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零話:始まりは、いつも静かだった
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最初は、誰も気に留めなかった。
学校という場所では、
多少の異変は「よくあること」として処理される。
黒板に残った消し忘れ。
誰もいない廊下の足音。
夜間警備員の見間違い。
それらは、忙しさの中で、簡単に流されていく。
◆
異変の最初の記録は、数学準備室だった。
相良朱音は、その日、テスト範囲の確認をしていた。
机の上には、プリントの束。
ホワイトボードには、チョークで書いた数式。
ふと、違和感を覚えた。
(……さっき、これ書いたっけ?)
黒板の隅に、見覚えのない式があった。
x = √(-1)
あり得ない。
授業では扱っていない。
そもそも、この学校では、まだ教えない。
朱音は、チョークを取り、消した。
――キィ。
音が、残る。
消したはずの場所に、
薄く、同じ式が浮かび上がった。
「……?」
一瞬、背中が冷えた。
だが、朱音は深く考えなかった。
(疲れてるのかな)
その日は、それで終わった。
◆
二日後。
今度は、生徒からだった。
「先生……」
1年生の女子が、放課後に職員室を訪ねてきた。
「旧校舎の階段、
降りても降りても、
同じ踊り場に戻るんです」
朱音は、笑って受け流そうとした。
「それ、疲れてるだけじゃない?」
「……私もそう思ったんです」
だが、生徒の目は真剣だった。
「でも、
後ろから、数を数える声がしたんです」
◆
その日を境に、報告が増え始めた。
体育館裏で、足音が増える。
音楽室で、誰も弾いていないピアノが鳴る。
旧校舎の図書室の扉が、朝になると少しだけ開いている。
どれも、決定的ではない。
だが――
繋げると、ひとつの方向を向いている。
朱音は、校内の見取り図を机に広げた。
(……全部、旧校舎)
◆
職員会議は、荒れた。
「生徒の思い込みです」
「SNSの影響でしょう」
「オカルト話を広げるのは危険です」
朱音は、黙って聞いていた。
だが、最後に、口を開いた。
「……“何もない”と言い切るには、
重なりすぎています」
教頭が眉をひそめる。
「相良先生。
あなたは数学教師でしょう」
「だからです」
朱音は、はっきりと言った。
「偶然が、
ここまで規則正しく並ぶことはありません」
空気が、張りつめた。
◆
会議後。
朱音は、ひとり職員室に残った。
(……どうする)
頭に浮かぶ顔が、ひとつだけあった。
山奥の神社。
前髪で顔を隠した、奇妙な巫女。
超天然で、
呪いの話になると、
別人のように変わる女性。
(……頼るべきじゃない)
(でも)
朱音は、スマートフォンを握りしめた。
そのとき。
校内放送が、誤作動を起こした。
『――次は……』
ノイズ。
『……まだ……足りない……』
放送は、すぐに切れた。
だが、朱音は確かに聞いた。
◆
夜。
朱音は、自宅で一通のメールを見返していた。
過去に保存してあった、
五寸釘零子からの、短い返信。
「また必要になったら、呼んでくださいねぇ」
朱音は、目を閉じた。
(……来た)
それは、恐怖ではなかった。
確信だった。
(これは、
私たちの手を離れてる)
朱音は、連絡先を開く。
躊躇いは、もうなかった。
「……お願いします」
送信。
その瞬間。
窓の外で、旧校舎の方角に、
小さく、灯りが点いた。
まるで――
呼ばれるのを、待っていたかのように。
(ここから、始まる)
(呪いも、救いも)
学校という場所では、
多少の異変は「よくあること」として処理される。
黒板に残った消し忘れ。
誰もいない廊下の足音。
夜間警備員の見間違い。
それらは、忙しさの中で、簡単に流されていく。
◆
異変の最初の記録は、数学準備室だった。
相良朱音は、その日、テスト範囲の確認をしていた。
机の上には、プリントの束。
ホワイトボードには、チョークで書いた数式。
ふと、違和感を覚えた。
(……さっき、これ書いたっけ?)
黒板の隅に、見覚えのない式があった。
x = √(-1)
あり得ない。
授業では扱っていない。
そもそも、この学校では、まだ教えない。
朱音は、チョークを取り、消した。
――キィ。
音が、残る。
消したはずの場所に、
薄く、同じ式が浮かび上がった。
「……?」
一瞬、背中が冷えた。
だが、朱音は深く考えなかった。
(疲れてるのかな)
その日は、それで終わった。
◆
二日後。
今度は、生徒からだった。
「先生……」
1年生の女子が、放課後に職員室を訪ねてきた。
「旧校舎の階段、
降りても降りても、
同じ踊り場に戻るんです」
朱音は、笑って受け流そうとした。
「それ、疲れてるだけじゃない?」
「……私もそう思ったんです」
だが、生徒の目は真剣だった。
「でも、
後ろから、数を数える声がしたんです」
◆
その日を境に、報告が増え始めた。
体育館裏で、足音が増える。
音楽室で、誰も弾いていないピアノが鳴る。
旧校舎の図書室の扉が、朝になると少しだけ開いている。
どれも、決定的ではない。
だが――
繋げると、ひとつの方向を向いている。
朱音は、校内の見取り図を机に広げた。
(……全部、旧校舎)
◆
職員会議は、荒れた。
「生徒の思い込みです」
「SNSの影響でしょう」
「オカルト話を広げるのは危険です」
朱音は、黙って聞いていた。
だが、最後に、口を開いた。
「……“何もない”と言い切るには、
重なりすぎています」
教頭が眉をひそめる。
「相良先生。
あなたは数学教師でしょう」
「だからです」
朱音は、はっきりと言った。
「偶然が、
ここまで規則正しく並ぶことはありません」
空気が、張りつめた。
◆
会議後。
朱音は、ひとり職員室に残った。
(……どうする)
頭に浮かぶ顔が、ひとつだけあった。
山奥の神社。
前髪で顔を隠した、奇妙な巫女。
超天然で、
呪いの話になると、
別人のように変わる女性。
(……頼るべきじゃない)
(でも)
朱音は、スマートフォンを握りしめた。
そのとき。
校内放送が、誤作動を起こした。
『――次は……』
ノイズ。
『……まだ……足りない……』
放送は、すぐに切れた。
だが、朱音は確かに聞いた。
◆
夜。
朱音は、自宅で一通のメールを見返していた。
過去に保存してあった、
五寸釘零子からの、短い返信。
「また必要になったら、呼んでくださいねぇ」
朱音は、目を閉じた。
(……来た)
それは、恐怖ではなかった。
確信だった。
(これは、
私たちの手を離れてる)
朱音は、連絡先を開く。
躊躇いは、もうなかった。
「……お願いします」
送信。
その瞬間。
窓の外で、旧校舎の方角に、
小さく、灯りが点いた。
まるで――
呼ばれるのを、待っていたかのように。
(ここから、始まる)
(呪いも、救いも)
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