49 / 64
第7章:制度の亡霊たち
第4話:揺らぐ共感
しおりを挟む
仮面の男が去ってから二日後。
LinkLineのオフィスには、いつもと変わらない日常が戻っていた。
けれど、ミユキはその空気の“温度”が、微かに変化していることに気づいていた。
午前の記録整理ミーティング。
つかさはいつものように資料を抱えて現れたが、彼女の目線はどこか上の空だった。
「……大丈夫?」
声をかけると、つかさは微笑んだ。
「はい、平気です。
でも、あの仮面の男の話……やっぱりちょっと、考えちゃいますよね」
「何を?」
「制度って、嫌なことばっかりだったけど……
でも、守ってくれる枠でもあったのかなって。
今みたいな異界災害が頻発した時代には、ああいう仕組みが必要だったのかも……って」
ミユキはそれにすぐ返答できなかった。
言葉が喉に引っかかったのではない。
ただ、つかさの声が、“共感を求めていない”ように感じたからだった。
その日の午後、支援班の未紗がこっそりとミユキのもとへやってきた。
「ねえ、神代さん。
ちょっと言いにくいことなんだけど……最近、すみれちゃんが柏木さんとよく話してるの、知ってる?」
「……うん、知ってる。
何か問題が?」
「いえ、問題ってほどじゃ……でも、“影響”されてる感じがある」
ミユキは目を細めた。
「どんな風に?」
未紗は少し考えてから言った。
「……安心してる、の。
柏木さんの“説明”とか“制度の言葉”に。
それが“分かりやすいから”ってだけじゃなくて……
どこか、“正しさに包まれている感じ”」
「正しさ、ね……」
ミユキは、ふと、柏木の声を思い出した。
(彼は誰よりも“人の言葉を選べる人”だった。
傷つけずに、諭すように、“整理された理屈”を差し出せる)
(……それが、今のLinkLineにとって“楽”なのかもしれない)
その夜。
ミユキは一人、屋上の喫煙スペースにいた。
煙草は吸わない。ただ、風が通る場所で呼吸を整えたかった。
ふと、後ろから足音がした。
「……あれ? ミユキ?」
振り向くと、そこにいたのは柏木だった。
ネクタイを少し緩め、ペットボトルの水を手に持っていた。
「ここ、昔から好きだったよね。よく一人でぼーっとしてた」
「覚えてたんだ」
「忘れるわけない。
君が何かに悩んでるときって、必ず“高い場所”にいたからさ」
ミユキは口元だけで笑った。
「……ねえ、柏木。
君の言葉って、優しい。
でも、その優しさって時々、“選ばれた人だけ”のものに見える」
柏木は少し目を伏せた。
「……たぶん、そうだよ。
制度って、誰かの安心を保証する代わりに、誰かを“適用外”にする。
だから僕は、LinkLineがやってることの方が“正しい”って思う。
だけど――同時に、制度の安心感を欲しがる人たちのことも、見捨てられないんだ」
ミユキは黙って彼を見つめた。
(この人は、嘘をついていない。
でも――“見えていないもの”がある)
「柏木。
魔法って、“管理するためにある”んじゃない。
“感じるためにある”んだよ」
柏木は静かに頷いた。
「わかってる。……けど、その“感じたもの”が、誰かに伝わらなかったら、どうなる?」
その言葉に、ミユキは言い返せなかった。
(感情は正義にならない。
でも、制度は感情を“捨てる理由”になる)
どちらが正しいかなんて、きっと永遠にわからない。
ただ、ミユキは――“共に感じる”ことを信じていた。
翌朝の会議。
すみれが柏木からの“記録調査提案”を読み上げた。
「これ、“制度との記録接続を一部許可する”って話だけど……
条件付きで、LinkLineの内部記録の一部も“開示”されることになるよね」
「そうだね。でも、“市民保護のため”って目的なら、意義はあると思います。
記録を共有することで、制度側の支援が増えるなら、悪い話じゃないと思って……」
まどかが口を開く。
「……でもそれ、“制度に合わせて記録する”ことにならない?」
「うん、確かにそうだけど……それって、本当に悪いことかな?」
その一言に、会議室の空気がわずかに凍った。
ミユキは、ゆっくりと口を開いた。
「……私たちは、制度に反対してるわけじゃない。
でも、“制度に収まらなかった魔法”のために、ここにいる。
それを、忘れちゃいけないと思う」
すみれは少しだけ目を伏せた。
その背中は、どこか“誰かを選ばなきゃいけない立場”に立たされているように見えた。
夜、ミユキはユリに言った。
「ユリ。……記録って、何のためにあると思う?」
《それは、“次の誰か”が同じ過ちを繰り返さないためのもの。
でも、ミユキ。
感情を記録するなら、
“間違いも残さなきゃいけない”んじゃない?》
「……だね。私たちは、記録の中に“共感”を入れようとした。
でも、共感って、揺らぐんだ。
優しい言葉にも、制度の構造にも……人は、簡単に傾く」
ミユキは、静かに拳を握った。
(揺れるのは悪いことじゃない。
でも、その揺れの中で“誰かを切り捨てる”ような選択だけは、したくない)
LinkLineという名前の、
小さな魔法の記録機関。
その灯火が、風に揺られはじめていた。
LinkLineのオフィスには、いつもと変わらない日常が戻っていた。
けれど、ミユキはその空気の“温度”が、微かに変化していることに気づいていた。
午前の記録整理ミーティング。
つかさはいつものように資料を抱えて現れたが、彼女の目線はどこか上の空だった。
「……大丈夫?」
声をかけると、つかさは微笑んだ。
「はい、平気です。
でも、あの仮面の男の話……やっぱりちょっと、考えちゃいますよね」
「何を?」
「制度って、嫌なことばっかりだったけど……
でも、守ってくれる枠でもあったのかなって。
今みたいな異界災害が頻発した時代には、ああいう仕組みが必要だったのかも……って」
ミユキはそれにすぐ返答できなかった。
言葉が喉に引っかかったのではない。
ただ、つかさの声が、“共感を求めていない”ように感じたからだった。
その日の午後、支援班の未紗がこっそりとミユキのもとへやってきた。
「ねえ、神代さん。
ちょっと言いにくいことなんだけど……最近、すみれちゃんが柏木さんとよく話してるの、知ってる?」
「……うん、知ってる。
何か問題が?」
「いえ、問題ってほどじゃ……でも、“影響”されてる感じがある」
ミユキは目を細めた。
「どんな風に?」
未紗は少し考えてから言った。
「……安心してる、の。
柏木さんの“説明”とか“制度の言葉”に。
それが“分かりやすいから”ってだけじゃなくて……
どこか、“正しさに包まれている感じ”」
「正しさ、ね……」
ミユキは、ふと、柏木の声を思い出した。
(彼は誰よりも“人の言葉を選べる人”だった。
傷つけずに、諭すように、“整理された理屈”を差し出せる)
(……それが、今のLinkLineにとって“楽”なのかもしれない)
その夜。
ミユキは一人、屋上の喫煙スペースにいた。
煙草は吸わない。ただ、風が通る場所で呼吸を整えたかった。
ふと、後ろから足音がした。
「……あれ? ミユキ?」
振り向くと、そこにいたのは柏木だった。
ネクタイを少し緩め、ペットボトルの水を手に持っていた。
「ここ、昔から好きだったよね。よく一人でぼーっとしてた」
「覚えてたんだ」
「忘れるわけない。
君が何かに悩んでるときって、必ず“高い場所”にいたからさ」
ミユキは口元だけで笑った。
「……ねえ、柏木。
君の言葉って、優しい。
でも、その優しさって時々、“選ばれた人だけ”のものに見える」
柏木は少し目を伏せた。
「……たぶん、そうだよ。
制度って、誰かの安心を保証する代わりに、誰かを“適用外”にする。
だから僕は、LinkLineがやってることの方が“正しい”って思う。
だけど――同時に、制度の安心感を欲しがる人たちのことも、見捨てられないんだ」
ミユキは黙って彼を見つめた。
(この人は、嘘をついていない。
でも――“見えていないもの”がある)
「柏木。
魔法って、“管理するためにある”んじゃない。
“感じるためにある”んだよ」
柏木は静かに頷いた。
「わかってる。……けど、その“感じたもの”が、誰かに伝わらなかったら、どうなる?」
その言葉に、ミユキは言い返せなかった。
(感情は正義にならない。
でも、制度は感情を“捨てる理由”になる)
どちらが正しいかなんて、きっと永遠にわからない。
ただ、ミユキは――“共に感じる”ことを信じていた。
翌朝の会議。
すみれが柏木からの“記録調査提案”を読み上げた。
「これ、“制度との記録接続を一部許可する”って話だけど……
条件付きで、LinkLineの内部記録の一部も“開示”されることになるよね」
「そうだね。でも、“市民保護のため”って目的なら、意義はあると思います。
記録を共有することで、制度側の支援が増えるなら、悪い話じゃないと思って……」
まどかが口を開く。
「……でもそれ、“制度に合わせて記録する”ことにならない?」
「うん、確かにそうだけど……それって、本当に悪いことかな?」
その一言に、会議室の空気がわずかに凍った。
ミユキは、ゆっくりと口を開いた。
「……私たちは、制度に反対してるわけじゃない。
でも、“制度に収まらなかった魔法”のために、ここにいる。
それを、忘れちゃいけないと思う」
すみれは少しだけ目を伏せた。
その背中は、どこか“誰かを選ばなきゃいけない立場”に立たされているように見えた。
夜、ミユキはユリに言った。
「ユリ。……記録って、何のためにあると思う?」
《それは、“次の誰か”が同じ過ちを繰り返さないためのもの。
でも、ミユキ。
感情を記録するなら、
“間違いも残さなきゃいけない”んじゃない?》
「……だね。私たちは、記録の中に“共感”を入れようとした。
でも、共感って、揺らぐんだ。
優しい言葉にも、制度の構造にも……人は、簡単に傾く」
ミユキは、静かに拳を握った。
(揺れるのは悪いことじゃない。
でも、その揺れの中で“誰かを切り捨てる”ような選択だけは、したくない)
LinkLineという名前の、
小さな魔法の記録機関。
その灯火が、風に揺られはじめていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる