94 / 136
第93話『リリシアの焦燥』【陰謀と真実の序曲編⑫】
しおりを挟む
夜が明け、治療院の白壁に朝の光がやわらかく差し込んでいた。
窓辺のカーテンが風に揺れ、薬草を煎じた香りが部屋いっぱいに広がっている。
砦での戦いから一夜。
カイはまだ深い眠りの中にいた。
包帯で覆われた左腕は、手首の先から先が無く、布の下には魔法で焼き固められた治癒痕が残っている。
傷口はすでに塞がっているが、その痛々しさは隠せなかった。
それでもカイの顔は穏やかで、まるで長い戦いの後の安堵を示すかのように、静かな寝息を立てていた。
◆◇◆
二人の娘が、その横で並んで腰を下ろしていた。
ルーティアとリリシア。
普段は一触即発の空気を纏うこともある二人だが、この夜ばかりは同じ方向を向き、同じ人を見守っていた。
リリシアの胸は、まだ昨夜の出来事で締め付けられていた。
あの瞬間、抑えきれずに魔族の姿へと戻ってしまった自分。
そして「禁呪リバイア―」を使った事実。
(見られてしまった……。彼女に、ルーティアに……。どう思われているんだろう? 軽蔑された? 恐れられた?)
心の中で問いを重ねるほどに、恐怖と不安が混じり合って胸の奥で渦を巻いた。
けれど、黙っているわけにはいかない。
彼女はゆっくりと視線を横に向け、隣に座るルーティアに小さな声で切り出した。
「……見ましたよ、ね?」
言葉は空気を震わせるほどの弱々しさだった。
リリシアの両手は膝の上で固く握りしめられ、指先は白くなっている。
魔族の姿を晒してしまったこと、その姿を他人に知られたことが、こんなにも怖いとは――。
ルーティアは、すぐに答えを返した。
それはあまりにも肩の力が抜けた、拍子抜けするほど明るい調子だった。
「あ~、あの正に鬼の形相みたいなの? あの時、私だって同じ顔をしていたわよ。」
リリシアの紫紺の瞳が大きく見開かれる。
予想していた反応――恐怖や詰問――は返ってこなかった。
代わりにあるのは、まるで他愛もない出来事を語るかのような、あっけらかんとした言葉。
「……そんなふうに、見えましたか?」
リリシアは戸惑いを隠せない。
「ええ。」
ルーティアは真っ直ぐ前を向いたまま、涼しい声で言い切る。
「自分の大事な人を守る時、人間だって魔族だって関係ないんでしょう? 必死になれば、誰だってああいう顔になるのよ。」
リリシアの心臓が強く跳ねた。
思いもしなかった答えに、胸の奥に溜まっていた黒い靄がほんの少し、晴れていく。
しばし沈黙が訪れた。
治療院の外からは、鳥の鳴き声と遠くの鐘の音がかすかに届く。
その音が心臓の鼓動と重なって、リリシアの緊張を和らげていった。
そして、ルーティアが突然身を寄せてきた。
頬と頬とが軽く触れ合う。
その距離に、リリシアは思わず体を硬直させる。
「まぁ、カイは私たち二人を本気で怒らせないことね。」
頬に触れる温もりのまま、ルーティアは小声で囁いた。
「――っ!」
リリシアの呼吸が一瞬止まる。
あまりに意外で、あまりに距離の近い言葉。
驚きと同時に、なぜだか笑いが込み上げてくる。
「……そうですね。」
リリシアは微笑んで答えた。
頬に触れる温もりが不思議と心地よく、胸の奥にあった不安は少しずつ薄れていった。
◆◇◆
そのやり取りを、カイは「眠ったふり」をしながら聞いていた。
目を閉じていたが、耳はしっかりと二人の声を捉えていた。
痛むはずの左腕の感覚よりも、彼の胸に残ったのは妙にくすぐったい気持ちだった。
(若いんはええなぁ~……。)
内心で呟き、こっそりと口元を緩める。
笑いを噛み殺すように、寝息のリズムを保ちながら。
彼にとっては左手を失った夜だったが――二人の少女にとっては、互いを少し認め合った夜でもあった。
やがて、治療院の窓から差し込む光が強くなり、カーテンの布地を透かして白い輝きを落とした。
その光に包まれるように、三人の間に流れる空気はほんの少しだけ、柔らかく、温かくなっていた。
窓辺のカーテンが風に揺れ、薬草を煎じた香りが部屋いっぱいに広がっている。
砦での戦いから一夜。
カイはまだ深い眠りの中にいた。
包帯で覆われた左腕は、手首の先から先が無く、布の下には魔法で焼き固められた治癒痕が残っている。
傷口はすでに塞がっているが、その痛々しさは隠せなかった。
それでもカイの顔は穏やかで、まるで長い戦いの後の安堵を示すかのように、静かな寝息を立てていた。
◆◇◆
二人の娘が、その横で並んで腰を下ろしていた。
ルーティアとリリシア。
普段は一触即発の空気を纏うこともある二人だが、この夜ばかりは同じ方向を向き、同じ人を見守っていた。
リリシアの胸は、まだ昨夜の出来事で締め付けられていた。
あの瞬間、抑えきれずに魔族の姿へと戻ってしまった自分。
そして「禁呪リバイア―」を使った事実。
(見られてしまった……。彼女に、ルーティアに……。どう思われているんだろう? 軽蔑された? 恐れられた?)
