100 / 136
第99話『境の門へ』
しおりを挟む
新月の夜が訪れた。
空には星の光だけが浮かび、月の気配はどこにもない。
それは理の境界が“ゆらぎ”を見せる時。
風の流れが変わり、水面がゆるやかに脈打つように揺れる。
今宵、“門”が開く。
◆◇◆
静寂の湖畔に、四つの影が立った。
カイ・クロス。
ルーティア・アーデルハイト。
リリシア・ノクターナ。
そして護衛として選ばれた、ゴルム・ゴーレム(通行止め中)。
他の面々は、学園内の対策として待機している。
リスクの集中は避けるべきという、学園長の指示を受けての決定だった。
学園長は出発の朝、カイに対してこう言った。
「“教師として”行くのならば、どんな理にも責任を負え。
それが君の“教え”を通すということだろう?」
その一言に、カイはただ深く頷いた。
この世界で、自分が“教師”である意味は──命を護ること。
◆◇◆
礼拝堂の中。
中央の台座には、リリシアが持ち込んだ魔界の聖石が静かに光っていた。
彼女が指をかざすと、その光が周囲のレイラインに波紋のように伝わっていく。
「……今です。門を開きます」
その声は柔らかく、けれど震えもなかった。
カイは隣で頷き、理手を前に出す。
「いくで。“角を撫でて、面に流す”──境界、接続式」
数式が宙に描かれる。
光の環がひとつ、ゆっくりと床に浮かぶ。
リリシアの風がそれを支え、ルーティアの剣がその輪に“破られぬ線”を引く。
ゴルムが背後に立ち、重さを場に沈める。
「魔界接続──許可申請」
リリシアが祈るように唱え、聖石が一際強く輝いた。
空間が、揺れた。
まるで水面に石を投げ込んだように、教会の中に“深さ”が生まれる。
視界の奥がゆっくりとひらき──その先に、異なる“理”の気配が滲み出た。
「──開いた」
その声と同時に、礼拝堂の中の空気が一変する。
冷たくも熱くもない、説明のつかない“重み”が空間に現れた。
異界の風。
魔界の“底”から吹き上げるようなその感触に、ルーティアが剣の柄に自然と手を添える。
「旦那様」
「大丈夫や。理は通ってる。──行こか」
四人は一歩、門の中へと足を踏み入れた。
◆◇◆
移動は一瞬だった。
境の門を通った先は、空も地も霞むような空間。
どちらが上かもわからぬ、色彩の無い霧の中。
だが、そこに確かに“理”がある。
地の底から伝わる魔力の流れ。
カイの義手が、ビリ、と微かな音を立てて反応した。
「……届いとる。魔界の“歌”が、流れ込んできとる」
リリシアがそっと進み出て、両手を前に差し出す。
「父が、この先で……治癒の術式を送ってくれてる」
地に触れた掌の下、淡い魔法陣が浮かび上がる。
それは人の国のものとは異なる文様で、波のように脈打つ。
「これに合わせて、先生の“理手”の式を、重ねてください」
「任せとき」
カイはゆっくりと地に膝をつき、理手を地面に置いた。
右手でチョークを取り出し、空に数式を描き始める。
「関節誤差、戻りたがり、魔流対応式……風の補助入りやな。リリシア、頼む」
「はい──風の歌、重ねます」
微風が義手の周囲を包み、式が光を帯びる。
ルーティアはその光景を少し離れた場所から見ていた。
手のひらがじんわりと熱を帯びる。
胸の奥に、小さな棘のような感覚が残る。
リリシアは隣で、カイに笑いかけていた。
「先生……もし、指が全部戻ったら……また、アメちゃん、握ってもらってもいいですか?」
そう言った瞬間、ルーティアの視線がぴくりと動いた。
(甘えた声……。なに、今の)
カイは、ふっと笑った。
「ええで。特大サイズの用意しとくわ」
その返事に、リリシアが笑う。
(あ……)
リリシアは自分でも、自分が何を言ったのかよく分からなかった。
けれど言った後、顔がぽっと熱くなっていることに気づいて、慌てて視線を逸らす。
(なんで、あんなこと……)
横目で見たルーティアの顔が、どこかしら無表情で。
なのに目の奥に、静かな熱をたたえていた。
(もしかして、ちょっと……怒ってた?)
