五寸釘零子は、呪いを受け入れない

naomikoryo

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番外編④:藁人形の森

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 夜の神社は、
 昼とは別の顔を持つ。

 

 音が、
 少ない。

 

 虫の声。
 風に揺れる木々。
 遠くの車の走行音。

 

 それらが、
 境内の外側で止まり、
 中までは、
 あまり入ってこない。

 

 五寸釘零子は、
 提灯をひとつ手に、
 境内の奥へ向かっていた。

 

(……見回り、ですねぇ)

 

 誰に言うでもなく、
 心の中で呟く。

 



 

 藁人形の森。

 

 神社の敷地の、
 ほんの一角。

 だが、
 結界の内側にあるため、
 普通の人の目には映らない。

 

 見えたとしても、
 違和感として、
 意識の外へ押し出される。



 零子が足を踏み入れると、
 空気が、
 わずかに重くなる。

 

 森の木々には、
 無数の藁人形。

 

 胸。
 腹。
 背中。

 

 五寸釘で、
 打ち留められている。

 

「……こんばんはぁ」

 

 零子は、
 小さく声をかけた。

  

 返事はない。

 だが、
 沈黙ではない。

 

 ここには、
 声にならなかった思いが、
 まだ、
 残っている。

  

(……今日は、
 静かですねぇ)

 

 零子は、
 一体ずつ、
 藁人形を見ていく。

 



 

 ある藁人形は、
 釘が、
 深く打ち込まれている。

 

(……これは、
 成就しましたねぇ)

 

 呪いが、
 役目を果たし、
 外へ流れたもの。

 

 もう、
 ここには、
 執着がない。

  

 別の藁人形。

 釘は、
 途中で止まっている。

 

(……途中、
 やめましたかぁ)

 

 打とうとして、
 やめた。

 

 それは、
 呪いよりも、
 重い決断だ。

  

 零子は、
 その藁人形に、
 そっと手を合わせた。

 

 さらに奥。

 

 釘が、
 一本も打たれていない藁人形。

 

 森の中でも、
 一番影が濃い場所。

 

(……最初の、
 子ですねぇ)

 

 それは、
 零子が、
 初めて打たなかった藁人形。

 

 呪いに、
 ならなかった思い。

 

 零子は、
 提灯を置き、
 その前に座った。

 

(……あの人、
 どうしてますかぁ)

 

 答えは、
 返らない。

 

 だが、
 それでいい。

 



 

 藁人形たちは、
 誰かを恨むために、
 ここにあるわけではない。

 

 選ばれなかった思いを、
 一度、
 置いておく場所だ。

 

(……居場所、
 ですねぇ)

 

 零子は、
 小さく息を吐いた。



 風が、
 森を抜ける。

 

 藁が、
 わずかに擦れる音。

 

 それは、
 悲鳴でも、
 嘆きでもない。

 

 ただ、
 存在している音。

 

「……ここは」

 

 零子は、
 静かに言った。

 

「出口じゃ、
 ありません」

 

「でも……」

 

「溜まり場にも、
 しません」

 


 それが、
 この森の役割。

 

 零子は、
 立ち上がり、
 最後に、
 全体を見渡した。

 

 ここにある呪いは、
 もう、
 誰も呼ばない。

 

 呼ばれなければ、
 育たない。

  

(……大丈夫)

 

 それは、
 藁人形に向けた言葉であり、
 自分自身に向けた言葉でもあった。

 



 

 森を出ると、
 空気が、
 少し軽くなる。

 

 提灯の灯りが、
 揺れる。

  

 零子は、
 境内を振り返らず、
 社務所へ戻った。

 

 藁人形の森は、
 今日も、
 誰にも見られない。

 
 だが。

 
 選ばれなかった思いを、
 確かに、
 抱えている。

 
 それで、
 十分だった。
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