氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo

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特別編2話「泣いたらあかんって思ってたけど、泣いてまうやん」

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▶1. 「ちょっと陣痛きてんけど」
その日の朝、空はうす曇りだった。
舞子はリビングのソファで、毛布にくるまっていた。

予定日はあと6日。
でもお腹の重みはここ最近で一番、張りが強く、
さっきから腰にジン……と鈍い痛みが走っていた。

「んー……これ、もしや陣痛か?」

本庄はキッチンでお粥を作っていた。
朝食は“妊婦仕様”で、ここ数週間は徹底されている。

「大丈夫ですか?」

「んー……たぶん。ちょっと痛みあるけど、まだ全然しゃべれるし。
ていうか、陣痛ってもっと激しいもんちゃうかったっけ?」

「基準が曖昧ですね……救急車を呼ぶレベルかと思っていました」

「それは“破水したら”や」

ふたりで会話してる間にも、舞子はまたひとつ、張りを感じていた。
でも間隔がまだバラバラだったので、念のためアプリで測る。

(15分間隔……これは“前駆陣痛”か?)

と思った、その2時間後。
間隔が10分を切り始めた。

(やば……これガチや)

「本庄さん、ちょっと陣痛きてんけど」

「……! 病院、行きましょう。すぐに」

「まだ平気。シャワー浴びさせて? 髪まとまってへんし、眉毛ないし」

「眉毛は僕が描きます」

「待って。今一番怖いのそれやから」

 

▶2. 病院にて:「うち、産むんやなぁ……」
正午、入院。

病院の個室には必要な荷物が揃い、看護師がテキパキとモニターを準備する。
舞子は横になったまま、本庄の手を握っていた。

「……なんかさ」

「はい」

「うち、ほんまに“ママ”になるんやなぁ、って。
想像してたより実感湧いてないけど、体だけ先に進んでく感じするわ」

本庄はそっと手を強く握り返した。

「僕は、あなたが“母”になる瞬間を、そばで見届けられることが光栄です」

「もうちょっと緊張感出して? うち、今けっこうガチの痛みと戦ってんで?」

「今のうちに言っておきたいことがありまして」

「……なに?」

「ありがとう。君が、僕の子を、産もうとしてくれてること。
それは当たり前じゃなくて、本当にすごいことなんです」

舞子の目に、少し涙がにじんだ。

「ずるいわ……その言葉……」

 

▶3. 午後3時:「これは死ぬやつやろ!」
「いっっっっっったああああああああああああ!!!!」

3時間が経ち、痛みは“喋れないレベル”になっていた。

モニターが陣痛を示すたび、波が押し寄せる。
舞子は汗だくになり、体をくの字に丸めて唸っていた。

「本庄さん! うちもう無理! これは死ぬやつやろ!!?」

「大丈夫です! 生きてます! 生きてください!!」

「こんなん、“人類みんな母から生まれてる”とかウソやろ!?
ありえへんやろこの痛み!!」

「心の底から尊敬します!!」

看護師が顔をのぞかせた。

「子宮口、7センチです。いいペースです」

「うそやろ!? あと3センチ!? 地球3周くらいの距離に感じるんですけど!?」

「冷静に面白いツッコミしてる時点でまだいけますね、頑張って!」

「泣かす気か!!」

 

▶4. 午後6時:分娩室へ
いよいよ、子宮口全開。

助産師の合図で、舞子は分娩室に移動した。

「行ってらっしゃい、舞子さん。いよいよ、会えますよ」

「こわい……けど、頑張る」

本庄は手を握りながら言った。

「君は今まで、何度も僕の“命”を支えてきた。
今度は、僕が君の“力”になる番です」

「……うん。うち、産むわ。うちの、大事な命」

 

▶5. 午後7時45分:そして、産声が
痛みといきみが何十回と繰り返されたあと。

助産師の声が響いた。

「はい、頭出ましたよー! あと一息!!」

「う、うん……ッ! んんんんんーーーー!!!!」

「はい! 出ました!!」

その瞬間――

「おぎゃあああああ!!」

確かに、小さな命の産声が、部屋に響いた。

舞子は、しばらく放心したまま、
顔を濡らしながら、助産師に赤ん坊をそっと胸に抱かせられた。

「……あ……」

小さな手、小さな爪、小さな鼻。

「ほんまに……おったんやな……うちのお腹に……この子……」

隣で本庄も、黙ってその顔を見ていた。
目に光るものがあっても、何も言わず、ただ静かにそばにいた。

舞子は、震える声で言った。

「こんにちは。はじめましてやな……生まれてきてくれて、ありがとうな……」

 

▶6. 名前と、誓い
翌朝。

小さなベビーベッドに寝かされた男の子を見ながら、
ふたりは名前の最終確認をした。

「……本庄 悠真(ゆうま)、で、ええかな?」

「……はい。“悠々とした心で、真っすぐに生きてほしい”。
あなたが考えてくれた、その意味に、僕も賛成です」

ふたりで見つめたその顔は、どこか本庄にも似ていた。

舞子は、そっと悠真の手を握った。

「うち、ママ頑張る。怖くても、未熟でも、あんたと一緒に、成長してくわ」

本庄もそっと手を重ねて、言った。

「悠真。君がこの世界に来てくれたことで、僕たちの人生は、もっと深くなる。
ありがとう。これからも、どうか、よろしく」
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