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本章:杉田敦史ルート
Ep1:懐かしい再会
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― あの時から止まっていたものが、今、静かに動き出す
カチッ。
小さな電子音と共に、目の前のパネルが緑に光った。
「……ここ、か」
杉田敦史は無意識のうちに息を止めていた。
迷路のようなマス目のフロアを通り抜け、辿り着いた最初の部屋――
“A”と書かれた金属プレートが取り付けられた扉の前に立ち尽くし、心臓の鼓動を抑えることができずにいた。
ほんの一時間前、彼は自分の目と耳を疑った。
あの老婆が言ったこと――「婿殿を決める戦い」「一夜を共にする女性」「許しがなければ部屋は出られぬ」――
すべてが現実味を帯びないまま、ただ空間の雰囲気と非現実感だけが彼を押し流していった。
(何かのドッキリなんじゃ……)
未だにそう思いたかった。
でも、今から入ろうとしているこの扉の先には、女性が1人ベッドで待機しているという。
相手は「交わってもいい」と申し出た者。
そんな状況に、男子校の純情ボーイ・敦史が冷静でいられるはずもなかった。
「……行くしか、ないか」
ゆっくりと扉に手をかける。
重厚な木製の扉は、わずかに軋みを上げながら開いた。
中は、思っていたよりも静かで落ち着いた雰囲気だった。
暖色系の壁紙、天井には小さなシャンデリア。床には高級そうなラグが敷かれ、中央には上質なダブルベッド。
そして――そのベッドの端に、彼女はいた。
白いワンピース。長い髪。脚を組んで、こちらを見ていた。
敦史は、思わず息を飲んだ。
(……まさか)
記憶の中にしかいないと思っていた、あの少女の顔が、そこにあった。
「……久しぶり、敦史くん」
ゆっくりと、彼女は笑った。
控えめな声だったが、はっきりと敦史の耳に届いた。
「……え、えっと……由真……?」
喉の奥が乾いて、名前を呼ぶだけでも精一杯だった。
彼女は立ち上がり、数歩こちらに近づいてきた。
その歩き方は、記憶の中の由真とは全く違っていた。
小さく、控えめだった子供の歩幅ではない。
今の彼女は、女性としての雰囲気を纏いながら、まっすぐに彼を見つめていた。
「うん。桂木由真。……小学校ぶり、だよね」
敦史は、言葉を失ったまま、ただ彼女を見ていた。
由真――
あの頃の記憶が、ぱちぱちと弾けるように蘇る。
学芸会での「結婚ごっこ」。手を繋いだ練習。
偶然のように触れてしまった唇。
淡く、かすかな記憶の断片。それでも、ずっと心に残っていた。
「……なんで、ここに……」
ようやく声が出た。
「さあ、なんでだろうね」
由真はクスリと笑い、ベッドの端に腰かけた。
白い太ももがすらりと覗く。敦史は思わず視線を逸らす。
「でも、ちゃんと来てくれたんだね、敦史くん。
……なんとなく、来てくれるような気がしてた」
「いや、俺……本当にびっくりしてて、まだちょっと混乱してて……」
「そっか。敦史くんは、昔から真面目で一生懸命だったもんね」
ふいに、柔らかな微笑み。
でも――敦史は、そこに少しだけ違和感を覚えた。
由真の微笑みは、あの頃のような無邪気なものではなかった。
どこか“大人の目”をしていた。
「……由真って、こんなに大人っぽかったっけ?」
思わず漏らした言葉に、彼女はふふっと笑った。
「ううん。子供だったよ。私も、敦史くんも。
でもね――時間って、ちゃんと流れるものなんだよ」
敦史は、彼女の横顔をじっと見た。
確かに、綺麗になった。
声も、仕草も、知らない女の子みたいだった。
だけど、時折ふとした表情に、あの頃の“由真らしさ”が見え隠れする。
「……あの時、さ」
由真が急に口を開いた。
「キス、しちゃったよね。……お遊戯会で」
敦史は心臓が跳ね上がるのを感じた。
「ちょ、ちょっと触れただけだったし、ほ、ほとんど事故だったし……!」
「うん、知ってる。でも、私、覚えてるよ。……ちゃんと、“初めて”だったもん」
「……」
部屋の空気が静まり返る。
まるで空調の音さえ止まったかのように、静寂が降りた。
由真がゆっくりと立ち上がる。
敦史の前まで歩み寄り、顔をのぞき込む。
「……あの時、敦史くん、すごく照れてた」
「……そ、そりゃ……」
「今も、照れてる?」
「……あんまり、変わってないと思う」
「ふふ。……変わらないの、いいね。ちょっと、安心した」
微笑む彼女の瞳が、少しだけ潤んでいた気がした。
でも敦史は、それを確かめる勇気が出なかった。
部屋の中に、言葉にならない何かが流れていく。
記憶と今。懐かしさと違和感。
そして、過去を美化していた自分と、目の前にいる“今の彼女”。
何もかもが、まだ咀嚼できないまま、敦史はただ立ち尽くしていた。
カチッ。
小さな電子音と共に、目の前のパネルが緑に光った。
「……ここ、か」
杉田敦史は無意識のうちに息を止めていた。
迷路のようなマス目のフロアを通り抜け、辿り着いた最初の部屋――
“A”と書かれた金属プレートが取り付けられた扉の前に立ち尽くし、心臓の鼓動を抑えることができずにいた。
ほんの一時間前、彼は自分の目と耳を疑った。
あの老婆が言ったこと――「婿殿を決める戦い」「一夜を共にする女性」「許しがなければ部屋は出られぬ」――
すべてが現実味を帯びないまま、ただ空間の雰囲気と非現実感だけが彼を押し流していった。
(何かのドッキリなんじゃ……)
未だにそう思いたかった。
でも、今から入ろうとしているこの扉の先には、女性が1人ベッドで待機しているという。
相手は「交わってもいい」と申し出た者。
そんな状況に、男子校の純情ボーイ・敦史が冷静でいられるはずもなかった。
「……行くしか、ないか」
ゆっくりと扉に手をかける。
重厚な木製の扉は、わずかに軋みを上げながら開いた。
中は、思っていたよりも静かで落ち着いた雰囲気だった。
暖色系の壁紙、天井には小さなシャンデリア。床には高級そうなラグが敷かれ、中央には上質なダブルベッド。
そして――そのベッドの端に、彼女はいた。
白いワンピース。長い髪。脚を組んで、こちらを見ていた。
敦史は、思わず息を飲んだ。
(……まさか)
記憶の中にしかいないと思っていた、あの少女の顔が、そこにあった。
「……久しぶり、敦史くん」
ゆっくりと、彼女は笑った。
控えめな声だったが、はっきりと敦史の耳に届いた。
「……え、えっと……由真……?」
喉の奥が乾いて、名前を呼ぶだけでも精一杯だった。
彼女は立ち上がり、数歩こちらに近づいてきた。
その歩き方は、記憶の中の由真とは全く違っていた。
小さく、控えめだった子供の歩幅ではない。
今の彼女は、女性としての雰囲気を纏いながら、まっすぐに彼を見つめていた。
「うん。桂木由真。……小学校ぶり、だよね」
敦史は、言葉を失ったまま、ただ彼女を見ていた。
由真――
あの頃の記憶が、ぱちぱちと弾けるように蘇る。
学芸会での「結婚ごっこ」。手を繋いだ練習。
偶然のように触れてしまった唇。
淡く、かすかな記憶の断片。それでも、ずっと心に残っていた。
「……なんで、ここに……」
ようやく声が出た。
「さあ、なんでだろうね」
由真はクスリと笑い、ベッドの端に腰かけた。
白い太ももがすらりと覗く。敦史は思わず視線を逸らす。
「でも、ちゃんと来てくれたんだね、敦史くん。
……なんとなく、来てくれるような気がしてた」
「いや、俺……本当にびっくりしてて、まだちょっと混乱してて……」
「そっか。敦史くんは、昔から真面目で一生懸命だったもんね」
ふいに、柔らかな微笑み。
でも――敦史は、そこに少しだけ違和感を覚えた。
由真の微笑みは、あの頃のような無邪気なものではなかった。
どこか“大人の目”をしていた。
「……由真って、こんなに大人っぽかったっけ?」
思わず漏らした言葉に、彼女はふふっと笑った。
「ううん。子供だったよ。私も、敦史くんも。
でもね――時間って、ちゃんと流れるものなんだよ」
敦史は、彼女の横顔をじっと見た。
確かに、綺麗になった。
声も、仕草も、知らない女の子みたいだった。
だけど、時折ふとした表情に、あの頃の“由真らしさ”が見え隠れする。
「……あの時、さ」
由真が急に口を開いた。
「キス、しちゃったよね。……お遊戯会で」
敦史は心臓が跳ね上がるのを感じた。
「ちょ、ちょっと触れただけだったし、ほ、ほとんど事故だったし……!」
「うん、知ってる。でも、私、覚えてるよ。……ちゃんと、“初めて”だったもん」
「……」
部屋の空気が静まり返る。
まるで空調の音さえ止まったかのように、静寂が降りた。
由真がゆっくりと立ち上がる。
敦史の前まで歩み寄り、顔をのぞき込む。
「……あの時、敦史くん、すごく照れてた」
「……そ、そりゃ……」
「今も、照れてる?」
「……あんまり、変わってないと思う」
「ふふ。……変わらないの、いいね。ちょっと、安心した」
微笑む彼女の瞳が、少しだけ潤んでいた気がした。
でも敦史は、それを確かめる勇気が出なかった。
部屋の中に、言葉にならない何かが流れていく。
記憶と今。懐かしさと違和感。
そして、過去を美化していた自分と、目の前にいる“今の彼女”。
何もかもが、まだ咀嚼できないまま、敦史はただ立ち尽くしていた。
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