氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo

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番外編③「好きになってはいけないと思っていた」

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仕事に感情を持ち込まない。
部下とは一定の距離を置く。
上司にも、社長にも、対等な距離感で。

それが、自分の“あり方”だった。
7年前までは、違ったかもしれない。
でもあの破談がすべてを変えた。

「君との未来が、見えなくなった」

最後に彼女が残した一言だけが、今でも心に刺さっている。

未来は見えなかったかもしれない。
でも、少なくとも自分は――彼女との現在を、真剣に生きていた。

なのに、それが一瞬で崩れた。

(だったら、もう誰かと“いま”を積み重ねることも、意味がない)

そう思っていた。

 

彼女――宮本舞子が本社に異動してきたのは、よく晴れた春の日だった。

初日から、よく通る声でよく喋る。
まるで空気を動かすかのように、オフィスに馴染んでいくその姿は、
自分とは正反対だった。

「よろしくお願いします、本庄課長!」

初めて目が合ったとき。
その目は、妙にまっすぐで、嘘がなかった。

正直、関わりを最小限にしたかった。

けれど彼女は、何度でも話しかけてくる。

どんな指摘にもめげず、むしろ「勉強になります!」と笑って返す。

(……ああ、これは、強い)

そう思った。
自分とは違う“人間としての強さ”を、彼女は持っていた。

 

代々木公園で偶然再会したとき。
舞子が迷子の子どもに駆け寄っていた姿が、あまりに自然だった。

「本庄さん、そういうとこ……優しいですね」

あのカフェで交わした、なんでもない会話。
でも、自分の“人としての部分”を、真っ直ぐに見つめてくるその言葉に、
心のどこかが――揺れた。

(この人の前では、“冷たい上司”でいられなくなるかもしれない)

怖かった。

誰かに心を見せると、また壊れるかもしれない。

好かれて、信じられて、期待されて。
それで、裏切られたら、また自分は壊れる。

でも。

壊れてしまうほど、惹かれていた。

 

恋心だと気づいたのは、
彼女がそっと自分の肩に触れて、
「ちゃんと寝てください」と言ってくれた、あの出張の夜。

あんなにも優しい声を、誰かに向けられたのは久しぶりだった。

その夜、夢の中で彼女の名を呼んでいたことに、翌朝気づいて――

ただ、逃げた。

(こんな想いを持つ資格はない)

 

でも、舞子は逃げなかった。

真正面から、自分の気持ちを伝えてくれた。
何度でも。

「うちは、あなたをひとりにしたくないんです」

それを聞いたとき、自分の“仮面”が一部砕けた気がした。

(この人は、僕の“過去ごと”抱えてくれるのか)

 

異動の打診があったとき、心は大きく揺れた。

ロンドンに行けば、また感情を閉ざして生きられる。
でも、もうそれじゃダメなんだと、自分の中でもう気づいていた。

だからこそ、怖かった。

(このまま想い合って、遠距離になって、彼女を不安にさせるだけじゃないか)

だからあのとき、伝えるのをためらった。

けど――彼女は違った。

「待ってます。
“離れても、心は変わらへん”って、信じてるから」

あれほどまでに、誰かに“信じられた”のは初めてだった。

信じてくれる人の前では、
自分も“信じる覚悟”を持たなければいけない。

そう思った。

 

ロンドンでは、彼女との毎週のやりとりが救いだった。

会えなくても、声が聞けなくても、
スマホの画面に映る“いつもの文体”が、日常をつないでくれた。

(この人の言葉は、いつだって、まっすぐだ)

だから、僕も。

「帰国したら、ちゃんと向き合おう」

そう心に決めていた。

 

再会の日。

ベンチに座る彼女を見つけたとき、
胸がぎゅっと締めつけられた。

半年ぶりの“たった数メートル”が、
あまりにも遠くて、でも近かった。

そして、言った。

「君のいない時間は、完成じゃないと気づいた」

それは、ようやく出せた、自分の本心だった。

彼女の手を取ったとき、もう怖さはなかった。

怖いまま、進めばいい。
その横に、舞子がいてくれるなら。
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