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第9話『たっくん、便りをまとめる』
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たぬきポストの表情が、日に日に柔らかくなってきたように見えるのは、気のせいだろうか。
もともと拓斗が描いたウインク顔は、木目の角度と棟梁の手彫りのおかげで、
どんな天気でも“こっち見てニコニコしてる”ように見える、という奇跡の顔面構造だったが、
ここ最近、それがますます“お話聞くよ感”を醸し出している気がしていた。
そして
――そのおかげか、たぬきポストには今、新たな投稿ラッシュが到来していた。
***
「今日は4通か……!」
土曜の午前。
たっくんは、鍵をひねってポストのお腹を開けると、そっと中身を取り出した。
たぬきの中から出てきたのは、折りたたまれた便箋、メモ帳をちぎった紙、
そしてミルクせんべいの包みに走り書きされた、謎の短歌風つぶやき。
「……これは、たぶん、おじいちゃんのやつ」
(五七五七七じゃないし、“ミルクせんべいの香りがする”って書いてある……)
たっくんは、歩きながら紙をそっと広げた。
【となり便 ①】
洗濯物がよく乾く日は、孫が帰ってくる気がする。
【となり便 ②】
昨日のラジオで“健康体操”って言われた動きが、全部筋肉痛になった。
【となり便 ③】
カレーを2日連続で食べると、若返った気がする。たぶん気のせい。
【となり便 ④】
ミルクせんべいの香りがする きっと誰かが幸せなんだと思う
(……やばい、全部、好き)
たっくんは、団地の階段を上りながら、
目を細めて読み返していた。
(なんか……“役に立つ情報”とかじゃないのに)
(読むと、すごく落ち着く)
(これが、心の温度ってやつか)
家に着くなり、ランドセルを放り投げて、パソコンを起動する。
たっくんは、すぐさまデザインソフトを立ち上げた。
***
タイトルは、もう決めてある。
『たぬきのとなり便 第1号』
表紙には、たっくんが描いたたぬきと団地のイラスト。
見開きで“今週のひとこと便り”として、集まったつぶやきたちを、
やさしい色味の背景にのせて並べていく。
「これは“あたたかい空気”がテーマだから、フォントは丸ゴシック系で……」
「背景はちょっとベージュがかった、紙っぽい色で……」
「たぬきの小ネタも入れて……“今週の好きな落ち葉ランキング”とか」
(誰が読むか分かんないけど、“誰が読んでもちょっと楽しい”が理想)
そんなことを思いながら、たっくんは黙々と作業を続けた。
ページのすみに、そっと小さくこう書き添えた。
「あなたのひとこと、たぬきと一緒に、となりで聞いています。」
(たぬきがいてよかったな……)
にっこり笑っている“たぬきイラスト”が、なぜか“照れているように見える”のは、
きっとデザインした本人が一番驚いていた。
***
月曜日。
公民館の掲示板には、新しく印刷された「たぬきのとなり便」が貼り出されていた。
通りかかった主婦が立ち止まり、紙面に目を落とす。
「……なんか、雑誌っぽい」
「かわいい……」
「うちも“昨日のカレーが二日目で最高”って書けばよかったかな」
「ミルクせんべいの人、誰なの……!?」
町内会四天王のひとり、銭湯のおばちゃんが、涙ぐみながら言った。
「これ、貼ってるだけで、なんか心がふやけるのよねぇ……」
(ふやけるって、褒め言葉?)
