悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!

naomikoryo

文字の大きさ
99 / 136

第98話『新月前夜の支度』

しおりを挟む
 火災の鎮圧から一日が経った。

 市街地の被害は最小限に留まり、クロス組の迅速な対応と、理式による火流制御が高く評価された。
 市政局からは正式な感謝状と供物が届けられ、校長はカイに「勝手にやるな」と言いながら、誰よりも早く礼を言ったらしい。

 だが、カイは浮かれなかった。

(あれは前哨戦や。問題は……三日目)

 “境の門”は、理と理の狭間に生じる細い路。
 それを通るには、ただの魔力では足りない。
 流束と、式の精度と、そして何より「迷いのない選択」が要る。

 今日の課題はその準備やった。

◆◇◆

 湖。

 学園の北西、森を抜けた先にある古い小さな湖畔。
 人の気配は薄く、静寂だけが水面に落ちていた。
 湖畔の傍ら、苔むした石造りの礼拝堂がぽつんと建っている。

「……ここやな」

 カイは地面に膝をつき、掌で苔の下を撫でた。
 浮かび上がるように現れる、細い魔印の残滓。

「レイラインが交差しとる。地の理と、水の理が重なっとる場所や」

 リリシアがゆっくりと頷く。

「父の言っていた“古い小聖堂”の条件、ここが最も近い。
 水の歌がまだ生きてる。魔界側と、わずかに共鳴してるのが分かる」

「魔力は弱いけど、流れとる。……こっち側に門を開くなら、ここしかないな」

 ルーティアが礼拝堂の扉を押すと、わずかに軋んだ音がした。
 中は薄暗く、窓はない。
 だが、不思議と空気は腐っていなかった。

「きれい……」

 リリシアが思わず漏らす。

 祈りの場は壊れておらず、中央の台座には古びた聖石が残されていた。
 ルーティアが剣の鞘を床に立て、慎重に言葉を選ぶ。

「敵に先回りされる可能性は?」
「今のところ、印も術も無い。けど、目印になるもんは全部消して帰ろう」

 カイが掌で床の魔印を撫で、式で“視認不能化”の膜を重ねる。
 淡い光がふっと消えた。

「帰る時は式を解いてから。道は“新月”の瞬間にしか開かん」

「それまでに準備……整えないと」

 リリシアがそう言ったとき、風が一陣、扉の隙間から吹き込んだ。

◆◇◆

 帰路の途中。

 ルーティアが立ち止まり、リリシアの肩に手をかけた。

「……護衛の件、話し合いましょうか」

「ゴルムを、と考えています」

「やはり。通行止め要員としては最適ね。……でも、あの人、浮きません?」

「“浮輪”は要らないって言ってました」

「言ってたの……」

 二人でくすくすと笑う。
 重かった空気が、少しだけ緩んだ。

「選んでくれて、ありがとう」
 リリシアがふと呟いた。

「なにを?」

「私を、置いていかなかったこと」

 ルーティアの目が少しだけ驚きを見せた。

「……置いて行く理由、あります?」

「怖がられるかと、思ったんです。私が“あの姿”になったこと、見て」

「“旦那様”を助けた人でしょう? なら、それで充分」

 即答だった。

 それ以上、言葉はいらなかった。

◆◇◆

 学園へ戻ると、クロス組の面々はすでに理手の改良作業に入っていた。

 双子は「関節反動のバネ設計」に熱中し、メリルは紅茶ユニットのパイプに小さな花模様を描いている。
 ツェイルは黙々と影糸を整理し、カサは黒板の隅で幻膜による投影調整をしていた。

 ゴルムは既に準備完了とばかりに、背中に防壁盾を背負って黙って立っている。

「通行、確認中や」

「それ立哨モードか、ゴルム」

「待機や。突撃許可、まだやし」

 カイは笑って理手の手首を軽く回す。
 今では、掌の開閉は八割まで制御できるようになっていた。
 それでも、紅茶ユニットだけは──

「まだ実装できてへんか……」

「まだってことは、やる気満々ですのね」

 ルーティアが眉を寄せたが、メリルが後ろで親指を立てる。

「先生、配管通しましたよ!
 温度調整は紅茶専用設計で!」

「実装する気満々やないの……」

 教室の空気は笑いに満ちていた。
 だが、その中でもリリシアは静かにノートを閉じる。

「先生。……“歌”について、皆にも話すべきです」

 教室が静かになる。

「禁呪“リバイア―”は、私の魂──“歌”を削る術です。
 もう一度使えば、命に関わる」

 カイが立ち上がった。

「……言うてくれて、ありがとうな」

 その一言で、リリシアの瞳がわずかに揺れた。

「せやけど、君が命削って得たもんは、ワイの命や。
 これからは、ワイが君らのために戦う番や」

「先生……」

「そのための義手や。
 “理手”は、君ら全員の力でできとる。
 せやから、みんなで作ったもんで、みんなを守る。
 ――それが、ワイの筋や」

 静かな拍手が鳴った。
 ルーティアが、一拍置いてから手を打ち始める。
 双子がそれに続き、メリルが手を叩いて叫んだ。

「先生、かっこよすぎ!」

「泣ける……」

「紅茶はまだですけど!」

「いらんねん、それは!」

◆◇◆

 夕刻。

 塔の上からは、湖の方角がかすかに見えた。
 小さな光の筋が、まだ薄く揺れている。

 カイはその方向を見ながら、静かに言った。

「三日後。
 この空の下に、魔界の門が開く。
 行くで、みんな」

 その隣に、ルーティアとリリシアが並ぶ。

 二人はまだ競い合いながら、しかし今は同じ方向を見ていた。

 境の門。
 理と理の間に開かれる、わずかな道。

 そこに辿り着けるかどうかは、これからの“準備”にかかっている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...