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第1章:再起動(リブート)
第2話:十年ぶりの再会
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通勤電車の中。ミユキは、昨日見た夢のことを思い返していた。
白い世界。火花のように瞬く光。剣。誰かの声。
夢の中の記憶は現実のように鮮明だったのに、朝起きたときには輪郭が曖昧になっていた。今こうして満員電車に揉まれていると、すべてが嘘のように感じられる。
「疲れてるのかな……」
そう呟いて、窓に映る自分の顔を見る。
その目は、かつて魔法で世界を照らした少女のものではなかった。
どこにでもいる、28歳のOLの顔だった。
午前中は来客対応。午後は営業同行。
昼ごはんはデスクで冷めたコンビニ弁当を5分で胃に流し込み、午後1時には別のクライアントの元へ。クレーム対応に1時間。その後社内に戻って今度は社長プレゼン資料の修正作業。
いつの間にか外は暗くなっていた。時計の針は19時を過ぎている。けれど、今日も帰れる気配はない。
「神代、これ急ぎで頼む。明日の朝までに目を通しておいて」
倉持課長が投げてきた厚みのある資料の束。ミユキは何も言わずに受け取った。
何も感じない。怒りも、悲しみも。もはやそれは日常の風景に過ぎなかった。
彼女は心のどこかで、もう世界に期待することをやめていた。
夜10時、ようやく退社。外は冷たい風が吹いていた。
月が出ていた。まるで銀の刃のように鋭く冷たい光を放っている。
その時、胸の奥が――きゅっと、痛んだ。
(また、だ……)
ここのところ、夜になると心がざわつく。静かなはずの夜道で、足音のない気配を感じる。音が吸い込まれるような沈黙。風が止まり、空気が重くなる瞬間。
ミユキは無意識に早歩きになる。
マンションまであと3ブロック、というところで――
ギギ……ギィィ……
聞き慣れない音が背後から響いた。金属が擦れるような、乾いた不協和音。
ミユキが振り向くと、そこにあったはずの街灯が――ぐにゃりと、歪んでいた。
「……え?」
視界の奥で、何かが揺れている。
空間が、歪んでいる。
まるで空気の壁が、熱を持って波打っているようだった。そこから「何か」が顔を出した。
肌のない犬のような、けれど首が三つある獣。黒い煙に包まれて、目だけが赤く光っている。
「ッ……うそ……」
言葉が出なかった。
身体が震える。
(なんで? そんなの……もうとっくに――)
獣が咆哮を上げ、地面を抉って突進してきた。
ミユキは反射的に身を翻し、路地裏へと駆け込んだ。心臓の鼓動が耳の奥で爆音のように鳴っている。息が詰まり、足がもつれる。
獣は躊躇なく追ってきた。
牙が、闇の中でぎらついた。
(……死ぬ。殺される)
そんな言葉が脳裏を過った瞬間――
「動くな、ミユキ」
その声は、懐かしくて、どこか冷たい響きを持っていた。
次の瞬間、空間が裂けた。
ピシッ――と音が鳴り、闇の奥から何かが現れた。
銀色の毛並みを持ち、猫とも狐ともつかない不思議な形。琥珀色の瞳をしたそれは、空中を跳ねて獣の背中に飛び乗った。
「この世界に出てきていい存在じゃない。帰れ」
言葉と共に光が放たれた。
ミユキが目を覆う間に、獣は音もなく霧散していた。
静寂が戻る。路地の闇の中、銀色の生き物がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「久しぶりだな、ミユキ」
「……え?」
「あのとき別れたきりだったな。十年ぶりか」
「……ユリ……?」
喉から漏れたその名前に、ミユキ自身が驚いた。
忘れたはずの声。夢の中でしか思い出せなかった存在。それが、目の前に立っていた。
「君の中にまだ“魔法”が残っているのは感じていたが、これほど鮮明に引き戻されるとはね」
「なんで……今さら……なんで、私の前に……」
ミユキの声は震えていた。恐怖、混乱、そして――怒り。
「終わったはずだった。全部、終わったんじゃなかったの!?」
「世界は“終わらせてくれなかった”だけさ。異界の裂け目は再び開きつつある。十年前の封印が、綻び始めている」
