五寸釘零子は、呪いを受け入れない

naomikoryo

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番外編⑥:改心した女の、その後

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 その女性が、再び神社を訪れたのは、
 呪いを思いとどまってから、
 半年ほど経った頃だった。

 

 空は高く、
 境内には、
 秋の匂いが漂っている。

 

 五寸釘零子は、
 拝殿の前を掃きながら、
 その足音に気づいた。

 

(……あ)

 

(この人は、
 来ると思ってましたぁ)

 



 

 女性は、
 以前よりも、
 少しだけ痩せていた。

 だが、
 背筋は伸び、
 足取りは迷っていない。

  

 零子が顔を上げると、
 女性は、
 深く頭を下げた。

 

「……こんにちは」

 

「はいぃ」

 

 零子は、
 いつも通りの声で返す。

 
「今日は…」
 

 女性は、
 少しだけ言葉を探した。

 

「……お願いじゃ、
 ありません」

 

(……ええ)

 

(そうでしょうねぇ)

  

 女性は、
 賽銭箱に小銭を入れ、
 手を合わせた。

 

 願い事を、
 しているようには見えない。

 



 

 参拝を終えたあと、
 女性は、
 社務所の前で立ち止まった。

 

「……少し、
 お話、
 いいですか」

  

「どうぞぉ」

  

 二人は、
 縁側に腰を下ろした。

 

「……あのとき」

 

 女性は、
 ぽつりと話し始めた。

 

「ここで、
 止めてもらって……」

 

「正直、
 腹が立ちました」

  

 零子は、
 否定しない。

 

「……何で、
 止めるんだって」

 

「ここまで来たのに、
 って」

 

 女性は、
 苦笑した。

 

「……でも」

  

「帰り道で、
 気づいたんです」

 

「私……」



「呪いを、
 したかったんじゃない」

  

 零子は、
 静かに頷いた。

  

「……逃げたかったんです」

 

「どうしていいか、
 分からない場所から」

  

 女性は、
 空を見上げた。

 

「……結局」

 

「何も、
 すぐには変わりませんでした」

  

「はいぃ」

 

 零子は、
 即答する。

  

「……仕事も、
 辞めてないです」

 

「相手も、
 謝ってくれたわけじゃない」

  

「……それでも」

 

 女性は、
 零子を見た。

 

「……あの日、
 ここで、
 何もしなかったこと」

 

「それだけは、
 よかったって、
 思ってます」

  

 零子は、
 目を伏せた。

  

(……よかった)

 

(ちゃんと、
 生きてますねぇ)

  

「……今日は」

 

 女性は、
 少し照れたように言った。

 

「その……
 お礼、
 というか」

  

 紙袋を差し出す。

 

 中身は、
 素朴な焼き菓子。

  

「……呪い、
 しなかった人が」

 

「また、
 来ても……」

 

 言葉が、
 そこで途切れる。

 
 

「はいぃ」

 

 零子は、
 笑った。

 

「大歓迎です」

  

 女性の目が、
 少し潤んだ。

  

「……私」

 

「強くなった、
 わけじゃありません」

  

「はいぃ」

  

「でも……」

 

「前より、
 弱いまま、
 立ててます」

 

 零子は、
 その言葉を、
 とても大切なものとして、
 胸にしまった。

 

「……それで、
 十分ですぅ」

 



 

 しばらく、
 二人は、
 何も話さなかった。



 風が、
 境内を抜ける。

 

 やがて、
 女性は立ち上がった。

 

「……また、
 来てもいいですか」

 

「はいぃ」

 

「でも……」

 

 一拍。

 

「呪いは、
 受け付けません」

 

 女性は、
 笑った。

 

「……分かってます」

 

 鳥居をくぐる背中は、
 以前よりも、
 ずっと軽かった。

 



 

 夕方。

 

 零子は、
 藁人形の森の前に立った。

  

 新しい藁人形は、
 増えていない。

  

(……今日も、
 打たずに、
 済みましたぁ)



 それは、
 仕事をしなかった、
 ということではない。

 

 むしろ。

 

 一番、
 うまくいった日だった。

 

 五寸釘零子は、
 静かに、
 森に背を向けた。
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