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第1章:再起動(リブート)
第1話:満員電車と営業ノルマ
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午前6時42分。
神代ミユキは、東京メトロ東西線の通勤快速にすし詰めになっていた。
頬を押し潰す他人のリュック。耳元で鳴る知らない誰かのイヤホン音漏れ。微かに汗と柔軟剤が混ざった、都会独特の朝の匂い。ミユキはそのすべてを、何の感情も湧かないまま受け止めていた。
「今日も元気に地獄へ行ってきます……っと」
スマホで呟くふりをしながら、画面に映る自分の目を見た。
映っていたのは、パッと見は化粧もそこそこに整えられた28歳のOL。けれど、瞳の奥にあったのは「光のない空洞」だった。
会社に着くと、早速スケジュール地獄が始まった。
「神代さーん、この案件のプレゼン資料、今日中に頼むよ?午後の打ち合わせまでには形にしてね。あ、こっちのクレーム対応もお願い。ついでに新人の面倒も見てあげて」
そう言ったのは、営業三課の課長・倉持だ。顔は笑っているが、目はまるで業務効率しか考えていない機械のようだった。
「はい、承知しました」
と答えながら、ミユキは心の中で「燃えろ、課長の書類全部燃えろ」と小さく唱える。もちろん何も起こらない。自分にもう魔法はない。十年前に、とうに手放したはずだ。
ミユキはかつて、「魔法少女」だった。
中学2年の冬。世界に裂け目が現れ、異界の魔物が街を襲った。偶然通りかかったミユキは、小さな銀色の生き物から「選ばれし者」として魔法の力を与えられた。炎と光を操るその力で、幾度も世界を救った。
けれど、魔法少女でいられるのは「17歳まで」。契約にはそう記されていた。
その後は何も起こらない。ただ、日常に戻るだけ。
世界を守った英雄に、拍手も感謝もない。誰も覚えていない。まるで最初から「なかったこと」にされたみたいに。
「今じゃただの、残業系OLよ……」
パソコンを叩きながら、疲労が骨にまで染み込む感覚がする。カフェインの効き目すら信用できないこの頃、唯一の癒やしは同期の柏木悠真との昼休みだけだった。
「神代、また午前様コース?」
「ええ、社会人は魔法じゃ残業は消えないからね」
「言うよねぇ。昔から君、変わってたよな」
変わってた、か。
中学生の時、自分だけが「別の世界」を見ていたあの感覚を、今の自分はどこか遠い夢のように思っている。誰にも言えなかった。言えば、変な人扱いされて終わる。そうして封印したのだ。魔法も、感情も、ぜんぶ。
その夜も、帰りは終電だった。
暗いホームで、ミユキはふと、空を見上げた。
冬の夜空。星は見えない。明かりすぎる街、明かりなさすぎる心。
そのときだった。
――カチッ。
まるでスイッチが入るように、記憶の奥底で何かが弾けた。
誰かの声。誰かの瞳。火花のような光。
「――ミユキ……」
風が吹いた。
だが振り返っても、そこには誰もいなかった。
帰宅後、ミユキはソファに倒れ込み、そのまま意識を失った。
夢を見た。
白い世界。光の剣。涙を流す誰か。
「もうやめよう」と言っていた自分。そして「それでも戦う」と叫んだあの子。
目覚めたとき、涙が頬を伝っていた。
意味もわからず、ミユキはただ呟いた。
「……私、なんで泣いてるの?」
答えは、まだ霧の中だった。
神代ミユキは、東京メトロ東西線の通勤快速にすし詰めになっていた。
頬を押し潰す他人のリュック。耳元で鳴る知らない誰かのイヤホン音漏れ。微かに汗と柔軟剤が混ざった、都会独特の朝の匂い。ミユキはそのすべてを、何の感情も湧かないまま受け止めていた。
「今日も元気に地獄へ行ってきます……っと」
スマホで呟くふりをしながら、画面に映る自分の目を見た。
映っていたのは、パッと見は化粧もそこそこに整えられた28歳のOL。けれど、瞳の奥にあったのは「光のない空洞」だった。
会社に着くと、早速スケジュール地獄が始まった。
「神代さーん、この案件のプレゼン資料、今日中に頼むよ?午後の打ち合わせまでには形にしてね。あ、こっちのクレーム対応もお願い。ついでに新人の面倒も見てあげて」
そう言ったのは、営業三課の課長・倉持だ。顔は笑っているが、目はまるで業務効率しか考えていない機械のようだった。
「はい、承知しました」
と答えながら、ミユキは心の中で「燃えろ、課長の書類全部燃えろ」と小さく唱える。もちろん何も起こらない。自分にもう魔法はない。十年前に、とうに手放したはずだ。
ミユキはかつて、「魔法少女」だった。
中学2年の冬。世界に裂け目が現れ、異界の魔物が街を襲った。偶然通りかかったミユキは、小さな銀色の生き物から「選ばれし者」として魔法の力を与えられた。炎と光を操るその力で、幾度も世界を救った。
けれど、魔法少女でいられるのは「17歳まで」。契約にはそう記されていた。
その後は何も起こらない。ただ、日常に戻るだけ。
世界を守った英雄に、拍手も感謝もない。誰も覚えていない。まるで最初から「なかったこと」にされたみたいに。
「今じゃただの、残業系OLよ……」
パソコンを叩きながら、疲労が骨にまで染み込む感覚がする。カフェインの効き目すら信用できないこの頃、唯一の癒やしは同期の柏木悠真との昼休みだけだった。
「神代、また午前様コース?」
「ええ、社会人は魔法じゃ残業は消えないからね」
「言うよねぇ。昔から君、変わってたよな」
変わってた、か。
中学生の時、自分だけが「別の世界」を見ていたあの感覚を、今の自分はどこか遠い夢のように思っている。誰にも言えなかった。言えば、変な人扱いされて終わる。そうして封印したのだ。魔法も、感情も、ぜんぶ。
その夜も、帰りは終電だった。
暗いホームで、ミユキはふと、空を見上げた。
冬の夜空。星は見えない。明かりすぎる街、明かりなさすぎる心。
そのときだった。
――カチッ。
まるでスイッチが入るように、記憶の奥底で何かが弾けた。
誰かの声。誰かの瞳。火花のような光。
「――ミユキ……」
風が吹いた。
だが振り返っても、そこには誰もいなかった。
帰宅後、ミユキはソファに倒れ込み、そのまま意識を失った。
夢を見た。
白い世界。光の剣。涙を流す誰か。
「もうやめよう」と言っていた自分。そして「それでも戦う」と叫んだあの子。
目覚めたとき、涙が頬を伝っていた。
意味もわからず、ミユキはただ呟いた。
「……私、なんで泣いてるの?」
答えは、まだ霧の中だった。
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