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【第十六話】刃のその後
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冬が、山を越えてやってきた。
薪の燃える音が、以前より硬く乾いている。
火は生きていたが、どこか――怯えているようにも見えた。
その朝、藤原家に、一通の文が届けられた。
墨のにおいが強く残る急ぎの筆。
紙の隅には、小さく「本多」の印。
「貴家にて鍛えられし『護鋼』、
先月、信州高遠の戦において斬首に使われしとの報。
本来、敵の大将を活かして取るべきところ、刃が振るわれたと聞き及び、心中穏やかならず候。
あれを“護る刃”と呼んでよいのか――一考を賜りたく。」
差出人は、本多次郎。
かつて、お千代から「護鋼」を託された武士だった。
お千代は、炭火の前でその文を読み終えたあと、膝の上で手を握りしめた。
(……護鋼が、人を……)
斬首。
もっとも“命を奪う”ことに、何の抵抗もない刃の使い方。
あの刃は、命を護る祈りを込めて打ったはずだった。
それが、なぜ――
「……届かなかったんでしょうか、想いが」
正久は、しばらく無言で炉を見つめていたが、やがて口を開いた。
「届いたさ。けれど、使う者が変われば、刀も変わる。
“真っ直ぐな刃”ほど、正義にもなるし、暴にもなる」
「でも……それじゃ、私はもう“刀を渡せない”。私の打った刃が、人を殺すたびに、私は……」
「責任を、感じるか?」
お千代は頷いた。
「はい。……私は、刃を打つ者でありながら、“刃のその後”から逃げていたのかもしれません」
*
その夜、お千代は囲炉裏端に座り、「護鋼」を打ったときの火を思い出していた。
芯の通った赤い炎。
硬さと柔らかさを両立させた鉄。
何よりも、“命を護るためだけの刃”を、この手で打ったという確信。
けれどその刃は、命を奪う場に使われた。
祈りが、届かなかった。
想いが、ねじ曲げられた。
*
数日後――
本多次郎が、ひとり馬を曳いて藤原家を訪れた。
以前よりやつれ、疲労の色が濃い。
だが、目は曇っていなかった。
「……参った。答えが欲しいとは言ったが、やはり、己の手で聞かねばと思ってな」
囲炉裏の前に座った次郎は、静かに言った。
「あのとき、“護鋼”は、私の手から離れていた。
主君の意を受けた者に、一時渡していたのだ。
その男は、斬った。主君の命ではない。“咄嗟の判断”だったというが……
私は、斬ったのが自分でなくとも、刃を託した時点で責任を免れぬと思っている」
お千代は、何も言わず、湯を差し出した。
「……だが、千代殿。
それでも、私はあの刀を手放したくはない。
あれは、私の“守りたい”という願いそのものだ。
どうか、あの刃を――“護鋼”を、“奪った命の刃”とだけは呼ばないでほしい」
お千代は、その言葉を聞いて、静かに頷いた。
「……その責任を、私も持ちます。
私が打った刃が、人を斬ったなら――私はその命に祈りを捧げます。
刃が誰かを護ったなら――私はその命に、火を送り続けます」
「……火を?」
「はい。鍛冶屋の火は、命を鍛え直すための火です。
私は、また刃を打ちます。あの刃を上回る“護る刃”を。
そして、あなたのように刃のその後と向き合う者にだけ、託します」
次郎は、深く頭を下げた。
「……その言葉を聞けただけで、来た甲斐がありました」
*
夜、炉の前で火が灯る。
正久が、黙ってお千代に槌を渡した。
「……新たに、“打つ”か」
「はい。これは、私が責任を背負う、最初の一振りです」
火が、静かに高まった。
その炎の中に、かつての「咲刃」も、「護鋼」も、「還咲」も、すべての想いがゆらめいていた。
お千代は、火に向かって祈るように言った。
