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第7章:制度の亡霊たち
第6話:倉持の残響
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仮面の男が姿を消してから、数日が経過していた。
都心では異界の兆候は沈静化し、一見すると平穏な日々が戻っているように見えた。
だが、ユリはずっと沈黙していた“あの記録”の解析を続けていた。
LinkLine本部・演算室。
午後8時13分。すでにオフィスには人の気配が少ない。
モニタに浮かぶのは、仮面の男が発した言葉の波形。
姿勢、語調、間合い。
そして何よりも、“言葉選びの癖”。
《……神代ミユキ。解析結果が出ました》
「……誰?」
《“仮面の男”が発した言語パターン、呼吸のリズム、間の置き方、
そしてキーワードの使用頻度を照合した結果……
記録に残っている特定人物と、一致率83.9%》
ミユキは、ゆっくりと息を止めた。
「まさか……」
ユリの声が、冷静に続ける。
《該当人物:倉持泰臣。元・矢神総合企画 株式会社 調整課長。
また、制度崩壊前の一時期、魔法庁下部機関“第八課”記録保守部門に在籍》
「……やっぱり……」
けれど、ミユキは確信できなかった。
声は似ていた。話し方も、間の取り方も。
でも、それだけで“あの人”だと言い切れるはずがなかった。
「倉持課長は……“あのまま”だった。
徹底的にロジカルで、無駄がなくて、“感情の圧縮”みたいな人だった。
でもあの仮面の男には、“温度”がなかった。
言葉が、ただ流れていくだけで……中身が空っぽみたいだった」
《“空の人格”――それは、“記録から構成された演算人格”である可能性が高い。
魔法制度の末期、一部の管理者は“自己の記録データ”をシステムに保存し、
自己の存在を“感情のない記録”として継続させる試みを行っていた》
ミユキの背筋に、冷たいものが走った。
「……人間じゃないってこと?」
《そうです。“人”ではなく、“記録された意志”。
再現ではなく、模倣でもなく、制度が選び残した“機能だけの人間”》
ミユキはゆっくりと椅子に沈み込み、目を閉じた。
(じゃあ……あの人は、“倉持課長のなり損ない”?
それとも、“制度が必要とした倉持課長そのもの”?)
夜。
アーカイヴルームの隅にある古い紙資料を引っ張り出し、ミユキは読み返していた。
それは、かつて倉持課長が残した報告書のコピーだった。
【記録:魔法行使環境における感情波強度の制度的収束】
「魔法行使者に対する最適制御手法は、
その感情を“発現の前段階”で封じ込めることである。
感情は、制度の枠の中で安全に制御されるべきであり、
行使者の自由意志に依存した魔法発動は、社会的に不安定要因となる」
読みながら、ミユキは静かに言った。
「……この人は、“信じなかった”んじゃない。
“信じないという選択を、徹底していた”だけなんだ」
柏木の背中が脳裏に浮かぶ。
言葉を選び、理屈で包み、傷つけない形で世界を整える男。
その姿と、あの頃の課長の佇まいが、重なるように見えてしまった。
(でも……柏木は、私に“言葉を残した”。
“見届けたい”って。
あの課長は、“誰にも何も渡さなかった”)
(だったら、違う)
そう自分に言い聞かせる。
翌朝。
ユリが一つの報告を提出した。
《“仮面の男”の発言記録に、過去に都庁災対課で封印された演算語句が含まれていました。
その演算子コードは、倉持課長が設計したものと一致。
つまり、仮面の男は――》
「“制度そのもの”と繋がってる」
ミユキが言葉を継ぐ。
「その声の持ち主が誰であれ……彼は、制度に“選ばれた記憶”でできてる」
「それって……人じゃないの?」
まどかがつぶやく。
「人じゃない。
でも“人の形をして、制度を語るもの”。
私たちの魔法にとって、いちばんやっかいな存在」
「……でも、それって……柏木さんも?」
誰かが呟いたその言葉に、ミユキは目を伏せた。
「……柏木は、まだ“選んでる最中”だよ。
私は、そう信じてる」
その夜、ミユキは閉じられた資料を一つ開いた。
そこにあったのは、制度末期の補足資料――
“記録人格生成計画”。
そこにはこう記されていた。
「感情は制度に収まらない。
よって、“感情を必要としない人格”を制度に埋め込み、
永続的に秩序の調整を可能にする。
記録とは、思い出ではなく、手続きである」
ミユキは目を閉じる。
そして、ぽつりと呟いた。
「私たちは……記録を、思い出にしたいだけなのにね」
仮面の男は、“制度に選ばれた記録”。
けれど、ミユキたちは“忘れたくない気持ち”を記録している。
その違いが、やがて都市を分けていく。
都心では異界の兆候は沈静化し、一見すると平穏な日々が戻っているように見えた。
だが、ユリはずっと沈黙していた“あの記録”の解析を続けていた。
LinkLine本部・演算室。
午後8時13分。すでにオフィスには人の気配が少ない。
モニタに浮かぶのは、仮面の男が発した言葉の波形。
姿勢、語調、間合い。
そして何よりも、“言葉選びの癖”。
《……神代ミユキ。解析結果が出ました》
「……誰?」
《“仮面の男”が発した言語パターン、呼吸のリズム、間の置き方、
そしてキーワードの使用頻度を照合した結果……
記録に残っている特定人物と、一致率83.9%》
ミユキは、ゆっくりと息を止めた。
「まさか……」
ユリの声が、冷静に続ける。
《該当人物:倉持泰臣。元・矢神総合企画 株式会社 調整課長。
また、制度崩壊前の一時期、魔法庁下部機関“第八課”記録保守部門に在籍》
「……やっぱり……」
けれど、ミユキは確信できなかった。
声は似ていた。話し方も、間の取り方も。
でも、それだけで“あの人”だと言い切れるはずがなかった。
「倉持課長は……“あのまま”だった。
徹底的にロジカルで、無駄がなくて、“感情の圧縮”みたいな人だった。
でもあの仮面の男には、“温度”がなかった。
言葉が、ただ流れていくだけで……中身が空っぽみたいだった」
《“空の人格”――それは、“記録から構成された演算人格”である可能性が高い。
魔法制度の末期、一部の管理者は“自己の記録データ”をシステムに保存し、
自己の存在を“感情のない記録”として継続させる試みを行っていた》
ミユキの背筋に、冷たいものが走った。
「……人間じゃないってこと?」
《そうです。“人”ではなく、“記録された意志”。
再現ではなく、模倣でもなく、制度が選び残した“機能だけの人間”》
ミユキはゆっくりと椅子に沈み込み、目を閉じた。
(じゃあ……あの人は、“倉持課長のなり損ない”?
それとも、“制度が必要とした倉持課長そのもの”?)
夜。
アーカイヴルームの隅にある古い紙資料を引っ張り出し、ミユキは読み返していた。
それは、かつて倉持課長が残した報告書のコピーだった。
【記録:魔法行使環境における感情波強度の制度的収束】
「魔法行使者に対する最適制御手法は、
その感情を“発現の前段階”で封じ込めることである。
感情は、制度の枠の中で安全に制御されるべきであり、
行使者の自由意志に依存した魔法発動は、社会的に不安定要因となる」
読みながら、ミユキは静かに言った。
「……この人は、“信じなかった”んじゃない。
“信じないという選択を、徹底していた”だけなんだ」
柏木の背中が脳裏に浮かぶ。
言葉を選び、理屈で包み、傷つけない形で世界を整える男。
その姿と、あの頃の課長の佇まいが、重なるように見えてしまった。
(でも……柏木は、私に“言葉を残した”。
“見届けたい”って。
あの課長は、“誰にも何も渡さなかった”)
(だったら、違う)
そう自分に言い聞かせる。
翌朝。
ユリが一つの報告を提出した。
《“仮面の男”の発言記録に、過去に都庁災対課で封印された演算語句が含まれていました。
その演算子コードは、倉持課長が設計したものと一致。
つまり、仮面の男は――》
「“制度そのもの”と繋がってる」
ミユキが言葉を継ぐ。
「その声の持ち主が誰であれ……彼は、制度に“選ばれた記憶”でできてる」
「それって……人じゃないの?」
まどかがつぶやく。
「人じゃない。
でも“人の形をして、制度を語るもの”。
私たちの魔法にとって、いちばんやっかいな存在」
「……でも、それって……柏木さんも?」
誰かが呟いたその言葉に、ミユキは目を伏せた。
「……柏木は、まだ“選んでる最中”だよ。
私は、そう信じてる」
その夜、ミユキは閉じられた資料を一つ開いた。
そこにあったのは、制度末期の補足資料――
“記録人格生成計画”。
そこにはこう記されていた。
「感情は制度に収まらない。
よって、“感情を必要としない人格”を制度に埋め込み、
永続的に秩序の調整を可能にする。
記録とは、思い出ではなく、手続きである」
ミユキは目を閉じる。
そして、ぽつりと呟いた。
「私たちは……記録を、思い出にしたいだけなのにね」
仮面の男は、“制度に選ばれた記録”。
けれど、ミユキたちは“忘れたくない気持ち”を記録している。
その違いが、やがて都市を分けていく。
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