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本章:杉田敦史ルート
Ep13:あなたは誰のつもりで来たの?
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―「過去じゃなくて、今のあなたに、私が惹かれるかどうか。そこが問題なのよ」
ティーカップに注がれた紅茶は、いつの間にか湯気を失っていた。
静まり返った部屋の中で、敦史と麗華は向かい合って座っていた。
先ほどよりも、わずかに距離が近い。けれど、まだ“揺れ”があった。
麗華はカップに口をつけることなく、それを小さな皿の上にそっと戻した。
「ねえ、敦史くん」
「はい」
「あなた、“誰のつもり”でここに来たの?」
その問いに、敦史は思わず言葉を詰まらせた。
「……誰のつもり、って?」
「私の“幼なじみ”?
それとも“試練を乗り越えてきた青年”?
あるいは、誰かを“抱くために選ばれるべき男”?」
麗華の口調は、柔らかさの中に確かな圧を持っていた。
「それとも――“自分でもまだわかっていない誰か”?」
その言葉は、まっすぐに敦史の胸を貫いた。
今まで多くの女性と向き合い、言葉を交わし、迷いながらも歩んできた。
けれど、自分は「何者としてここにいるのか」という問いに、明確な答えを持ってはいなかった。
「……たぶん、俺は……全部から逃げてたのかもしれません」
「ふうん」
麗華は椅子に浅く座り直し、足を組み替える。
黒いドレスの裾がふわりと揺れ、白い脚が一瞬だけ露わになる。
「“私が選ばれるのにふさわしいか”ってこと、誰かに証明してもらいたいの?」
「……それは……」
「あなたがここにいるのは、“私に会うため”?
それとも、“最後のゴールにたどり着くため”?
――もしかして、未だに“ここがゴールだ”って思ってる?」
麗華の問いは、どこまでも容赦がなかった。
でも敦史は、彼女が責めているのではなく、「見極めている」のだと感じていた。
「……俺は、“ゴールを手に入れるために”じゃなく、“今ここにいる人と向き合うため”に来ました。
その人がたまたま、あなた――麗華さんだっただけです」
麗華のまなざしが、ほんの少しだけ和らぐ。
「“たまたま”……って言葉、ちょっと好き。
偶然に見えて、本当は必然だった――って、そういうこともあるでしょ?」
「……そう思いたいです。
俺、あなたに会ってから、過去をなぞるだけじゃ通じないって、はっきり分かったから」
麗華は、ゆっくりと立ち上がる。
そして――
ドレスの胸元に手を添え、ほんのわずかに肩をずらした。
襟が少しだけ下がり、彼女の鎖骨が浮き上がる。
意図的な挑発ではなく、“鎧を脱ぐような仕草”だった。
「あなたが、“過去の私”に囚われてるなら――この先には進めないわ。
過去に惹かれてるだけの人間なんて、私にとっては“無価値”よ」
敦史は息をのんだ。
「……俺は、“今の麗華さん”に向き合いたいと思ってます。
記憶に頼らず、言葉で、目で、声で、ここにいるあなたと――」
「……ふふ。じゃあ、ちゃんと見て」
麗華は、ソファの前に立ち、両手を背中で組みながら言った。
「私のこと、“伍城院麗華”という名前を持つ、ただの一人の女の子として」
その言葉には、“誰かに認められたい”という、切実な孤独が滲んでいた。
「……俺は、今のあなたを、ちゃんと見ています」
敦史の声は静かで、けれど力強かった。
麗華はふっと息を吐くと、初めて表情を崩して笑った。
「そう……じゃあ、少しだけ安心した。
この先、もう少し“自分の素顔”を見せても、壊れない気がしてきたわ」
ドアはまだ閉じている。
でも、心の扉は――ようやく少しだけ、開かれた。
ティーカップに注がれた紅茶は、いつの間にか湯気を失っていた。
静まり返った部屋の中で、敦史と麗華は向かい合って座っていた。
先ほどよりも、わずかに距離が近い。けれど、まだ“揺れ”があった。
麗華はカップに口をつけることなく、それを小さな皿の上にそっと戻した。
「ねえ、敦史くん」
「はい」
「あなた、“誰のつもり”でここに来たの?」
その問いに、敦史は思わず言葉を詰まらせた。
「……誰のつもり、って?」
「私の“幼なじみ”?
それとも“試練を乗り越えてきた青年”?
あるいは、誰かを“抱くために選ばれるべき男”?」
麗華の口調は、柔らかさの中に確かな圧を持っていた。
「それとも――“自分でもまだわかっていない誰か”?」
その言葉は、まっすぐに敦史の胸を貫いた。
今まで多くの女性と向き合い、言葉を交わし、迷いながらも歩んできた。
けれど、自分は「何者としてここにいるのか」という問いに、明確な答えを持ってはいなかった。
「……たぶん、俺は……全部から逃げてたのかもしれません」
「ふうん」
麗華は椅子に浅く座り直し、足を組み替える。
黒いドレスの裾がふわりと揺れ、白い脚が一瞬だけ露わになる。
「“私が選ばれるのにふさわしいか”ってこと、誰かに証明してもらいたいの?」
「……それは……」
「あなたがここにいるのは、“私に会うため”?
それとも、“最後のゴールにたどり着くため”?
――もしかして、未だに“ここがゴールだ”って思ってる?」
麗華の問いは、どこまでも容赦がなかった。
でも敦史は、彼女が責めているのではなく、「見極めている」のだと感じていた。
「……俺は、“ゴールを手に入れるために”じゃなく、“今ここにいる人と向き合うため”に来ました。
その人がたまたま、あなた――麗華さんだっただけです」
麗華のまなざしが、ほんの少しだけ和らぐ。
「“たまたま”……って言葉、ちょっと好き。
偶然に見えて、本当は必然だった――って、そういうこともあるでしょ?」
「……そう思いたいです。
俺、あなたに会ってから、過去をなぞるだけじゃ通じないって、はっきり分かったから」
麗華は、ゆっくりと立ち上がる。
そして――
ドレスの胸元に手を添え、ほんのわずかに肩をずらした。
襟が少しだけ下がり、彼女の鎖骨が浮き上がる。
意図的な挑発ではなく、“鎧を脱ぐような仕草”だった。
「あなたが、“過去の私”に囚われてるなら――この先には進めないわ。
過去に惹かれてるだけの人間なんて、私にとっては“無価値”よ」
敦史は息をのんだ。
「……俺は、“今の麗華さん”に向き合いたいと思ってます。
記憶に頼らず、言葉で、目で、声で、ここにいるあなたと――」
「……ふふ。じゃあ、ちゃんと見て」
麗華は、ソファの前に立ち、両手を背中で組みながら言った。
「私のこと、“伍城院麗華”という名前を持つ、ただの一人の女の子として」
その言葉には、“誰かに認められたい”という、切実な孤独が滲んでいた。
「……俺は、今のあなたを、ちゃんと見ています」
敦史の声は静かで、けれど力強かった。
麗華はふっと息を吐くと、初めて表情を崩して笑った。
「そう……じゃあ、少しだけ安心した。
この先、もう少し“自分の素顔”を見せても、壊れない気がしてきたわ」
ドアはまだ閉じている。
でも、心の扉は――ようやく少しだけ、開かれた。
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