
「じゃあ、私は?」
「……めっちゃ笑ってるじゃん、最近」
千夏は恥ずかしそうにうつむいた。
「……たぶん、私、
“好き”ってこういうことなのかもって思い始めてる」
それを聞いて、大輝は口元をゆるめて、
まっすぐ千夏の手を取った。
強くもなく、緩くもなく、自然に、そこにあった。
「俺、千夏が好きだよ」
静かに、でもはっきりと。
「わからないことが多いからこそ、
一緒に歩きたいって、思ってる」
千夏はその言葉に、もう逃げなかった。
うなずきながら、小さく――でも確かに答えた。
「……うん、私も」
**
その夜、千夏は進路希望調査の紙を開いた。
そこにはまだ空欄が多かった。
でも、備考欄にひとことだけ、こう書き加えた。
「わからないことを、一緒に探せる人がいます」
それだけで、なんだか少しだけ未来が優しくなった気がした。
篠原千夏は、その紙をまだカバンの奥に入れたままにしていた。
目に入るたびに、ペンを握っては止める、そんな日が何日も続いていた。
(何を書けば“正解”なんだろう)
志望校。将来の職業。夢。
誰かに「えらいね」と言われそうな答えを、きれいに並べることなら、たぶんできる。
でも、そこに“本音”がないことを、千夏はもう知っていた。
だから、まだ書けなかった。
**
吉田大輝もまた、似たようなプリントを前にため息をついていた。
自分の“好き”がどこに繋がるのか、まだ分からない。
でも、それを恥じる必要はないと、誰よりも自分が分かっていた。
彼の中で変わったのは、
「分からない」と言える相手ができたことだった。
その相手の名前は、篠原千夏。
模範解答ばかりを追いかけていた彼女が、
今はときどき“分からない”と笑うようになった。
その笑顔を見たとき、大輝は思った。
(この子が隣にいるなら、わからない未来も、そんなに怖くない)
**
金曜日の夜。
ふたりは塾の自習室で、偶然ではなく“約束して”並んで座っていた。
「進路希望、出した?」
千夏の問いに、大輝は肩をすくめた。
「白紙提出コース、まっしぐらです」
「同じ」
「俺ら、“わからない同盟”って名乗っていこうか」
「……それ、ちょっとだけ恥ずかしい」
「ちょっとだけ?」
「うん、“ちょっとだけ”ね」
千夏はふっと笑った。
以前よりも、少しだけ声が弾んでいる。
大輝は、その笑顔に見とれそうになって、視線をそらした。
「……なあ、千夏」
「ん?」
「俺さ、たぶん“将来の夢”って、いまだに見つかってないと思うんだ。
でも、ひとつだけ思うのはさ」
彼は、机の上でペンをくるくる回しながら続けた。
「“誰かと一緒に歩いてく”ってことは、
夢とか未来とかの正解よりも、ずっと大事なんじゃないかなって」
千夏は、少しだけ目を見開いた。
「それって……」
「そういうこと」
言葉にするのは、ちょっと怖かった。
でも、言わなきゃ、進めないと思った。
「千夏が隣にいてくれたら、
たとえ“答え”がなくても、俺は進んでいける気がする」
静かな沈黙。
それは、気まずさではなかった。
言葉を、胸の中でゆっくりと温めている時間だった。
そして――
「私も……そうかもしれない」
千夏がそっと言った。
「“正しい”ってことに、ずっと縛られてきたけど、
間違えたくないって、ずっと思ってたけど、
大輝くんと話してると、間違えても大丈夫って思えるから」
「それ、最高の褒め言葉じゃん」
「ふふっ、調子に乗らないで」
でも、声は楽しそうだった。
**
教室を出たあと、ふたりはコンビニに寄って、
定番になりつつあるファミチキをひとつずつ買った。
風が冷たくなってきた帰り道。
手にした袋から漂う匂いが、あたたかさを運んでくる。
「ねえ、大輝くん」
「うん?」
「“好き”って、何だと思う?」
「え? ファミチキの話じゃないよね?」
「違うよ」
「んー……その人といると、理由なく笑えるってことかな」
「じゃあ、私は?」
「……めっちゃ笑ってるじゃん、最近」
千夏は恥ずかしそうにうつむいた。
「……たぶん、私、
“好き”ってこういうことなのかもって思い始めてる」
それを聞いて、大輝は口元をゆるめて、
まっすぐ千夏の手を取った。
強くもなく、緩くもなく、自然に、そこにあった。
「俺、千夏が好きだよ」
静かに、でもはっきりと。
「わからないことが多いからこそ、
一緒に歩きたいって、思ってる」
千夏はその言葉に、もう逃げなかった。
うなずきながら、小さく――でも確かに答えた。
「……うん、私も」
**
その夜、千夏は進路希望調査の紙を開いた。
そこにはまだ空欄が多かった。
でも、備考欄にひとことだけ、こう書き加えた。
「わからないことを、一緒に探せる人がいます」
それだけで、なんだか少しだけ未来が優しくなった気がした。
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