逢魔ヶ刻の迷い子3

消えた陽介

蒸し暑い夏の午後、中学3年生の六人は、図書館で過ごしていた。

　夏休みとはいえ、受験を控えた彼らは、それぞれの勉強をしながらも、合間に静かに話したり、誰かが誰かに問題を教えたりしながら、落ち着いた時間を過ごしていた。

「もうこんな時間か……」

　美咲が時計を見上げる。

　外はすでに夕方。窓の外には、オレンジ色の光が差し込み、静かな図書館の一角を照らしていた。

「そろそろ帰るか」

　隼人が伸びをしながら立ち上がる。

「家、近い人同士で帰ろうか」

　大輝が提案し、六人はそれぞれの帰路についた。

陽介からのメッセージ
　夕飯を食べ、風呂に入り、のんびりと夜を過ごしていた時——。

　スマホが振動した。

　グループトークを開くと、陽介からのメッセージが入っていた。

「図書館に大事な物を忘れてきたから取りに行ってくる。」

「え、今から？」

「もう閉まってるんじゃない？」

「明日にしたら？」

　みんなが次々とメッセージを送るが、陽介はすでに図書館に着いたらしい。

「警備員さんに頼んで開けてもらった！」

「なら安心だね」

「見つかったらすぐ帰りなよ」

　それぞれ、特に気にすることもなく、スマホを置いた。

　それから約一時間後——。

　ふと、美咲がグループトークを開くと、陽介からのメッセージが一通だけ送られていた。

「何か、走り回っている靴音がする」

「え？」

　その後、美咲は2分おきにメッセージを送っていた。

「大丈夫？」
「どうしたの？」
「陽介？」

　しかし——陽介からの返事はない。

　心配になった他のメンバーも次々とメッセージを送ったが、既読がつかない。

　そして、しばらくして——。

　隼人からのメッセージが届いた。

「陽介の家に電話した。まだ帰ってないみたいだ。」

「えっ……？」

　全員が息を呑んだ。

　時計を見ると、もう夜の9時を過ぎていた。

「……気になるから、図書館に行ってみる」

　隼人のメッセージに、すぐに他の五人も反応する。

「私も行く」

「俺も」

「みんなで行こう」

　そして——。

　五人は、夜の図書館の前に集まった。

夜の図書館
「……静かだな」

　由香が小さな声で言った。

　図書館の周囲は、街灯がいくつかあるものの、どこか不気味な雰囲気が漂っている。

「陽介、本当にここにいるのか……？」

　紗奈が不安げに呟く。

　静まり返った図書館の建物を見上げると、窓の奥は真っ暗だった。

「とにかく、中に入って探してみよう」

　大輝が提案し、五人は図書館の入り口へと向かった。

　扉には鍵がかかっていなかった。

「……開いてる？」

　美咲が戸惑った声を出す。

「陽介が入った時、警備員さんが鍵を開けてくれたって言ってたよな……」

「でも、そのまま閉めないで帰るなんてことある？」

「普通は閉めるはずだよな……」

　五人は顔を見合わせた。

　そして——意を決して扉を開いた。

ギィィ……

　静寂の中で、扉の軋む音が響いた。

消えた陽介の痕跡
　五人は慎重に館内へ足を踏み入れた。

　夜の図書館は、昼間とはまったく違う雰囲気だった。

　天井の蛍光灯は消えており、かすかな非常灯だけが薄暗く光っている。

　棚に並ぶ本の影が不気味に揺れ、まるで誰かがそこに潜んでいるかのようだった。

「……陽介？」

　隼人が小さな声で呼ぶ。

　しかし——。

返事はない。

　五人はスマホのライトを照らしながら、奥へと進んだ。

「どこで探してたんだろう……？」

「忘れ物を取りに来たって言ってたよね」

「なら、自習スペースか……本棚のあたりか？」

　五人はそれぞれ別の方向を探し始めた。

　すると——。

　コツ……コツ……

　静かな図書館の中で、微かに響く靴音。

「……え？」

　美咲が息を呑む。

「……誰かいる？」

　由香が震える声で言った。

「陽介……？」

　隼人が慎重に歩を進める。

　靴音は、確かに図書館の奥から聞こえていた。

　しかし——。

　そこには誰もいない。

「おかしい……確かに音がしたのに……」

　その時だった。

バタン！！

　突然、奥の書棚が大きく揺れ、本が床に散乱した。

「うわっ！！」

「な、何！？」

「地震……じゃないよな？」

　驚く五人の背後——。

コツ……コツ……コツ……

　靴音が、今度は別の方向から聞こえてきた。

「……これ、陽介じゃない……」

　紗奈が小さく囁く。

「じゃあ……誰？」

　その瞬間——。

スマホの通知音が鳴った。

　五人が一斉にスマホを見る。

　グループトークに、新しいメッセージが届いていた。

　それは——。

「助けて」

陽介からだった。