少し離れたところで、それを見ていたたっくんは、ふふっと笑った。
すると、横からのぞみがポンと肩をたたいてきた。
「ねえ、“となり便”って、わたしも投稿していいの?」
「ダメって言ってないよ」
「じゃあ、もう書いた」
「早っ」
のぞみが差し出した紙には、たった一文。
【となり便 のぞみ】
今朝、ランドセルのベルトがくるくるになった。直したけど、ちょっとくやしい。
「……これも、アリ?」
「“くやしい”って書いてあるからセーフ」
「判断ゆるいな!」
(でも、“なんでもないこと”を書ける場所って、きっと貴重だ)
***
その日の放課後。
たっくんは、投稿された便りの整理と同時に、
小さなメモ帳に“気になる言葉”だけを抜き書きしていた。
【孫】【カレー】【ラジオ】【ランドセル】【くやしい】【ふやける】
(単語で見るとバラバラだけど)
(どれも、“人が今日を生きてた証拠”なんだ)
それを、週に一度、束ねて並べて“便り”にする。
たっくんは今、“言葉の編集者”としての仕事に、心のどこかで誇りを感じていた。
(デザインとか構成とか……確かに得意だけど)
(本当にすごいのは、投稿してくれた人たちの言葉)
(ぼくはそれを、“大事に包む係”だ)
***
その週の土曜。
たっくんは、田所さんに頼まれて、掲示板の更新に立ち会っていた。
すると、いつものように棟梁
――佐々木源造が、たぬきポストの様子を見に来た。
「おっ、今週の“となり便”も増えてんなぁ」
「はい。今週は6通」
「大人ってのはな、口数が減るけど、言いたいことがないわけじゃねぇんだ」
「うん。なんか、分かってきました」
棟梁は、腕組みして掲示板をじっと見つめると、うーんと唸った。
「……たぬきの笑顔、ちょっとやりすぎかもな」
「えっ」
「来週、ちょっとバージョン違い彫ってみっか」
「進化するたぬき……」
(やばい、シリーズ化の予感)
***
その夜。
たっくんは、布団の中でひとり考えていた。
(今日、誰かの言葉が、誰かを笑わせた)
(誰かの“なんでもない日”が、“ちょっと良い日”になった)
それだけで、たっくんの胸の奥がぽっと温かくなる。
(ぼく、編集者向いてるのかな)
(……いや、向いてるとかじゃなくて、好きかも)
たぬきポストのあの顔が、頭の中でふわりとウインクした。
(よし。次号の“特集”は……)
たっくんの頭の中では、すでに『たぬきのとなり便 第2号』のレイアウトが始まっていた。
―――つづく
もともと拓斗が描いたウインク顔は、木目の角度と棟梁の手彫りのおかげで、
どんな天気でも“こっち見てニコニコしてる”ように見える、という奇跡の顔面構造だったが、
ここ最近、それがますます“お話聞くよ感”を醸し出している気がしていた。
そして
――そのおかげか、たぬきポストには今、新たな投稿ラッシュが到来していた。
***
「今日は4通か……!」
土曜の午前。
たっくんは、鍵をひねってポストのお腹を開けると、そっと中身を取り出した。
たぬきの中から出てきたのは、折りたたまれた便箋、メモ帳をちぎった紙、
そしてミルクせんべいの包みに走り書きされた、謎の短歌風つぶやき。
「……これは、たぶん、おじいちゃんのやつ」
(五七五七七じゃないし、“ミルクせんべいの香りがする”って書いてある……)
たっくんは、歩きながら紙をそっと広げた。
【となり便 ①】
洗濯物がよく乾く日は、孫が帰ってくる気がする。
【となり便 ②】
昨日のラジオで“健康体操”って言われた動きが、全部筋肉痛になった。
【となり便 ③】
カレーを2日連続で食べると、若返った気がする。たぶん気のせい。
【となり便 ④】
ミルクせんべいの香りがする きっと誰かが幸せなんだと思う
(……やばい、全部、好き)
たっくんは、団地の階段を上りながら、
目を細めて読み返していた。
(なんか……“役に立つ情報”とかじゃないのに)
(読むと、すごく落ち着く)
(これが、心の温度ってやつか)
家に着くなり、ランドセルを放り投げて、パソコンを起動する。
たっくんは、すぐさまデザインソフトを立ち上げた。