心の中で問いを重ねるほどに、恐怖と不安が混じり合って胸の奥で渦を巻いた。
けれど、黙っているわけにはいかない。
彼女はゆっくりと視線を横に向け、隣に座るルーティアに小さな声で切り出した。
「……見ましたよ、ね?」
言葉は空気を震わせるほどの弱々しさだった。
リリシアの両手は膝の上で固く握りしめられ、指先は白くなっている。
魔族の姿を晒してしまったこと、その姿を他人に知られたことが、こんなにも怖いとは――。
ルーティアは、すぐに答えを返した。
それはあまりにも肩の力が抜けた、拍子抜けするほど明るい調子だった。
「あ~、あの正に鬼の形相みたいなの? あの時、私だって同じ顔をしていたわよ。」
リリシアの紫紺の瞳が大きく見開かれる。
予想していた反応――恐怖や詰問――は返ってこなかった。
代わりにあるのは、まるで他愛もない出来事を語るかのような、あっけらかんとした言葉。
「……そんなふうに、見えましたか?」
リリシアは戸惑いを隠せない。
「ええ。」
ルーティアは真っ直ぐ前を向いたまま、涼しい声で言い切る。
「自分の大事な人を守る時、人間だって魔族だって関係ないんでしょう? 必死になれば、誰だってああいう顔になるのよ。」
リリシアの心臓が強く跳ねた。
思いもしなかった答えに、胸の奥に溜まっていた黒い靄がほんの少し、晴れていく。
しばし沈黙が訪れた。
治療院の外からは、鳥の鳴き声と遠くの鐘の音がかすかに届く。
その音が心臓の鼓動と重なって、リリシアの緊張を和らげていった。
そして、ルーティアが突然身を寄せてきた。
頬と頬とが軽く触れ合う。
その距離に、リリシアは思わず体を硬直させる。
「まぁ、カイは私たち二人を本気で怒らせないことね。」
頬に触れる温もりのまま、ルーティアは小声で囁いた。
「――っ!」
リリシアの呼吸が一瞬止まる。
あまりに意外で、あまりに距離の近い言葉。
驚きと同時に、なぜだか笑いが込み上げてくる。
「……そうですね。」
リリシアは微笑んで答えた。
頬に触れる温もりが不思議と心地よく、胸の奥にあった不安は少しずつ薄れていった。
◆◇◆
そのやり取りを、カイは「眠ったふり」をしながら聞いていた。
目を閉じていたが、耳はしっかりと二人の声を捉えていた。
痛むはずの左腕の感覚よりも、彼の胸に残ったのは妙にくすぐったい気持ちだった。
(若いんはええなぁ~……。)
内心で呟き、こっそりと口元を緩める。
笑いを噛み殺すように、寝息のリズムを保ちながら。
彼にとっては左手を失った夜だったが――二人の少女にとっては、互いを少し認め合った夜でもあった。
やがて、治療院の窓から差し込む光が強くなり、カーテンの布地を透かして白い輝きを落とした。
その光に包まれるように、三人の間に流れる空気はほんの少しだけ、柔らかく、温かくなっていた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件
エース皇命
ファンタジー
前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。
しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。
悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。
ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる