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第16話『たっくん、ケンカの仲裁をする』
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秋晴れの土曜日の朝。
ひかりが丘団地の掲示板前に、人がひとだかりしていた。
掲示板の下にちょこんと座っていたたぬきポストが、
今朝はなんだか空気の読めない笑顔を浮かべていた。
(……何があったんだろ)
たっくんは、回覧板を配りに行く途中でその場に出くわした。
顔見知りのスーパー「にじや」のおばちゃんが、たっくんを見つけて手を振る。
「たっくーん、ちょっと聞いてー」
「なにかありましたか?」
「大ケンカよ。ほら、あの2人」
「えっ……あの2人って、もしかして……」
そう。団地の“仲良し名物”として有名なふたり。
長谷川てるこさん(元保育士。笑い声がバズーカ並みにでかい)と、
村田いくえさん(元電話交換手。とにかく耳がよくて早口)が、
今週月曜に大ゲンカをしたという。
それ以来、どちらも口をきかず、回覧板すら“次に回さない”という異常事態が発生していた。
(まじか……あのふたりが……)
(いつもベンチでお茶しながら“あんたはえらいねぇ”ってニコニコしてたのに)
(人間関係って、こういうときすごく脆い……)
(そして、団地の空気もろくに回らなくなる)
たっくんは深くため息をついた。
(書記の仕事は、情報の流通)
(その流れが止まると、“町の血流”が詰まるんだ)
***
午後、田所さんの事務室。
「……それで、たっくん、どうしたらいいかしらねぇ」
「直接、話してくれれば一番いいんですけど」
「そりゃそうなんだけどねぇ。
お互い、“あっちが悪い”って思ってるから、もう電話も取らないのよ」
「ケンカの原因って、何か分かってます?」
「それが、聞いた人によって違うのよ」
「というと?」
「てるこさんは“テレビの録画を勝手に消された”って言ってるし、
いくえさんは“茶菓子の煎餅を全部食べられた”って怒ってるし……」
「それって、もはや同時多発」
「もしくは“誤解の三段活用”ね」
たっくんは、スケッチブックを開いた。
『ケンカ:感情のすれ違い×記憶のズレ×たぶん聞き間違い』
(こういうときこそ、情報整理が大事だ)
(でも、第三者の言葉ではなく、自分たちが“自分の言葉”で話す機会を作るべきだ)
「……田所さん、掲示板に“手紙コーナー”作ってもいいですか?」
「手紙?」
「匿名じゃなくて、名指しで出すとなり便。
仲直り用の、オープンおてがみコーナーです」
「へぇ、面白いじゃない」
「タイトルは……“たぬきの口からごめんなさい”で!」
「なんでたぬきに謝らせるのよ!」
***
その週末。
掲示板の一角に、いつもの「となり便」コーナーとは別に、
手紙を貼れるスペースができていた。
その名も——
【たぬきの口からごめんなさい】
ルールは簡単。
・宛名はフルネームで
・書いた人も名乗る
・内容は仲直りしたい気持ちに限る
最初は誰も書かなかった。
が、月曜の昼、突如一枚が貼り出された。
てるこさんへ
あの日の録画、わたしじゃないのよ。
孫が来て、YouTube見たいって言うから、
消したの、たぶんあの子。
でも、言わなかったのはごめんなさい。
それで怒らせちゃったのよね。
わたし、あんたと観た韓ドラの話、
一緒にできなくなってさびしかったです。
できたら、また最終話、観ませんか。
お煎餅、今回はちゃんと2枚残しておくから。
村田いくえ
掲示板の前には、小さなざわめきが起きていた。
「えぇ~~~!いくえさん、素直!」
「てるこさん、読んだかしら?」
「煎餅2枚って……そこ!?」
そしてその翌朝。
いくえさんへ
あたしだって、あんたのくしゃみの音が聞こえない日、
ちょっとだけつまんなかったんだからね。
また来てよ。うちの録画リスト、いじっていいから。
てか、煎餅2枚で足りるの?
長谷川てるこ
(……よかった)
(書記って、文字だけじゃないんだ)
(こうやって、人の“想い”の流れをつなぐのが、本当の仕事かもしれない)
たっくんは静かに掲示板を見つめた。
そして一筆、最後にこう書いた。
【書記たっくんより】
ごめんなさいって言うとき、
“勝ち負け”じゃなくて、“ただの気持ち”でいいと思います。
たぬきも、そう言ってました(たぶん)
団地の空に、秋風がさわやかに吹き抜けた。
そしてまた、煎餅のかけらのような小さな幸せが、ひとつつながった。
―――つづく
ひかりが丘団地の掲示板前に、人がひとだかりしていた。
掲示板の下にちょこんと座っていたたぬきポストが、
今朝はなんだか空気の読めない笑顔を浮かべていた。
(……何があったんだろ)
たっくんは、回覧板を配りに行く途中でその場に出くわした。
顔見知りのスーパー「にじや」のおばちゃんが、たっくんを見つけて手を振る。
「たっくーん、ちょっと聞いてー」
「なにかありましたか?」
「大ケンカよ。ほら、あの2人」
「えっ……あの2人って、もしかして……」
そう。団地の“仲良し名物”として有名なふたり。
長谷川てるこさん(元保育士。笑い声がバズーカ並みにでかい)と、
村田いくえさん(元電話交換手。とにかく耳がよくて早口)が、
今週月曜に大ゲンカをしたという。
それ以来、どちらも口をきかず、回覧板すら“次に回さない”という異常事態が発生していた。
(まじか……あのふたりが……)
(いつもベンチでお茶しながら“あんたはえらいねぇ”ってニコニコしてたのに)
(人間関係って、こういうときすごく脆い……)
(そして、団地の空気もろくに回らなくなる)
たっくんは深くため息をついた。
(書記の仕事は、情報の流通)
(その流れが止まると、“町の血流”が詰まるんだ)
***
午後、田所さんの事務室。
「……それで、たっくん、どうしたらいいかしらねぇ」
「直接、話してくれれば一番いいんですけど」
「そりゃそうなんだけどねぇ。
お互い、“あっちが悪い”って思ってるから、もう電話も取らないのよ」
「ケンカの原因って、何か分かってます?」
「それが、聞いた人によって違うのよ」
「というと?」
「てるこさんは“テレビの録画を勝手に消された”って言ってるし、
いくえさんは“茶菓子の煎餅を全部食べられた”って怒ってるし……」
「それって、もはや同時多発」
「もしくは“誤解の三段活用”ね」
たっくんは、スケッチブックを開いた。
『ケンカ:感情のすれ違い×記憶のズレ×たぶん聞き間違い』
(こういうときこそ、情報整理が大事だ)
(でも、第三者の言葉ではなく、自分たちが“自分の言葉”で話す機会を作るべきだ)
「……田所さん、掲示板に“手紙コーナー”作ってもいいですか?」
「手紙?」
「匿名じゃなくて、名指しで出すとなり便。
仲直り用の、オープンおてがみコーナーです」
「へぇ、面白いじゃない」
「タイトルは……“たぬきの口からごめんなさい”で!」
「なんでたぬきに謝らせるのよ!」
***
その週末。
掲示板の一角に、いつもの「となり便」コーナーとは別に、
手紙を貼れるスペースができていた。
その名も——
【たぬきの口からごめんなさい】
ルールは簡単。
・宛名はフルネームで
・書いた人も名乗る
・内容は仲直りしたい気持ちに限る
最初は誰も書かなかった。
が、月曜の昼、突如一枚が貼り出された。
てるこさんへ
あの日の録画、わたしじゃないのよ。
孫が来て、YouTube見たいって言うから、
消したの、たぶんあの子。
でも、言わなかったのはごめんなさい。
それで怒らせちゃったのよね。
わたし、あんたと観た韓ドラの話、
一緒にできなくなってさびしかったです。
できたら、また最終話、観ませんか。
お煎餅、今回はちゃんと2枚残しておくから。
村田いくえ
掲示板の前には、小さなざわめきが起きていた。
「えぇ~~~!いくえさん、素直!」
「てるこさん、読んだかしら?」
「煎餅2枚って……そこ!?」
そしてその翌朝。
いくえさんへ
あたしだって、あんたのくしゃみの音が聞こえない日、
ちょっとだけつまんなかったんだからね。
また来てよ。うちの録画リスト、いじっていいから。
てか、煎餅2枚で足りるの?
長谷川てるこ
(……よかった)
(書記って、文字だけじゃないんだ)
(こうやって、人の“想い”の流れをつなぐのが、本当の仕事かもしれない)
たっくんは静かに掲示板を見つめた。
そして一筆、最後にこう書いた。
【書記たっくんより】
ごめんなさいって言うとき、
“勝ち負け”じゃなくて、“ただの気持ち”でいいと思います。
たぬきも、そう言ってました(たぶん)
団地の空に、秋風がさわやかに吹き抜けた。
そしてまた、煎餅のかけらのような小さな幸せが、ひとつつながった。
―――つづく
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