***
タイトルは、もう決めてある。
『たぬきのとなり便 第1号』
表紙には、たっくんが描いたたぬきと団地のイラスト。
見開きで“今週のひとこと便り”として、集まったつぶやきたちを、
やさしい色味の背景にのせて並べていく。
「これは“あたたかい空気”がテーマだから、フォントは丸ゴシック系で……」
「背景はちょっとベージュがかった、紙っぽい色で……」
「たぬきの小ネタも入れて……“今週の好きな落ち葉ランキング”とか」
(誰が読むか分かんないけど、“誰が読んでもちょっと楽しい”が理想)
そんなことを思いながら、たっくんは黙々と作業を続けた。
ページのすみに、そっと小さくこう書き添えた。
「あなたのひとこと、たぬきと一緒に、となりで聞いています。」
(たぬきがいてよかったな……)
にっこり笑っている“たぬきイラスト”が、なぜか“照れているように見える”のは、
きっとデザインした本人が一番驚いていた。
***
月曜日。
公民館の掲示板には、新しく印刷された「たぬきのとなり便」が貼り出されていた。
通りかかった主婦が立ち止まり、紙面に目を落とす。
「……なんか、雑誌っぽい」
「かわいい……」
「うちも“昨日のカレーが二日目で最高”って書けばよかったかな」
「ミルクせんべいの人、誰なの……!?」
町内会四天王のひとり、銭湯のおばちゃんが、涙ぐみながら言った。
「これ、貼ってるだけで、なんか心がふやけるのよねぇ……」
(ふやけるって、褒め言葉?)
少し離れたところで、それを見ていたたっくんは、ふふっと笑った。
すると、横からのぞみがポンと肩をたたいてきた。
「ねえ、“となり便”って、わたしも投稿していいの?」
「ダメって言ってないよ」
「じゃあ、もう書いた」
「早っ」
のぞみが差し出した紙には、たった一文。
【となり便 のぞみ】
今朝、ランドセルのベルトがくるくるになった。直したけど、ちょっとくやしい。
「……これも、アリ?」
「“くやしい”って書いてあるからセーフ」
「判断ゆるいな!」
(でも、“なんでもないこと”を書ける場所って、きっと貴重だ)
***
その日の放課後。
たっくんは、投稿された便りの整理と同時に、
小さなメモ帳に“気になる言葉”だけを抜き書きしていた。
【孫】【カレー】【ラジオ】【ランドセル】【くやしい】【ふやける】
(単語で見るとバラバラだけど)
(どれも、“人が今日を生きてた証拠”なんだ)
それを、週に一度、束ねて並べて“便り”にする。
たっくんは今、“言葉の編集者”としての仕事に、心のどこかで誇りを感じていた。
(デザインとか構成とか……確かに得意だけど)
(本当にすごいのは、投稿してくれた人たちの言葉)
(ぼくはそれを、“大事に包む係”だ)
***
その週の土曜。
たっくんは、田所さんに頼まれて、掲示板の更新に立ち会っていた。
すると、いつものように棟梁
――佐々木源造が、たぬきポストの様子を見に来た。
「おっ、今週の“となり便”も増えてんなぁ」
「はい。今週は6通」
「大人ってのはな、口数が減るけど、言いたいことがないわけじゃねぇんだ」
「うん。なんか、分かってきました」
棟梁は、腕組みして掲示板をじっと見つめると、うーんと唸った。
「……たぬきの笑顔、ちょっとやりすぎかもな」
「えっ」
「来週、ちょっとバージョン違い彫ってみっか」
「進化するたぬき……」
(やばい、シリーズ化の予感)
***
その夜。
たっくんは、布団の中でひとり考えていた。
(今日、誰かの言葉が、誰かを笑わせた)
(誰かの“なんでもない日”が、“ちょっと良い日”になった)
それだけで、たっくんの胸の奥がぽっと温かくなる。
(ぼく、編集者向いてるのかな)
(……いや、向いてるとかじゃなくて、好きかも)
たぬきポストのあの顔が、頭の中でふわりとウインクした。
(よし。次号の“特集”は……)
たっくんの頭の中では、すでに『たぬきのとなり便 第2号』のレイアウトが始まっていた。
―――つづく
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