◆◇◆
その時──。
今回の式が完了した。
カイの義手の掌が、熱く脈打つ。
魔界の歌と、数式の理が、重なった。
理手の関節が、一本、また一本と音を立てて動き始める。
金属ではない。
生身とも違う。
だが確かに“馴染む”感覚。
「動く……!」
リリシアが呟いた。
カイはゆっくりと義手を握り、五本の指を閉じていく。
「これは──」
確かに、戻ってきている。
失われた手の記憶。
“戻りたがっていた”ものが、理と歌によって今、形を取り戻しつつある。
「もう少し……あと数式、組めたら……完全再現もいけるかもな」
カイの言葉に、ルーティアがにっこりと笑った。
「ええ。
それが終わったら……次はアメちゃんの自動補充機構を」
「紅茶が先やろ」
「そこ譲らないんですのね」
ふたりが肩を並べて笑う、その少し後ろで。
リリシアは、胸に手を当てていた。
(甘えたいって思った。
でも、それが“好き”ってことなのか、まだよく分からない)
けれど、それでも。
あの人の手が、戻ったとき。
その掌に、もう一度触れてみたい。
そう思った。
空には星の光だけが浮かび、月の気配はどこにもない。
それは理の境界が“ゆらぎ”を見せる時。
風の流れが変わり、水面がゆるやかに脈打つように揺れる。
今宵、“門”が開く。
◆◇◆
静寂の湖畔に、四つの影が立った。
カイ・クロス。
ルーティア・アーデルハイト。
リリシア・ノクターナ。
そして護衛として選ばれた、ゴルム・ゴーレム(通行止め中)。
他の面々は、学園内の対策として待機している。
リスクの集中は避けるべきという、学園長の指示を受けての決定だった。
学園長は出発の朝、カイに対してこう言った。
「“教師として”行くのならば、どんな理にも責任を負え。
それが君の“教え”を通すということだろう?」
その一言に、カイはただ深く頷いた。
この世界で、自分が“教師”である意味は──命を護ること。
◆◇◆
礼拝堂の中。
中央の台座には、リリシアが持ち込んだ魔界の聖石が静かに光っていた。
彼女が指をかざすと、その光が周囲のレイラインに波紋のように伝わっていく。
「……今です。門を開きます」
その声は柔らかく、けれど震えもなかった。
カイは隣で頷き、理手を前に出す。
「いくで。“角を撫でて、面に流す”──境界、接続式」
数式が宙に描かれる。
光の環がひとつ、ゆっくりと床に浮かぶ。
リリシアの風がそれを支え、ルーティアの剣がその輪に“破られぬ線”を引く。
ゴルムが背後に立ち、重さを場に沈める。
「魔界接続──許可申請」
リリシアが祈るように唱え、聖石が一際強く輝いた。
空間が、揺れた。
まるで水面に石を投げ込んだように、教会の中に“深さ”が生まれる。
視界の奥がゆっくりとひらき──その先に、異なる“理”の気配が滲み出た。
「──開いた」
その声と同時に、礼拝堂の中の空気が一変する。
冷たくも熱くもない、説明のつかない“重み”が空間に現れた。
異界の風。
魔界の“底”から吹き上げるようなその感触に、ルーティアが剣の柄に自然と手を添える。
「旦那様」
「大丈夫や。理は通ってる。──行こか」
四人は一歩、門の中へと足を踏み入れた。
◆◇◆
移動は一瞬だった。
境の門を通った先は、空も地も霞むような空間。
どちらが上かもわからぬ、色彩の無い霧の中。
だが、そこに確かに“理”がある。
地の底から伝わる魔力の流れ。
カイの義手が、ビリ、と微かな音を立てて反応した。
「……届いとる。魔界の“歌”が、流れ込んできとる」
リリシアがそっと進み出て、両手を前に差し出す。
「父が、この先で……治癒の術式を送ってくれてる」
地に触れた掌の下、淡い魔法陣が浮かび上がる。
それは人の国のものとは異なる文様で、波のように脈打つ。
「これに合わせて、先生の“理手”の式を、重ねてください」
「任せとき」
カイはゆっくりと地に膝をつき、理手を地面に置いた。
右手でチョークを取り出し、空に数式を描き始める。
「関節誤差、戻りたがり、魔流対応式……風の補助入りやな。リリシア、頼む」
「はい──風の歌、重ねます」
微風が義手の周囲を包み、式が光を帯びる。
ルーティアはその光景を少し離れた場所から見ていた。
手のひらがじんわりと熱を帯びる。
胸の奥に、小さな棘のような感覚が残る。
リリシアは隣で、カイに笑いかけていた。
「先生……もし、指が全部戻ったら……また、アメちゃん、握ってもらってもいいですか?」
そう言った瞬間、ルーティアの視線がぴくりと動いた。
(甘えた声……。なに、今の)
カイは、ふっと笑った。
「ええで。特大サイズの用意しとくわ」
その返事に、リリシアが笑う。
(あ……)
リリシアは自分でも、自分が何を言ったのかよく分からなかった。
けれど言った後、顔がぽっと熱くなっていることに気づいて、慌てて視線を逸らす。
(なんで、あんなこと……)
横目で見たルーティアの顔が、どこかしら無表情で。
なのに目の奥に、静かな熱をたたえていた。
(もしかして、ちょっと……怒ってた?)
◆◇◆
その時──。
今回の式が完了した。
カイの義手の掌が、熱く脈打つ。
魔界の歌と、数式の理が、重なった。
理手の関節が、一本、また一本と音を立てて動き始める。
金属ではない。
生身とも違う。
だが確かに“馴染む”感覚。
「動く……!」
リリシアが呟いた。
カイはゆっくりと義手を握り、五本の指を閉じていく。
「これは──」
確かに、戻ってきている。
失われた手の記憶。
“戻りたがっていた”ものが、理と歌によって今、形を取り戻しつつある。
「もう少し……あと数式、組めたら……完全再現もいけるかもな」
カイの言葉に、ルーティアがにっこりと笑った。
「ええ。
それが終わったら……次はアメちゃんの自動補充機構を」
「紅茶が先やろ」
「そこ譲らないんですのね」
ふたりが肩を並べて笑う、その少し後ろで。
リリシアは、胸に手を当てていた。
(甘えたいって思った。
でも、それが“好き”ってことなのか、まだよく分からない)
けれど、それでも。
あの人の手が、戻ったとき。
その掌に、もう一度触れてみたい。
そう思った。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件
エース皇命
ファンタジー
前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。
しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。
悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。
ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる