魔法少女は会社員

naomikoryo

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第7章:制度の亡霊たち

第4話:揺らぐ共感

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仮面の男が去ってから二日後。
LinkLineのオフィスには、いつもと変わらない日常が戻っていた。
けれど、ミユキはその空気の“温度”が、微かに変化していることに気づいていた。

午前の記録整理ミーティング。
つかさはいつものように資料を抱えて現れたが、彼女の目線はどこか上の空だった。

「……大丈夫?」

声をかけると、つかさは微笑んだ。

「はい、平気です。
でも、あの仮面の男の話……やっぱりちょっと、考えちゃいますよね」

「何を?」

「制度って、嫌なことばっかりだったけど……
でも、守ってくれる枠でもあったのかなって。
今みたいな異界災害が頻発した時代には、ああいう仕組みが必要だったのかも……って」

ミユキはそれにすぐ返答できなかった。
言葉が喉に引っかかったのではない。
ただ、つかさの声が、“共感を求めていない”ように感じたからだった。

その日の午後、支援班の未紗がこっそりとミユキのもとへやってきた。

「ねえ、神代さん。
ちょっと言いにくいことなんだけど……最近、すみれちゃんが柏木さんとよく話してるの、知ってる?」

「……うん、知ってる。
何か問題が?」

「いえ、問題ってほどじゃ……でも、“影響”されてる感じがある」

ミユキは目を細めた。

「どんな風に?」

未紗は少し考えてから言った。

「……安心してる、の。
柏木さんの“説明”とか“制度の言葉”に。
それが“分かりやすいから”ってだけじゃなくて……
どこか、“正しさに包まれている感じ”」

「正しさ、ね……」

ミユキは、ふと、柏木の声を思い出した。

(彼は誰よりも“人の言葉を選べる人”だった。
傷つけずに、諭すように、“整理された理屈”を差し出せる)

(……それが、今のLinkLineにとって“楽”なのかもしれない)

その夜。
ミユキは一人、屋上の喫煙スペースにいた。
煙草は吸わない。ただ、風が通る場所で呼吸を整えたかった。

ふと、後ろから足音がした。

「……あれ? ミユキ?」

振り向くと、そこにいたのは柏木だった。
ネクタイを少し緩め、ペットボトルの水を手に持っていた。

「ここ、昔から好きだったよね。よく一人でぼーっとしてた」

「覚えてたんだ」

「忘れるわけない。
君が何かに悩んでるときって、必ず“高い場所”にいたからさ」

ミユキは口元だけで笑った。

「……ねえ、柏木。
君の言葉って、優しい。
でも、その優しさって時々、“選ばれた人だけ”のものに見える」

柏木は少し目を伏せた。

「……たぶん、そうだよ。
制度って、誰かの安心を保証する代わりに、誰かを“適用外”にする。
だから僕は、LinkLineがやってることの方が“正しい”って思う。
だけど――同時に、制度の安心感を欲しがる人たちのことも、見捨てられないんだ」

ミユキは黙って彼を見つめた。

(この人は、嘘をついていない。
でも――“見えていないもの”がある)

「柏木。
魔法って、“管理するためにある”んじゃない。
“感じるためにある”んだよ」

柏木は静かに頷いた。

「わかってる。……けど、その“感じたもの”が、誰かに伝わらなかったら、どうなる?」

その言葉に、ミユキは言い返せなかった。

(感情は正義にならない。
でも、制度は感情を“捨てる理由”になる)

どちらが正しいかなんて、きっと永遠にわからない。

ただ、ミユキは――“共に感じる”ことを信じていた。

翌朝の会議。

すみれが柏木からの“記録調査提案”を読み上げた。

「これ、“制度との記録接続を一部許可する”って話だけど……
条件付きで、LinkLineの内部記録の一部も“開示”されることになるよね」

「そうだね。でも、“市民保護のため”って目的なら、意義はあると思います。
記録を共有することで、制度側の支援が増えるなら、悪い話じゃないと思って……」

まどかが口を開く。

「……でもそれ、“制度に合わせて記録する”ことにならない?」

「うん、確かにそうだけど……それって、本当に悪いことかな?」

その一言に、会議室の空気がわずかに凍った。

ミユキは、ゆっくりと口を開いた。

「……私たちは、制度に反対してるわけじゃない。
でも、“制度に収まらなかった魔法”のために、ここにいる。
それを、忘れちゃいけないと思う」

すみれは少しだけ目を伏せた。

その背中は、どこか“誰かを選ばなきゃいけない立場”に立たされているように見えた。

夜、ミユキはユリに言った。

「ユリ。……記録って、何のためにあると思う?」

《それは、“次の誰か”が同じ過ちを繰り返さないためのもの。
でも、ミユキ。
感情を記録するなら、
“間違いも残さなきゃいけない”んじゃない?》

「……だね。私たちは、記録の中に“共感”を入れようとした。
でも、共感って、揺らぐんだ。
優しい言葉にも、制度の構造にも……人は、簡単に傾く」

ミユキは、静かに拳を握った。

(揺れるのは悪いことじゃない。
でも、その揺れの中で“誰かを切り捨てる”ような選択だけは、したくない)

LinkLineという名前の、
小さな魔法の記録機関。

その灯火が、風に揺られはじめていた。
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