五寸釘零子は、呪いを受け入れない

naomikoryo

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番外編⑦:五寸釘零子、町内会に出る

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 町内会というものは、
 神社よりも、
 よほど閉じた空間だ。

 

 五寸釘零子は、
 集会所の引き戸の前で、
 一度だけ、立ち止まった。

 

(……結界、
 強いですねぇ)

 

 札も、
 祝詞も、
 張られていない。

 

 だが、
 人の気配が、
 濃すぎる。

 



 

「……あら、
 神社の」

 

 中に入ると、
 すぐに声がかかった。

 

「若いのに、
 ちゃんと出るのねぇ」

 

「はいぃ」

 

 零子は、
 曖昧に頷く。

 


 長机が並び、
 パイプ椅子が置かれている。

 

 議題は、
 回覧板、
 清掃当番、
 祭りの準備。

  

(……平和ですねぇ)

 

 零子は、
 そう思った。

 

 だが。

 

 その平和は、
 薄い膜のようなものだ。

 

「……最近」

 

 一人の女性が、
 少し強めの声で言った。

 

「夜、
 うるさくない?」



 別の女性が、
 すぐに応じる。

 

「分かる。
 あそこの家でしょ」

  

(……あ)

 

 零子は、
 心の中で、
 小さく息を吸った。

 

 話題は、
 すぐに具体的になる。

 

「ゴミ出しも、
 ちゃんとしないし」

 

「子どもの声が、
 夜遅くまで」

 

 言葉は、
 どれも正論だ。

 

 だが、
 重なり始めると、
 形を持つ。

  

(……まだ、
 手前)

 

(でも、
 近いですねぇ)

  

 零子は、
 黙って聞いていた。

  

「……神社の人は、
 どう思う?」

 

 不意に、
 視線が集まる。

 

「……え?」

  

「ほら、
 ああいうの、
 分かるでしょ」

 

「何か、
 よくない感じとか」

 

(……来ましたかぁ)

  

 零子は、
 少しだけ、
 首を傾げた。

 

「……普通ですよぉ」

 

「え?」

  

「……普通に、
 大変そうだなぁ、
 って」

 

 空気が、
 一瞬だけ、
 止まる。

 

「……でも」

 

 零子は、
 続けた。

 

「ここで話しても、
 何も、
 変わらないですぅ」

  

 誰かが、
 苦笑した。

 

「……それは、
 そうだけど」

 

「……直接、
 言いますかぁ」

 

 零子は、
 ぽつりと付け足す。

 

「言わないなら、
 今日は、
 これで終わりに
 しましょう」

  

 ざわりと、
 空気が揺れる。

  

 誰も、
 「言う」とは言わない。

 

(……ですねぇ)

 

 結局、
 話題は、
 別のことに移った。

 

 だが、
 零子には分かる。

 

 今のやり取りで、
 呪いは、
 一歩、
 遠のいた。

 



 

 集会が終わる。

 

「……お疲れさま」

 

 声をかけられる。

 

「神社の人って、
 もっと怖いかと思ってた」

  

「……よく、
 言われますぅ」

 

 外に出ると、
 夜風が、
 心地よかった。



(……町内会、
 侮れませんねぇ)

 

 神社へ戻る道。

 

 零子は、
 ふと、
 立ち止まった。

  

(……あの家)

 

 町内会で話題になった、
 その家。

 

 灯りが、
 まだついている。

 

(……大丈夫)

 

(今日は、
 打たれません)

  

 神社に戻り、
 境内を見回す。

  

 藁人形の森は、
 静かだ。

  

(……町内会も、
 呪いの入口、
 なんですねぇ)

 

 だが、
 入口で止まれば、
 中には入らない。

  

 零子は、
 白装束の袖を整え、
 小さく息を吐いた。

 



 

「……今日も、
 受け入れませんでしたぁ」

 

 それでいい。
 

 呪いは、
 特別な場所で、
 生まれるわけじゃない。

 

 日常の中で、
 静かに、
 芽を出す。

 

 だからこそ。

 

 今日みたいな日が、
 一番、
 大切なのだ。
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