「……そんなの、知らない。私にはもう関係ない」
ミユキは背を向けた。逃げたかった。もう一度、普通の世界に戻りたかった。
でも、ユリの声が後ろから突き刺さる。
「君は見ただろう? 奴らがまた、この現実に入り込んできているのを」
ミユキは足を止めた。
思い出す。あの獣の目。牙。
あれが、今の自分の力ではどうにもならない“本物”であるということを。
「……なんで私なの? 今さら、何をしろっていうの……私はもう、“ただの人間”なんだから……」
「それでも、君はあの時、世界を救った。
“選ばれた者”は、世界に何度でも呼び戻される運命にある」
ユリの声は穏やかだった。でも、どこか悲しげでもあった。
ミユキは振り返った。
「魔法少女って……そんな“都合のいい存在”だったの?」
「そうだよ」
即答だった。
「だが、君はその都合のいい存在でありながら、“誰かを守りたい”と心から願った。それは、今でも君の中に残っている。だから現れたんだよ、あの魔物は」
ミユキは何も言えなかった。
自分の中に、まだ“守りたい”という感情があるのか。
ただ日々をやり過ごすだけの、空っぽの会社員になってしまったと思っていたのに。
「しばらく側にいよう。君が“再契約”を選ぶかどうかは、君自身に任せる」
そう言ってユリは、影の中に溶けるように姿を消した。
深夜。帰宅したミユキは、風呂にも入らずベッドに倒れ込んだ。
手足の震えが止まらない。
現実のはずの出来事が、夢よりもぼんやりとしか思い出せない。
スマホの時間は、午前1時17分。
画面には、何も変わらない日常が映っている。
だけど、ミユキの心は確かに“何か”に触れた。
十年前に閉じたはずの扉が、また音を立てて軋み始めていた。
「……やめてよ、今さら……」
そう呟いたのは、誰に向けてだったのだろうか。
自分に? ユリに? それとも――あの頃の自分に?
そしてその夜、彼女はもう一度、あの夢を見た。
白い世界。光の剣。泣いていた誰か。
「私が守る」と叫んだ声。それは、確かに自分のものだった。
夢の終わりに、ユリの声が響いた。
「再び選べ、ミユキ。
君はまだ、終わっていない」
白い世界。火花のように瞬く光。剣。誰かの声。
夢の中の記憶は現実のように鮮明だったのに、朝起きたときには輪郭が曖昧になっていた。今こうして満員電車に揉まれていると、すべてが嘘のように感じられる。
「疲れてるのかな……」
そう呟いて、窓に映る自分の顔を見る。
その目は、かつて魔法で世界を照らした少女のものではなかった。
どこにでもいる、28歳のOLの顔だった。
午前中は来客対応。午後は営業同行。
昼ごはんはデスクで冷めたコンビニ弁当を5分で胃に流し込み、午後1時には別のクライアントの元へ。クレーム対応に1時間。その後社内に戻って今度は社長プレゼン資料の修正作業。
いつの間にか外は暗くなっていた。時計の針は19時を過ぎている。けれど、今日も帰れる気配はない。
「神代、これ急ぎで頼む。明日の朝までに目を通しておいて」
倉持課長が投げてきた厚みのある資料の束。ミユキは何も言わずに受け取った。
何も感じない。怒りも、悲しみも。もはやそれは日常の風景に過ぎなかった。
彼女は心のどこかで、もう世界に期待することをやめていた。
夜10時、ようやく退社。外は冷たい風が吹いていた。
月が出ていた。まるで銀の刃のように鋭く冷たい光を放っている。
その時、胸の奥が――きゅっと、痛んだ。
(また、だ……)
ここのところ、夜になると心がざわつく。静かなはずの夜道で、足音のない気配を感じる。音が吸い込まれるような沈黙。風が止まり、空気が重くなる瞬間。
ミユキは無意識に早歩きになる。
マンションまであと3ブロック、というところで――
ギギ……ギィィ……
聞き慣れない音が背後から響いた。金属が擦れるような、乾いた不協和音。
ミユキが振り向くと、そこにあったはずの街灯が――ぐにゃりと、歪んでいた。
「……え?」
視界の奥で、何かが揺れている。
空間が、歪んでいる。
まるで空気の壁が、熱を持って波打っているようだった。そこから「何か」が顔を出した。
肌のない犬のような、けれど首が三つある獣。黒い煙に包まれて、目だけが赤く光っている。
「ッ……うそ……」
言葉が出なかった。
身体が震える。
(なんで? そんなの……もうとっくに――)
獣が咆哮を上げ、地面を抉って突進してきた。
ミユキは反射的に身を翻し、路地裏へと駆け込んだ。心臓の鼓動が耳の奥で爆音のように鳴っている。息が詰まり、足がもつれる。
獣は躊躇なく追ってきた。
牙が、闇の中でぎらついた。
(……死ぬ。殺される)
そんな言葉が脳裏を過った瞬間――
「動くな、ミユキ」
その声は、懐かしくて、どこか冷たい響きを持っていた。
次の瞬間、空間が裂けた。
ピシッ――と音が鳴り、闇の奥から何かが現れた。
銀色の毛並みを持ち、猫とも狐ともつかない不思議な形。琥珀色の瞳をしたそれは、空中を跳ねて獣の背中に飛び乗った。
「この世界に出てきていい存在じゃない。帰れ」
言葉と共に光が放たれた。
ミユキが目を覆う間に、獣は音もなく霧散していた。
静寂が戻る。路地の闇の中、銀色の生き物がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「久しぶりだな、ミユキ」
「……え?」
「あのとき別れたきりだったな。十年ぶりか」
「……ユリ……?」
喉から漏れたその名前に、ミユキ自身が驚いた。
忘れたはずの声。夢の中でしか思い出せなかった存在。それが、目の前に立っていた。
「君の中にまだ“魔法”が残っているのは感じていたが、これほど鮮明に引き戻されるとはね」
「なんで……今さら……なんで、私の前に……」
ミユキの声は震えていた。恐怖、混乱、そして――怒り。
「終わったはずだった。全部、終わったんじゃなかったの!?」
「世界は“終わらせてくれなかった”だけさ。異界の裂け目は再び開きつつある。十年前の封印が、綻び始めている」
「……そんなの、知らない。私にはもう関係ない」
ミユキは背を向けた。逃げたかった。もう一度、普通の世界に戻りたかった。
でも、ユリの声が後ろから突き刺さる。
「君は見ただろう? 奴らがまた、この現実に入り込んできているのを」
ミユキは足を止めた。
思い出す。あの獣の目。牙。
あれが、今の自分の力ではどうにもならない“本物”であるということを。
「……なんで私なの? 今さら、何をしろっていうの……私はもう、“ただの人間”なんだから……」
「それでも、君はあの時、世界を救った。
“選ばれた者”は、世界に何度でも呼び戻される運命にある」
ユリの声は穏やかだった。でも、どこか悲しげでもあった。
ミユキは振り返った。
「魔法少女って……そんな“都合のいい存在”だったの?」
「そうだよ」
即答だった。
「だが、君はその都合のいい存在でありながら、“誰かを守りたい”と心から願った。それは、今でも君の中に残っている。だから現れたんだよ、あの魔物は」
ミユキは何も言えなかった。
自分の中に、まだ“守りたい”という感情があるのか。
ただ日々をやり過ごすだけの、空っぽの会社員になってしまったと思っていたのに。
「しばらく側にいよう。君が“再契約”を選ぶかどうかは、君自身に任せる」
そう言ってユリは、影の中に溶けるように姿を消した。
深夜。帰宅したミユキは、風呂にも入らずベッドに倒れ込んだ。
手足の震えが止まらない。
現実のはずの出来事が、夢よりもぼんやりとしか思い出せない。
スマホの時間は、午前1時17分。
画面には、何も変わらない日常が映っている。
だけど、ミユキの心は確かに“何か”に触れた。
十年前に閉じたはずの扉が、また音を立てて軋み始めていた。
「……やめてよ、今さら……」
そう呟いたのは、誰に向けてだったのだろうか。
自分に? ユリに? それとも――あの頃の自分に?
そしてその夜、彼女はもう一度、あの夢を見た。
白い世界。光の剣。泣いていた誰か。
「私が守る」と叫んだ声。それは、確かに自分のものだった。
夢の終わりに、ユリの声が響いた。
「再び選べ、ミユキ。
君はまだ、終わっていない」
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