鋼に咲く花 — 戦国鍛冶女房記

naomikoryo

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【第十三話】火では守れぬ命

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秋の終わり、柿が落ち、山の風が日に日に冷たさを増していた頃。
藤原家に、一人の村人が駆け込んできた。

「――お千代さ! ……あんたの生家が……!」

言葉にならぬ報せ。
だが、お千代の中では、声よりも先に胸の奥が冷えていた。

「黒田村が、焼かれた……?」

「尾張の間者が言うとった。村の北に、小田原勢の抜け武者どもが屯しておったそうな……。田を荒らし、家々を……っ」

もう、それ以上聞かなくてもわかっていた。

生家――父と母、弟・弥七が暮らす、あの懐かしい草屋。
田を耕し、粟を炊き、夕餉の煙が細く昇っていたあの村。

それが、今――
「戦ではない戦」で、命を踏みにじられた。

 



 

正久は、お千代の隣で、言葉を選びながら言った。

「……すぐに村へは向かえん。戦後の乱れで、山路も危うい。だが、確認の使いは出そう。……今、出す」

お千代は、拳を膝の上でぎゅっと握り締めた。
火の前で、鉄を打てば命が守れると思っていた。
刃に祈りを込めれば、それが人を支えると信じていた。

(けれど……この手では、何も守れなかった)

炉の火は静かに燃えている。
どんな刃も打てる温度にまで達している。
けれど――その火は、今のお千代には“無力”にしか見えなかった。

 



 

数日後。使いに出た弟子が戻った。
手に、布包みを一つ。中には――

焼け焦げた草履。
そして、薄く煤けた、手ぬぐい。
そこに、刺し子の柄が見えた。
お千代が、かつて縫って渡した、弟・弥七の頭巾だった。

声が出なかった。
涙も出なかった。

ただ、ひとつの想いだけが、お千代の胸の奥で立ち上がっていた。

(――私は、この火で、何を守れるの)

 



 

その夜、義母たえが、お千代の背にそっと手を置いた。

「泣いてええんじゃぞ。命が途絶えたのなら、それは、お前にとって“刃が届かんかった”ということじゃ」

「……わかってます。だから、泣けないんです」

「なら……怒れ。焼かれた命の代わりに、お前の火で、命を打ち直せ」

お千代は、目を伏せていた。だが、やがて――顔を上げた。

「打ちます。――鍬を、打ちます」

たえが、目を細めた。

「……刀じゃなくて?」

「刀では、村を救えませんでした。なら、焼けた畑を耕す鍬を。倒れた家を建てる鉋を。炊ぐ釜を。――もう一度、あの村に“生きる鉄”を打って、届けます」

正久が黙って頷き、炉の火を見つめた。

「それが、お前の“祈り”か」

「はい。戦が刃を求めるなら、私はそれに応じません。
戦で壊された命には、鍛冶の火で“生”を贈ります。」

 



 

その晩、お千代は一人で火を起こした。

真夜中の鍛冶場。
誰もいないはずのその場所で、炉がごうごうと音を立てて燃える。

鋼ではなく、農具用の鉄。
槌は、優しく。だが、芯をもって振るわれる。

ごん、がん、がん……

鉄が鳴いた。
焼かれた村の、大地の声のように。
燃え尽きた命の、どこかに残る希望のように。

お千代の中で、静かに“炎”が蘇っていた。

火は、刃だけではない。
火は、命を繋ぐ力にもなる。

 

(第十三話・了)
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