墨華宮の昼寝猫

naomikoryo

文字の大きさ
5 / 40

04)墨香は謀を隠す

しおりを挟む
皇帝・暁 飛燕から賜った「三日間の昼寝し放題権」。
それは、後宮における絶対的な権利であった。

李 雪蘭は、その権利を最大限に行使すべく、この二年間で培った後宮内の地理知識を総動員し、完璧な昼寝スポットを探し当てていた。

後宮の北西の端にある、今はもう使われていない天文台。
その屋根裏部屋だ。

埃っぽくはあるが、天窓から差し込む陽光は柔らかく、心地よい風が吹き抜ける。
そして何より、誰も来ない。

雪蘭は、至福の三日間を、文字通り、ほとんど寝て過ごした。

後宮では「幽霊騒ぎを解決した、謎の女官」として、自分の噂がまことしやかに囁かれていることなど、露知らず。

昼寝権最終日の午後。
雪蘭が最後の惰眠を貪っていると、階下から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「どういうことだ、説明しろ!」

「いえ、私どもは決して…!」

聞き覚えのある、凛とした声。
王 麗華だ。

彼女が、宦官たちに何かを厳しく問い詰めているらしい。

(……面倒だ)

昼寝の邪魔をされたことに、雪蘭は眉をひそめる。

しかし、騒ぎは収まる気配がない。
これでは、安眠できない。

雪蘭は、渋々、埃っぽい梁の上から、階下の様子を窺った。

「陛下に献上されるはずだった、世にも珍しい『白孔雀』が、昨夜、忽然と姿を消した!
厳重な警備を敷いていたにもかかわらず、だ!
これは、どういうことかと聞いている!」

麗華の怒声が、天文台に響き渡る。

どうやら、また事件らしい。
それも、皇帝の献上品が絡む、厄介な事件だ。

(……私の昼寝権が終わるのを、見計らったかのように…)

雪蘭の脳裏に、あの腹黒い皇帝の楽しそうな顔が浮かんだ。
間違いなく、これも、あの男が仕組んだ新たな「遊戯」なのだ。

◆◇◆

案の定、天文台から降りてきた雪蘭は、待ち構えていた麗華に腕を掴まれた。

「李 雪蘭!
ちょうど良いところに!
陛下は、この件も、貴様に任せると仰せだ!」

(……だろうと思った)

雪蘭は、心の内で深くて長いため息をついた。

「夜伽役」という伝家の宝刀をちらつかされては、下級女官である自分に拒否権はない。

雪蘭は、麗華に伴われ、問題の白孔雀がいたという豪華絢爛な鳥小屋へと向かった。

そこでは、後宮の管理責任者である宦官長と、鳥の飼育を担当していた部署の役人が、互いに罪をなすりつけ合い、醜い責任逃れの応酬を繰り広げていた。

雪蘭は、その騒ぎを完全に無視し、鳥小屋の調査を始めた。

小屋の扉や金網に、破られた痕跡はない。
鍵も、こじ開けられた様子はなかった。

(……警備が厳重なのは本当らしい。
ならば、犯人はどうやって孔雀を外へ連れ出した?)

雪蘭は、小屋の隅に、きらりと光る小さなものを見つけた。

拾い上げてみると、それは見慣れない鳥の羽根だった。
孔雀の羽根ではない。

もっと小さく、猛禽類のものに似ている。

そして、羽根のそばには、これもまた後宮の庭では見かけない、外来種の植物の種子が数粒落ちていた。

「おい、李 雪蘭!
何かわかったのか!」

麗華が、焦れたように声をかける。

雪蘭は、何も答えず、今度は鳥の飼育係たちが詰めている休憩所へと向かった。

そして、部屋の隅の椅子に腰かけると、またもや、こくりこくりとうたた寝を始めた。

「き、貴様!
また昼寝か!」

麗華が怒鳴るが、雪蘭は聞こえないふりをして、耳だけを飼育係たちの会話へと傾ける。
これが、一番効率の良い聞き込みなのだ。

「しかし、どうやって盗まれたんだろうな」

「そういえば、昨日の夜、変な鳥の鳴き声が聞こえなかったか?」

「ああ、聞いた聞いた!
孔雀みてえな、甲高い声だったが、少し調子が外れてたような…」

(……やはり、そうか)

全てのピースが、はまった。

雪蘭は、ゆっくりと目を開けると、麗華に向かって、ぼそりと言った。

「……終わりました。報告に行きます」

「はあ!?
何が、終わったというのだ!」

わけがわからず目を白黒させる麗華を後に、雪蘭は一人、皇帝の元へと歩き出した。

◆◇◆

「──犯人は、人間ではありません」

麒麟堂で、雪蘭は飛燕に向かって淡々と報告を始めた。

「白孔雀を連れ去ったのは、夜間にのみ活動する、極めて珍しい肉食の渡り鳥です。
その鳥は、大陸の西から、今の時期だけこの国の上空を通過します」

雪蘭は、鳥小屋から拾った羽根と種子を、飛燕の前に差し出した。

「この羽根が、その証拠。
そして、この種子は、その渡り鳥の好物で、奴らの身体にくっついて運ばれてくるものです」

「……鳥が、孔雀をか」

飛燕が、面白そうに眉を上げる。

「しかし、どうやって、あの厳重な鳥小屋から?」

「その渡り鳥は、特技を持っています。
他の鳥の鳴き真似が非常にうまいのです。
おそらく、孔雀の鳴き声を真似て、仲間だと思わせ、油断したところを上空から襲ったのでしょう」

雪蘭は、そこで一度、言葉を切った。

「鳥小屋の扉は、孔雀が中から特定の場所をつつくことで内側から開く特殊な仕掛けになっておりました。
白孔雀自身が仲間だと思い込み、中から犯人を招き入れてしまったのです」

つまり、犯人は一度も鳥小屋に触れることなく、獲物を連れ去っていった、というわけだ。

あまりに予想外の結末に、飛燕は最初きょとんとしていたが、やがて肩を震わせ、腹を抱えて笑い出した。

「は、ははは!
面白い!
実に面白い!
鳥が鳥を騙して喰った、と申すか!
あははは!
醜い責任のなすりつけ合いをしていた、あの愚かな宦官たちの顔が、実に、見ものだな!」

ひとしきり笑った後、飛燕はすっと真顔に戻ると、満足げに雪蘭を見つめた。

「見事だ、雪蘭。褒美をやろう」

宦官が盆に乗せて持ってきたのは、一冊の古びた書物だった。

「それは、我が国の書庫にも一冊しかない貴重なものだ。
滅びた『月』の国の地理と産物について、詳細に記されている」

その言葉を聞いた瞬間、雪蘭の、いつもは無表情な顔から、すっと色が消えた。
能面のように、一切の感情が抜け落ちた。

しかし、その瞳の奥では、激しい嵐が吹き荒れている。

(……なぜ、今、『月』の国の書物を…)

(……この男は、どこまで、知っている…?)

飛燕は、雪蘭のその僅かな、しかし確実な変化を、見逃さなかった。
彼の唇が、愉悦に、ゆっくりと吊り上がっていく。

(そうだ。もっと、その面白い顔を、朕に見せてみろ、昼寝猫)

二人の間に、目には見えない火花が散る。

龍と猫の、静かで、そしてどこまでも残酷な心理戦は、今、新たな舞台へと、静かに幕を上げたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】お供え喫茶で願いごと

餡玉(あんたま)
キャラ文芸
身勝手な母親のせいで、血の繋がった父と兄と離れ離れになってしまった小学三年生の知也。 ある日知也は、『新しいお父さん』が家にいるせいで家に居づらく、夜の公園で空腹と寒さを抱えていた。 先の見えない孤独と寂しさに囚われかけていた知也の前に、突然見知らぬ少年が現れる。 高校生くらいの年齢に見える少年は樹貴(たつき)と名乗り、知也を見たこともない喫茶店に連れて行く。 なんとそこは、神様が訪れる不思議な店で……。 ◇1/22、番外編を追加します! こちらはブロマンス風味が強いので、BLがお嫌いな方はご注意ください。 ◇キャラ文芸大賞参加作品です。応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中】 カフェ百鬼夜行に集まるのは不可思議な噂や奇妙な身の上話。 呑気な店長・百目鬼(どうめき)と、なりゆきで働くことになった俺・獅子野王(ししの・おう)はお客のあれこれに巻き込まれながら、ゆるゆると日々を送る。 ※カクヨム、ノベルアップ+、pixivにて先行公開中

オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜

草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、 毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。 ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。 「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると…… 生えてきたのは植物ではなく、人間!? 咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。 人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、 家族、別れ、再生。 ほんのり不思議で、少しだけ怖く、 それでも最後には、どこかあたたかい。 人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。 あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか? またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!

付喪神狩

やまだごんた
キャラ文芸
古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。 容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。 自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル

もっと早く、伝えていれば

嶌田あき
キャラ文芸
 記憶から生まれ、1ヶ月で消える運命のあやかし・憶。鎌倉の古い喫茶店「波音堂」で目覚めた彼が最初に出会ったのは、17歳の高校生・夏希だった。  同じ17歳なのに、夏希には18歳の誕生日が来る。憶には来ない。  憶は、大切な人を失った人々を「記憶の渚」へ導き、故人の記憶と対話する手伝いをしている。言えなかった恋の告白、12年越しのさよなら、認知症の夫への思い――4つの「弔い」を通じて、憶は生きること、死ぬこと、記憶することの意味を知っていく。  そして最後、憶は自分の正体を知る。憶は、夏希の母の記憶から生まれたのだと。 「もっと早く、伝えていれば」と後悔する人々に寄り添いながら、憶自身も夏希との限られた時間の中で、大切な気持ちを伝えようとする。  1ヶ月後、憶は静かに光の粒子となって消えていく。でも憶の存在は、夏希の記憶の中で永遠に生き続ける――。

澪尽くしー白い羽が舞う夜にー

天咲琴乃 あまさき ことの
キャラ文芸
双子の姉妹と、それぞれを想う恋人たち。 失踪した両親の謎を追い、彼らが足を踏み入れたのは「鶴の恩返し」の伝承が残る村だった。 恐怖と愛が交錯する夜、試されるのは――愛の強さ。 舞い散る白い羽は、救いを告げるのか、それとも呪いの証なのか。 切なくも美しい恋と伝承ホラーが織りなす、青春ラブ・サスペンス。

告白作戦っ!

小松広和
キャラ文芸
 みなさんは片思いをしたことはありませんか? これは好きな彼に告白できないでいるのを友人が助けようと努力してくれるお話です。いかにも友情物語っぽく聞こえますが、碌な作戦を考えてくれず主人公の百瀬柚衣が振り回されるというコメディーですけど。更に柚衣には一途に思われている幼馴染み琉星がいます。これだけでも話がややこしくなりますよね。でも更に更に柚衣の親友の一人である野々葉がこの琉星のことを思い続けていたのです。ややこしすぎる三角関係。気になる人は読んでみてくださいね^^

竜華族の愛に囚われて

澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
近代化が進む中、竜華族が竜結界を築き魑魅魍魎から守る世界。 五芒星の中心に朝廷を据え、木竜、火竜、土竜、金竜、水竜という五柱が結界を維持し続けている。 これらの竜を世話する役割を担う一族が竜華族である。 赤沼泉美は、異能を持たない竜華族であるため、赤沼伯爵家で虐げられ、女中以下の生活を送っていた。 新月の夜、異能の暴走で苦しむ姉、百合を助けるため、母、雅代の命令で月光草を求めて竜尾山に入ったが、魔魅に襲われ絶体絶命。しかし、火宮公爵子息の臣哉に救われた。 そんな泉美が気になる臣哉は、彼女の出自について調べ始めるのだが――。 ※某サイトの短編コン用に書いたやつ。

処理中です...