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番外編⑤:母と娘
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神社の朝は、早い。
境内に光が差し込む前から、
母は起きている。
拝殿の戸を開け、
鈴を整え、
祝詞の準備をする。
それは、
零子が物心ついた頃から、
変わらない光景だった。
◆
零子は、
少し遅れて起きる。
白装束に袖を通し、
髪をまとめ、
縁側に座る。
(……今日も、
始まりますねぇ)
母は、
振り返らない。
「……寒くなるわよ」
「はいぃ」
それだけのやり取り。
この家では、
多くを語らない。
特に、
父のことについては。
◆
朝の掃除が終わると、
母は社務所に入り、
帳簿を確認する。
零子は、
縁側に座ったまま、
庭を眺めていた。
「……零子」
珍しく、
母が呼ぶ。
「はいぃ」
「最近……」
言葉が、
そこで止まる。
零子は、
急かさない。
「……来る人、
増えてる?」
「うーん……」
少し考えてから、
答える。
「減ってますねぇ」
母は、
小さく頷いた。
「……そう」
それ以上、
聞かない。
零子は、
ふと思う。
(……聞きたいのは、
それじゃない)
◆
昼。
簡素な食事。
向かい合って座るが、
視線は合わない。
「……無理、
してない?」
母が、
ぽつりと聞いた。
零子は、
箸を止めた。
(……来ましたかぁ)
「……してませんよぉ」
即答。
母は、
零子の顔を、
じっと見る。
「……そう」
短い返事。
だが、
納得はしていない。
◆
食事を終え、
零子が立ち上がろうとすると、
母が言った。
「……お父さんの話、
していい?」
零子の身体が、
一瞬だけ固まる。
「……どうぞぉ」
声は、
いつも通り。
「……あの人ね」
母は、
庭を見ながら話し始めた。
「あなたが、
ここを継ぐとは、
思ってなかった」
「……はいぃ」
それは、
知っている。
「あなたは、
外へ出ると思ってた」
「普通に」
零子は、
答えなかった。
「……でも」
母は、
少しだけ笑った。
「あなた、
戻ってきた」
「……逃げ場が、
ここしか、
なかったですぅ」
零子は、
正直に言った。
母は、
驚かなかった。
「……そう」
「……ねえ、零子」
母の声が、
少しだけ低くなる。
「呪いのこと……」
零子は、
母を見た。
「……本当は、
やらせたくない」
母は、
はっきり言った。
零子の胸が、
少しだけ、
きゅっとなる。
「……でも」
「止めない」
「……どうして」
母は、
しばらく黙っていた。
「……止めたら」
一拍。
「あなたが、
自分を、
責めるから」
その言葉は、
鋭かった。
(……見られてますねぇ)
「……零子」
「あなたは、
優しすぎる」
「……はいぃ」
否定しない。
「だから」
母は、
静かに言った。
「自分が選ばなかった結果も、
背負おうとする」
零子は、
目を伏せた。
「……それでも」
母は、
続けた。
「あなたが、
“打たない”と決めたなら」
「それは、
あなたの仕事よ」
零子は、
深く息を吐いた。
「……ありがとうございますぅ」
「……ありがとうは、
いらない」
母は、
立ち上がる。
「……帰る場所は、
ここにある」
「それだけ、
覚えておきなさい」
◆
夕方。
零子は、
ひとり、
境内を掃いていた。
(……母は、
全部、
分かってますねぇ)
それでも、
口には出さない。
それが、
この家の、
親子の形。
日が沈む。
灯りがともる。
零子は、
藁人形の森の前で、
足を止めた。
(……帰る場所)
その言葉が、
胸に残る。
零子は、
小さく呟いた。
「……ただいま、
ですねぇ」
誰に言うでもなく。
境内に光が差し込む前から、
母は起きている。
拝殿の戸を開け、
鈴を整え、
祝詞の準備をする。
それは、
零子が物心ついた頃から、
変わらない光景だった。
◆
零子は、
少し遅れて起きる。
白装束に袖を通し、
髪をまとめ、
縁側に座る。
(……今日も、
始まりますねぇ)
母は、
振り返らない。
「……寒くなるわよ」
「はいぃ」
それだけのやり取り。
この家では、
多くを語らない。
特に、
父のことについては。
◆
朝の掃除が終わると、
母は社務所に入り、
帳簿を確認する。
零子は、
縁側に座ったまま、
庭を眺めていた。
「……零子」
珍しく、
母が呼ぶ。
「はいぃ」
「最近……」
言葉が、
そこで止まる。
零子は、
急かさない。
「……来る人、
増えてる?」
「うーん……」
少し考えてから、
答える。
「減ってますねぇ」
母は、
小さく頷いた。
「……そう」
それ以上、
聞かない。
零子は、
ふと思う。
(……聞きたいのは、
それじゃない)
◆
昼。
簡素な食事。
向かい合って座るが、
視線は合わない。
「……無理、
してない?」
母が、
ぽつりと聞いた。
零子は、
箸を止めた。
(……来ましたかぁ)
「……してませんよぉ」
即答。
母は、
零子の顔を、
じっと見る。
「……そう」
短い返事。
だが、
納得はしていない。
◆
食事を終え、
零子が立ち上がろうとすると、
母が言った。
「……お父さんの話、
していい?」
零子の身体が、
一瞬だけ固まる。
「……どうぞぉ」
声は、
いつも通り。
「……あの人ね」
母は、
庭を見ながら話し始めた。
「あなたが、
ここを継ぐとは、
思ってなかった」
「……はいぃ」
それは、
知っている。
「あなたは、
外へ出ると思ってた」
「普通に」
零子は、
答えなかった。
「……でも」
母は、
少しだけ笑った。
「あなた、
戻ってきた」
「……逃げ場が、
ここしか、
なかったですぅ」
零子は、
正直に言った。
母は、
驚かなかった。
「……そう」
「……ねえ、零子」
母の声が、
少しだけ低くなる。
「呪いのこと……」
零子は、
母を見た。
「……本当は、
やらせたくない」
母は、
はっきり言った。
零子の胸が、
少しだけ、
きゅっとなる。
「……でも」
「止めない」
「……どうして」
母は、
しばらく黙っていた。
「……止めたら」
一拍。
「あなたが、
自分を、
責めるから」
その言葉は、
鋭かった。
(……見られてますねぇ)
「……零子」
「あなたは、
優しすぎる」
「……はいぃ」
否定しない。
「だから」
母は、
静かに言った。
「自分が選ばなかった結果も、
背負おうとする」
零子は、
目を伏せた。
「……それでも」
母は、
続けた。
「あなたが、
“打たない”と決めたなら」
「それは、
あなたの仕事よ」
零子は、
深く息を吐いた。
「……ありがとうございますぅ」
「……ありがとうは、
いらない」
母は、
立ち上がる。
「……帰る場所は、
ここにある」
「それだけ、
覚えておきなさい」
◆
夕方。
零子は、
ひとり、
境内を掃いていた。
(……母は、
全部、
分かってますねぇ)
それでも、
口には出さない。
それが、
この家の、
親子の形。
日が沈む。
灯りがともる。
零子は、
藁人形の森の前で、
足を止めた。
(……帰る場所)
その言葉が、
胸に残る。
零子は、
小さく呟いた。
「……ただいま、
ですねぇ」
誰に言うでもなく。
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