五寸釘零子は、呪いを受け入れない

naomikoryo

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番外編⑤:母と娘

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 神社の朝は、早い。

 

 境内に光が差し込む前から、
 母は起きている。

 

 拝殿の戸を開け、
 鈴を整え、
 祝詞の準備をする。

 

 それは、
 零子が物心ついた頃から、
 変わらない光景だった。

 



 

 零子は、
 少し遅れて起きる。

 

 白装束に袖を通し、
 髪をまとめ、
 縁側に座る。

 

(……今日も、
 始まりますねぇ)

 

 母は、
 振り返らない。

 

「……寒くなるわよ」

 

「はいぃ」

 

 それだけのやり取り。

 

 この家では、
 多くを語らない。

 

 特に、
 父のことについては。

 



 

 朝の掃除が終わると、
 母は社務所に入り、
 帳簿を確認する。

 

 零子は、
 縁側に座ったまま、
 庭を眺めていた。

 


「……零子」

 

 珍しく、
 母が呼ぶ。

 

「はいぃ」

  

「最近……」

 

 言葉が、
 そこで止まる。

  

 零子は、
 急かさない。

 

「……来る人、
 増えてる?」

  

「うーん……」

 

 少し考えてから、
 答える。

 

「減ってますねぇ」

 

 母は、
 小さく頷いた。

 

「……そう」

 

 それ以上、
 聞かない。

  

 零子は、
 ふと思う。

 

(……聞きたいのは、
 それじゃない)

 



 

 昼。

 

 簡素な食事。

 向かい合って座るが、
 視線は合わない。

 

「……無理、
 してない?」

 

 母が、
 ぽつりと聞いた。

 

 零子は、
 箸を止めた。

 

(……来ましたかぁ)

  

「……してませんよぉ」

 

 即答。

 

 母は、
 零子の顔を、
 じっと見る。

 

「……そう」

 

 短い返事。

 

 だが、
 納得はしていない。

 



 

 食事を終え、
 零子が立ち上がろうとすると、
 母が言った。

 

「……お父さんの話、
 していい?」

  

 零子の身体が、
 一瞬だけ固まる。

 

「……どうぞぉ」

 

 声は、
 いつも通り。

 

「……あの人ね」

 

 母は、
 庭を見ながら話し始めた。

 

「あなたが、
 ここを継ぐとは、
 思ってなかった」

 

「……はいぃ」

 

 それは、
 知っている。

 

「あなたは、
 外へ出ると思ってた」

 

「普通に」

  

 零子は、
 答えなかった。

 

「……でも」

 

 母は、
 少しだけ笑った。

 

「あなた、
 戻ってきた」



「……逃げ場が、
 ここしか、
 なかったですぅ」

 

 零子は、
 正直に言った。

 

 母は、
 驚かなかった。

 

「……そう」

  

「……ねえ、零子」

 

 母の声が、
 少しだけ低くなる。

 

「呪いのこと……」

 

 零子は、
 母を見た。



「……本当は、
 やらせたくない」

 

 母は、
 はっきり言った。

 
 零子の胸が、
 少しだけ、
 きゅっとなる。


「……でも」

 

「止めない」

 

「……どうして」

 
 母は、
 しばらく黙っていた。

  

「……止めたら」

 

 一拍。

 

「あなたが、
 自分を、
 責めるから」

  

 その言葉は、
 鋭かった。



(……見られてますねぇ)

 

「……零子」

 

「あなたは、
 優しすぎる」

 

「……はいぃ」

 

 否定しない。

  

「だから」

 

 母は、
 静かに言った。

 

「自分が選ばなかった結果も、
 背負おうとする」

 
 零子は、
 目を伏せた。

  

「……それでも」

 

 母は、
 続けた。

 

「あなたが、
 “打たない”と決めたなら」

 

「それは、
 あなたの仕事よ」

  

 零子は、
 深く息を吐いた。

 

「……ありがとうございますぅ」

  

「……ありがとうは、
 いらない」

 

 母は、
 立ち上がる。

  

「……帰る場所は、
 ここにある」

 

「それだけ、
 覚えておきなさい」

 



 

 夕方。

 

 零子は、
 ひとり、
 境内を掃いていた。

 

(……母は、
 全部、
 分かってますねぇ)

 

 それでも、
 口には出さない。



 それが、
 この家の、
 親子の形。

 

 日が沈む。

 

 灯りがともる。

  

 零子は、
 藁人形の森の前で、
 足を止めた。

  

(……帰る場所)

 

 その言葉が、
 胸に残る。

 
 零子は、
 小さく呟いた。

 

「……ただいま、
 ですねぇ」

 

 誰に言うでもなく。
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