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第8章:その力で、何を選ぶか
第10話(最終話):忘れられた魔法のために
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春の気配が街を包みはじめていた。
東京の風はまだ冷たいが、LinkLine本部の中庭には小さな芽吹きがいくつも顔を出していた。
戦いのあった夜から数週間。
地球の空にはもう、異界の痕跡は残っていない。
クラモチは消え、制度という“感情を管理する枠”は、ようやく静かに崩れはじめていた。
だが――魔法は、消えなかった。
いや、“変わった”のだ。
「さて、今日から正式に“制度外記録部門”が発足します」
LinkLineの記録室、午前9時。
ミユキがホログラム端末を操作しながら、開口一番にそう告げた。
「この部署は、今後“記録されなかった魔法”“制度に分類されなかった感情”“未登録行使”などを正式にアーカイブ化していく。
制度が終わったからといって、魔法が終わるわけじゃない。
“誰かを想って使った魔法”がある限り、記録は続くの」
ナナが天井を仰ぎながら言う。
「ま、制度がなくなっても、私たちは魔法少女……いや、魔法経験者か。
呼び方は変わっても、やってることは変わらないね」
「“変わらないために変わる”ってのが、私たちのスタンスだからね」
アイナが笑って応じた。
まどかは、静かに非公式ノートの一冊を抱えながら言う。
「私は、“記録を読む人”がいる限り、続けたいな。
誰かが、“こんな魔法があったんだ”って思えるように」
つかさとすみれも、小さくうなずく。
「……記録って、“証拠”じゃなくて、“希望”なんだよね。
だれかが“あったかもしれない”って思えることが、未来になるんだと思う」
「だから、忘れられた魔法も、ここにあっていいんだよ」
ミユキは、新しい記録ファイルを開いた。
それは、いま始まったばかりの“第二の記録”だった。
その日の午後。
柏木悠真はLinkLine本部の屋上に立っていた。
胸の奥に残った痛みは、まだ完全には癒えていない。
けれど、彼の表情は穏やかだった。
傍らには、ミユキが立っていた。
「どう? 久しぶりの青空は」
「少し、まぶしすぎるかな。
……でも、悪くない」
柏木はそう言って、空を見上げた。
「志織のこと、今でも夢に見るよ。
あの笑顔、最後の“ありがとう”。
あれが、僕にとっての“魔法”だったんだと思う」
「うん。
志織さんの魔法は、記録じゃなくて、“誰かを想う光”だった。
制度じゃなくて、あなたに向けて生まれた魔法」
「……それを、ミユキたちが“受け取ってくれた”ことが、
何より嬉しかった」
風が吹いた。
二人の前髪が、そよぐように揺れた。
「これからは、君のそばで記録していきたい。
制度の論理じゃなくて、人の気持ちで。
LinkLineがやってきたことを、僕自身の魔法として書いていきたい」
「……記録官じゃなくて、“記録者”になるのね」
「うん。
制度が定義した記録じゃなくて、
“自分のために残す”記録を持ちたい」
ミユキは、そっと頷いた。
「じゃあ、まずはこれから始めましょうか」
彼女が手渡したのは、一冊のノート。
表紙には、手書きの文字があった。
『名前のない魔法たち』
柏木はそのタイトルを見つめ、ゆっくりとページをめくった。
そこには、名前も日付もない――ただ、“あったこと”が静かに書かれていた。
・「誰かを守りたいと思った瞬間、手が震えた」
・「魔法が出なくても、隣にいたことが魔法だった」
・「自分が“いらない”と思ったその夜、
遠くの光が私の名前を呼んでくれた気がした」
それは、制度が否定し、統計が切り捨てた“魔法になりきれなかった魔法”たちの記録。
でも、どれも確かに、“ここにあった”。
その夜。
LinkLineでは、記録室に集まった仲間たちが、
ひとつずつ自分の魔法の記憶を書き残していた。
「これは誰に向けて書いてるの?」
まどかが尋ねると、ミユキは微笑んで答えた。
「“今はまだ魔法を使っていない誰か”のために」
「未来?」
「ううん。
“過去の自分”が、“あっていいんだ”って思えるように」
壁際に置かれた一枚の額縁には、志織の記録が納められていた。
たった一言だけの記述。
「魔法を、ありがとう」
それだけで、十分だった。
LinkLineの記録魔法は、今日もまた、名もなき光をひとつ、綴っていく。
制度に拾われなかった魔法。
誰にも気づかれなかった想い。
意味を持たなかった言葉。
それらすべてが、今ここに、“魔法として”在る。
記録は続く。
忘れられた魔法のために。
そして、これから魔法を使う誰かのために。
(完)
――『魔法少女は会社員』、全章完結。
ご愛読ありがとうございました。
東京の風はまだ冷たいが、LinkLine本部の中庭には小さな芽吹きがいくつも顔を出していた。
戦いのあった夜から数週間。
地球の空にはもう、異界の痕跡は残っていない。
クラモチは消え、制度という“感情を管理する枠”は、ようやく静かに崩れはじめていた。
だが――魔法は、消えなかった。
いや、“変わった”のだ。
「さて、今日から正式に“制度外記録部門”が発足します」
LinkLineの記録室、午前9時。
ミユキがホログラム端末を操作しながら、開口一番にそう告げた。
「この部署は、今後“記録されなかった魔法”“制度に分類されなかった感情”“未登録行使”などを正式にアーカイブ化していく。
制度が終わったからといって、魔法が終わるわけじゃない。
“誰かを想って使った魔法”がある限り、記録は続くの」
ナナが天井を仰ぎながら言う。
「ま、制度がなくなっても、私たちは魔法少女……いや、魔法経験者か。
呼び方は変わっても、やってることは変わらないね」
「“変わらないために変わる”ってのが、私たちのスタンスだからね」
アイナが笑って応じた。
まどかは、静かに非公式ノートの一冊を抱えながら言う。
「私は、“記録を読む人”がいる限り、続けたいな。
誰かが、“こんな魔法があったんだ”って思えるように」
つかさとすみれも、小さくうなずく。
「……記録って、“証拠”じゃなくて、“希望”なんだよね。
だれかが“あったかもしれない”って思えることが、未来になるんだと思う」
「だから、忘れられた魔法も、ここにあっていいんだよ」
ミユキは、新しい記録ファイルを開いた。
それは、いま始まったばかりの“第二の記録”だった。
その日の午後。
柏木悠真はLinkLine本部の屋上に立っていた。
胸の奥に残った痛みは、まだ完全には癒えていない。
けれど、彼の表情は穏やかだった。
傍らには、ミユキが立っていた。
「どう? 久しぶりの青空は」
「少し、まぶしすぎるかな。
……でも、悪くない」
柏木はそう言って、空を見上げた。
「志織のこと、今でも夢に見るよ。
あの笑顔、最後の“ありがとう”。
あれが、僕にとっての“魔法”だったんだと思う」
「うん。
志織さんの魔法は、記録じゃなくて、“誰かを想う光”だった。
制度じゃなくて、あなたに向けて生まれた魔法」
「……それを、ミユキたちが“受け取ってくれた”ことが、
何より嬉しかった」
風が吹いた。
二人の前髪が、そよぐように揺れた。
「これからは、君のそばで記録していきたい。
制度の論理じゃなくて、人の気持ちで。
LinkLineがやってきたことを、僕自身の魔法として書いていきたい」
「……記録官じゃなくて、“記録者”になるのね」
「うん。
制度が定義した記録じゃなくて、
“自分のために残す”記録を持ちたい」
ミユキは、そっと頷いた。
「じゃあ、まずはこれから始めましょうか」
彼女が手渡したのは、一冊のノート。
表紙には、手書きの文字があった。
『名前のない魔法たち』
柏木はそのタイトルを見つめ、ゆっくりとページをめくった。
そこには、名前も日付もない――ただ、“あったこと”が静かに書かれていた。
・「誰かを守りたいと思った瞬間、手が震えた」
・「魔法が出なくても、隣にいたことが魔法だった」
・「自分が“いらない”と思ったその夜、
遠くの光が私の名前を呼んでくれた気がした」
それは、制度が否定し、統計が切り捨てた“魔法になりきれなかった魔法”たちの記録。
でも、どれも確かに、“ここにあった”。
その夜。
LinkLineでは、記録室に集まった仲間たちが、
ひとつずつ自分の魔法の記憶を書き残していた。
「これは誰に向けて書いてるの?」
まどかが尋ねると、ミユキは微笑んで答えた。
「“今はまだ魔法を使っていない誰か”のために」
「未来?」
「ううん。
“過去の自分”が、“あっていいんだ”って思えるように」
壁際に置かれた一枚の額縁には、志織の記録が納められていた。
たった一言だけの記述。
「魔法を、ありがとう」
それだけで、十分だった。
LinkLineの記録魔法は、今日もまた、名もなき光をひとつ、綴っていく。
制度に拾われなかった魔法。
誰にも気づかれなかった想い。
意味を持たなかった言葉。
それらすべてが、今ここに、“魔法として”在る。
記録は続く。
忘れられた魔法のために。
そして、これから魔法を使う誰かのために。
(完)
――『魔法少女は会社員』、全章完結。
ご愛読ありがとうございました。
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