「今度こそ、届いて。――命を生かす刃になって」
(第十六話・了)
(最終章・後編へ続く)
薪の燃える音が、以前より硬く乾いている。
火は生きていたが、どこか――怯えているようにも見えた。
その朝、藤原家に、一通の文が届けられた。
墨のにおいが強く残る急ぎの筆。
紙の隅には、小さく「本多」の印。
「貴家にて鍛えられし『護鋼』、
先月、信州高遠の戦において斬首に使われしとの報。
本来、敵の大将を活かして取るべきところ、刃が振るわれたと聞き及び、心中穏やかならず候。
あれを“護る刃”と呼んでよいのか――一考を賜りたく。」
差出人は、本多次郎。
かつて、お千代から「護鋼」を託された武士だった。
お千代は、炭火の前でその文を読み終えたあと、膝の上で手を握りしめた。
(……護鋼が、人を……)
斬首。
もっとも“命を奪う”ことに、何の抵抗もない刃の使い方。
あの刃は、命を護る祈りを込めて打ったはずだった。
それが、なぜ――
「……届かなかったんでしょうか、想いが」
正久は、しばらく無言で炉を見つめていたが、やがて口を開いた。
「届いたさ。けれど、使う者が変われば、刀も変わる。
“真っ直ぐな刃”ほど、正義にもなるし、暴にもなる」
「でも……それじゃ、私はもう“刀を渡せない”。私の打った刃が、人を殺すたびに、私は……」
「責任を、感じるか?」
お千代は頷いた。
「はい。……私は、刃を打つ者でありながら、“刃のその後”から逃げていたのかもしれません」
*
その夜、お千代は囲炉裏端に座り、「護鋼」を打ったときの火を思い出していた。
芯の通った赤い炎。
硬さと柔らかさを両立させた鉄。
何よりも、“命を護るためだけの刃”を、この手で打ったという確信。
けれどその刃は、命を奪う場に使われた。
祈りが、届かなかった。
想いが、ねじ曲げられた。
*
数日後――
本多次郎が、ひとり馬を曳いて藤原家を訪れた。
以前よりやつれ、疲労の色が濃い。
だが、目は曇っていなかった。
「……参った。答えが欲しいとは言ったが、やはり、己の手で聞かねばと思ってな」
囲炉裏の前に座った次郎は、静かに言った。
「あのとき、“護鋼”は、私の手から離れていた。
主君の意を受けた者に、一時渡していたのだ。
その男は、斬った。主君の命ではない。“咄嗟の判断”だったというが……
私は、斬ったのが自分でなくとも、刃を託した時点で責任を免れぬと思っている」
お千代は、何も言わず、湯を差し出した。
「……だが、千代殿。
それでも、私はあの刀を手放したくはない。
あれは、私の“守りたい”という願いそのものだ。
どうか、あの刃を――“護鋼”を、“奪った命の刃”とだけは呼ばないでほしい」
お千代は、その言葉を聞いて、静かに頷いた。
「……その責任を、私も持ちます。
私が打った刃が、人を斬ったなら――私はその命に祈りを捧げます。
刃が誰かを護ったなら――私はその命に、火を送り続けます」
「……火を?」
「はい。鍛冶屋の火は、命を鍛え直すための火です。
私は、また刃を打ちます。あの刃を上回る“護る刃”を。
そして、あなたのように刃のその後と向き合う者にだけ、託します」
次郎は、深く頭を下げた。
「……その言葉を聞けただけで、来た甲斐がありました」
*
夜、炉の前で火が灯る。
正久が、黙ってお千代に槌を渡した。
「……新たに、“打つ”か」
「はい。これは、私が責任を背負う、最初の一振りです」
火が、静かに高まった。
その炎の中に、かつての「咲刃」も、「護鋼」も、「還咲」も、すべての想いがゆらめいていた。
お千代は、火に向かって祈るように言った。
「今度こそ、届いて。――命を生かす刃になって」
(第十六話・了)
(最終章・後編へ続く)
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